第7話 家族との関係

「タケル君、ご飯の準備ができたよ! 下りてきて」

「わかった。今、行くよ!」


 階下から声が聞こえてきたので、僕は描いている手を止める。姉弟の中で一番年上である涼子姉さんの呼ぶ声だ。


 学校が終わって家に帰ってくると、すぐ自分の部屋にこもって着替えながら漫画を描く道具を用意していく。作業を開始すれば、目の前にある白い紙とペンだけに専念する。


 生まれ変わってから、以前よりもグッと集中して作業に取り掛かることが出来た。まだ若いからかな。外が暗くなっていることにも気付かないぐらい集中して作業していると、驚くほどの時間が経過していた。窓の外は、真っ暗闇になっているし。


 まだ中学生の僕は、放課後の時間が有り余っていた。今の所、授業や勉強に関して問題は無い。普段から予習と復習を怠らず、テスト前に少し集中して勉強するだけで学年トップの成績を維持できていた。その他の時間は自由に使えたので、漫画を描く時間に充てている状況だった。


 今すぐに行くと、階下のキッチンに居るであろう涼子姉さんに向けて大声で返事をする。


 急いで、机の上に出していた道具を片付けていく。机の引き出しの中ではなくて、クローゼットの奥にひっそりと隠して大事に置いていた。全ての画材は、僕の部屋にある金庫の中に保管してあった。


 というのも、僕が漫画を描いていることを母親や姉たちに知られるのが、少しだけ恥ずかしかったから。


 母親や、二人の姉たちが僕の個人部屋に無断で入ってくることは、今までに一度も無かった。だが念のために、誰にも見つからないようにペンや原稿用紙などの道具は金庫の中に隠していた。僕が漫画を描いている、という事を家族に知られない為に。


 まだ漫画家を目指すとか、雑誌で連載を目指すというような気持ちは無い。ただ、趣味程度に絵を描いて、身近な何人かの人たちに評価してもらう為だけ、を目標に。そのためにコンテストへ応募しているだけ。漫画家デビューは、目指していない。




 コンテストに応募するだけ。そう心に決めていたこと。なんだけど、そんな考えもあっさりと覆ってしまいそうだけど。




 ともかく、漫画を描いていることが家族にはバレないように痕跡を隠してから自分の部屋を出て行く。


 階段を下りると、リビングにはエプロン姿の涼子姉さんが、完成した美味しそうな料理の数々をテーブルの上に並べている最中だった。


「あー、お腹減った! 早く食べたい。まだか、姉さん」

「もう! 行儀が悪いわよ、佑子。タケル君が席に着くまで待ちなさい!」

「はぁ~い」


 既に席についていた次女の佑子姉さんが、腹ペコなのを訴えていた。そんな態度を厳しく叱る涼子姉さん。道具の片付けで少し遅れて、待たせてしまったようだった。申し訳なく思いつつ、僕は急いで席に着く。


「さぁ、食べて」

「あ、うん。ありがとう。いただきます」


 佑子姉さんに接する態度とは打って変わって、僕に対しては優しかった。穏やかな口調で話しかけてくれる涼子姉さん。


 毎日の仕事が忙しい母親に代わって、姉の二人が当番制で夕食の準備をしている。僕も手伝いを申し出たけれども、過保護な家族は僕が包丁を持つのが危ないだとか、火を扱うのが危険だと言って許可してくれない。


 家族の一員として、夕飯の準備ぐらいは手伝わせてほしいが駄目だと禁止された。流石に過剰の保護だと思う。だけど男性は、これぐらい過保護にされるのが世の中の常識らしい。


 そんな不満を抱きつつ僕は、姉が用意してくれた本日の料理を食べ始めた。とても美味しい。涼子姉さんは、料理が上手だ。


「最近、勉強とかどうなの? 大変?」

「え? 学校の勉強は、そんなに大変じゃないかな」


 突然、食事中に話しかけてきた涼子姉さん。なんだか恐る恐るという感じで、僕の学生生活について質問られた。いつもと少し違うような。彼女の様子に気が付いて、何かあったのかなと心配になる。


