第9話 そうなった経緯《編集部》

 コンテストに応募する作品創作と並行して、同人誌の制作を進めてきた。かなりの時間を要して、ようやく一冊の同人誌として売ってみようと思える作品が完成した。自信はないけれど、なかなかの力作となった。


 早速、完成した同人作品の委託販売を請け負ってくれるインターネットショップを探してみる。良さそうな所を見つけたので、そこに申し込みをした。


 申請は、特に問題なく進んだ。作者の情報について年齢や性別などは必須項目ではないようなので、入力フォームに必要な箇所だけ入力していく。


 僕はまだ学生だったので、あまり個人の情報をネット上で開示したくなかったから助かった。これで申請が完了かな。


 すんなりと申し込みを無事に終えることが出来た。それから暫く、ショップからの返信を待つことに。



***



 その日、委託販売の申し込みで送られてきた作品の見本データを目にした担当者は驚愕した。送られてきた作品を、じっくり何度も読み込んだ。そして、自分だけでは抱えきれない大きな仕事になるだろうと直感した彼女は、上司に相談しに向かった。




「それじゃあ、この作者は初めての作品でこんなも素晴らしいモノを生み出した、ということなの?」

「そのようです。今回の申請が初の作家なんです。ペンネームについても少し調べてみたのですが、他で作品を出した形跡が見当たりませんでした」

「新人か、もしくは商業誌で描けなくなった漫画家?」

「新人だと思われます。ストーリーやキャラ作りに、まだまだ粗があります。けれど斬新な画風でした。このような特徴的な絵を描く作家は、見たこともないです」


 相談を受けた上司は、委託の申し込みとして送られてきたというデータの絵を目にして、担当者と同じように驚いていた。この絵の作者は、一体どんな人物なのか。


 申し込まれた作者の情報は真っ白だったので、どういった人が申請してきたのかが分からない。だから2人は、議論を交わす。


 特徴的で引き込まれる絵。しかも、男性キャラクターの描写が素晴らしい。今まで世に出ていなかったのが信じられないような、作品の出来栄え。


 女性のエロいと感じるポイントを的確に押さえていて、これは飛ぶように売れると確信できるほどのクオリティだった。


「流石にこの完成度は、ただの新人とは思えないわ」

「もしかすると、どこかの雑誌で短編マンガの経験がある作者なのかもしれません。もう少し調べてみます」

「そうね。そうして頂戴」



***



 初めに連絡を受け取った担当者は上司に指示され、色々と調べてみた。その結果、絵柄や画風が似ているような作者が他には見当たらなかった。やはり、今までに見たことも無いような斬新で特徴的な絵。これは、新人の絵師であると判断した。


 数時間かけて調査した結果を、早速上司へと報告する。


「どうだった?」

「やはり、新人のようです。どこかと専属契約を結んでいる、という可能性は低いと思われます」

「なるほど」


 これほど画力の高い作者なのだから、実は有名な漫画家だったと言われても驚きはしない。なぜ、委託して同人で売り出そうとしているのか。その理由は分からない。ただの趣味人とは思えない。漫画を描く技術を磨くために、同人で腕試しだろうか。ただ、コレをショップで売り出せば非常に話題になるだろうという予感があった。


「なら今すぐ作者に連絡して。必ずウチで売り出せるように、優良作家として契約の内容も特別処置を。交渉は慎重にね」

「はい、わかりました」


 上司も作品が売れそうと感じていた。だからこそ、この作者とのやり取りは細心の注意をもって進めるべきだ、と担当者に忠告する。


 こうして、申込みの処理は特別待遇によって進められた。



***



「ん? ……へっ!?」


 委託販売の申し込みをして、見本データを送った翌日。早速ショップから、返信の連絡があった。そして、その内容を確認した僕は驚き声を上げる。


 昨日の申し込みは、無事に問題無く通ったようだった。だが、コチラからの希望で出した委託の納品数にプラスして、千冊という大量の発注提案があった。いやいや、そんなに売れるはずがない。


 調べてみると、理由が推測できた。ショップに置いた作品が売れ残ってしまうと、棚管理代というのが発生するらしい。この代金を回収することで、ショップは利益を上げているようだ。知名度も無い作者の同人誌をいきなり千冊なんて、おそらく売れ残るだろうしな。


 少し怪しさを感じた僕は、別のネットショップの委託販売に変えようかと考えた。しかし、新しい委託先を探すのは面倒だった。少数からでも販売可能のようだから、ここで良いやと決断を下す。


 担当者とメールでやり取りをした結果、とりあえず最初に予定していた五十冊だけ売り出すことになった。


 こちらの世界で僕は、まだ誰にも知られていないような無名の作家。応募しているコンテストにも、未だに入賞出来ていない。五十冊でも刷る数が多いかもしれない。だから、売り切れたら万々歳だと考えるようにしよう。


 そんなこんなで、とりあえずは販売の結果を見てから今後どうするのかを決めた。後は全て、委託先のネットショップがやってくれるそうだ。




 まさか後に、僕が初めて売り出した少数の同人誌がネットを騒がせるだけでなく、伝説と噂されるような事態になるとは。この時の僕は予想もしていなかった。

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