「そ、そう……。勉強は大丈夫なのね。何か生活で困った事とかある?」

「困ったこと? いや、特には無いかなぁ。どうして?」

「うぅん、えっと……」


 前回のテストの点数は低くなっていないはずだし、成績も悪くなっていないはず。日常生活でも特に困ることは無くて悪さもしていないし、他に思い当たるような問題もない。


 何かを聞きたそうにしているが、口を閉じてしまった涼子姉さん。すると、一緒に食事していた佑子姉さんが横から、僕ら2人の会話に割り込んできた。


「タケルは家で、ずっと自分の部屋の中にこもりっばなしだからさ」

「あ、そっか。ごめん」


 なるほど、そういう事かと納得する。最近、家族と接する時間が減っていたのかもしれない。


 放課後の時間を使って最近はずっと漫画を描いていたから、部屋に引きこもりがちになっていた。考えてみると漫画を描くことに夢中になりすぎて、確かに姉さんたちとの関係が疎遠になっていた。


「全然、謝らなくてもいいのよ。でも、私たち避けられてるかもって思ってちょっと心配になっちゃって」

「うん、そう。家族だし、もっとタケルと一緒に過ごしたいかなぁ、って思ってた」


 姉二人の意見。そんな風に思われていたのか、と少し反省。部屋の中で一人きりになっているのは良くないな。


 これから家にいる時はなるべく、姉さんたちと一緒に過ごそうと思った。


「うん、わかった。なるべく部屋に1人でこもらず、すぐリビングに下りてくるよ」

「いいの? 忙しいんでしょう?」


 僕の言葉に涼子姉さんは、迷惑じゃないかという感じの表情で心配をしてくれた。問題なんて無かった。


「ううん、忙しくはないよ。自分の部屋で暇つぶしに遊んでるだけだから。姉さんと一緒に過ごすほうが大事だと思うから、なるべく一緒にいるよ」


 口に出してハッキリ言うと、ホッとした表情をする涼子姉さん。嬉しそうに笑っている佑子姉さんが居た。部屋に一人こもっていた事で、二人の姉に少し心配をかけてしまったか。今後は注意しないと。


「よかった」

「じゃあさっそく今夜、この映画を一緒に見るってのはどう?」

「僕も?」

「もちろん。一緒に見ようぜ」

「どんな映画なの?」

「えっとね~」


 その後、佑子姉さんがショップからレンタルしてきた映画を、三人で並んで一緒になって見た。映画を見ながら、おしゃべりを楽しんだ。




「3人とも、楽しそうに何してるの?」

「さっきまで映画見てた。面白かったよ」

「それから、皆でおしゃべりしてる」

「えー、楽しそう。私も一緒にいい?」

「うん、もちろん。こっち座って。それと、お仕事お疲れ様」

「ありがと~、タケル。その言葉だけで明日も頑張れるわ」

「母さん、夕食あるけど食べる?」

「うん。食べる~」


 途中から、仕事を終えて家に帰ってきた母親も合流して、みんな仲良く家族団欒の時間を過ごした。



***



 夕食の時間に話し合いをした結果、部屋の中で何をしているのかを聞き出すという目的は果たせなかった。だが、部屋に引きこもりがちだったのを止めさせて定期的に家族皆で過ごす、という約束を取り付けることには成功した涼子たち。


「ごめんね、私がモタモタしてるうちに代わりに聞いてもらって」

「別にいいよ、謝ることじゃないし」


 申し訳無さそうに頭を下げて謝る涼子に対して、佑子の方は全く気にしていないと笑顔で答える。


「でも良かった。嫌われたりしてなかったのね」

「私の言った通りだったでしょ。タケルは気のいい男の子だから、質問したぐらいで嫌ったりしないって」

「もう。上手くいったからって、調子が良いんだから」

「ヘヘッ」


 本気で、嫌われなくてよかったと安堵する涼子。彼女に対して、弟と一緒に過ごせるという最良の約束を取り付ける事が出来たと、喜びの笑みを浮かべる佑子。


 姉弟の関係は、こんな感じで良好だった。

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