第5話 注目を浴びる少年《クラスメイトの女子》
その少年は、どうやって対応するべきなのか。女子たちは接し方について、困っていた。少年が厄介者だとか迷惑だと思っているワケではなかった。むしろその逆で、彼には絶対に嫌われたくないと思うから。女子たちの対応は、とても慎重だった。
嫌われたくない、けれど気になる存在。知り合いになりたい、仲良くなりたいとも思っていた。
少年の名は北島タケル。彼が通う学校の全女子生徒たちの注目を集めているような男子生徒だった。生徒だけではなく、女子の先生まで注目していた。
非常に希少な男子生徒、というだけではない。頭は良いし、運動も出来る優等生。女性が話しかけると、快く返事してくれる。容姿も整っていて、とても可愛らしい。男として非常に魅力的で、抜群に優れていた。
それほどまでに魅力的な男を、女が放っておくわけもなく。
クラスメートや他の学年に所属している女子生徒も。担任である女先生まで、学校全ての女性が北島タケルという魅力的な男子と仲良くなりたいと望んでいた。さらにその先の関係まで発展できないか。そう考えていた。
積極的な女子たちが勇気を出してタケルに話しかけてみると、返事はしてくれる。けれど会話は長く続かない。女子が緊張して、思うように話せないから。定番の褒め言葉を言ってみたが、彼は喜んでくれなかった。仲良くなれるキッカケが出来ない。
女子生徒たちは彼と知り合い以上の関係に発展するのは、非常に難しい人だという印象を抱くようになっていった。
「ねぇねぇタケルくん。一緒に遊ばない?」
「そうだよ。私達と、遊ぼうよ」
「誘ってくれて、ありがとう。でも僕は遠慮しておくよ」
そう言って誘ってみても、女子の輪に混ざってくることはなかった。もしかするとタケル君は人と会話をするのが嫌いなのかも。それだけじゃない。考えたくないが、多くの男性と同じように内心では女性という存在を嫌っているのかもしれない。そう考えて悲観する女性たち。
実は、北島タケルが女性との接し方に慣れていないだけだった。女子たちに遊びを誘われたが、思わず断ってしまっただけ。その後も断ってしまった手前、自ら女子のグループに加わっていこうとする勇気がなかった。
その真実を、女子たちが知ることはなかった。
彼のことが好きで、いっぱいお話しをしてみたい。けれど彼には嫌われたくないと思った女性達は、タケルと話をするのに躊躇するようになってしまう。近寄りがたいというイメージを抱くようになった。多くの女子たちは離れた場所に姿を隠しつつ、遠目でチラリと彼の様子を観察することしか出来なかった。
いつの間にか出来た暗黙のルールとして、話しかけるのは控えようという雰囲気が出来上がっていった。そんな北島タケルという男子に付けられたあだ名というのが、深窓の令息。
彼とは一定の距離を保ちつつ、気付かれないように隠れつつ様子を見つめるだけ、という状況が続いた。
その他にも高嶺の花だったり、別世界の王子様というような呼ばれ方をされるようになったタケル。本人は気付かぬまま。しばらくの間は、女子生徒からずっと距離を置かれていた。女子生徒たちは彼の様子を、遠く離れた場所から伺うだけの日々。
そんな、ある日のこと。
図工の授業が行われる時間。北島タケルの描いた絵を1人の女子生徒が目撃した。その絵の上手さに驚いて、どうしても褒めたいと思った。この感情の高ぶりを、ぜひ彼に伝えたいと。
タケル君は褒められたり、女子から声を掛けられるのを嫌っているかも知れない、という事も把握はしていた。けれど一か八か、話しかけてみよう。これで嫌われても仕方がない、と思い切って。
女子生徒は、北島タケルに近づいて声をかけた。会話してみようと、勇気を出して一大決心のチャレンジをしてみた。
「ッ、タケル、くん。その絵、す、すごく、上手、だ、ね」
ただでさえ女子は、男子に話しかけるだけで心臓が口から飛び出そうなほど緊張をする。しかも相手が北島タケルという、深窓の令息だなんてあだ名で呼ばれるような人物。近寄りがたいと噂になっている人物の名を呼んで、会話するなんて。
女子生徒は、緊張しすぎて口がうまく開かない。言葉が滑らかに出てこなかった。喋り方も変だったけれど、なんとかタケルの描いた絵を褒めた。
その瞬間、周りに居た女子たちの会話が一瞬だけ止まった。周りの空気が、ピンと張り詰めて緊張感が漂う。男子に、しかも北島タケルという容易に近付くと危ないと噂される存在に声を掛けた女子生徒の勇気と無謀さ。一歩足を踏み入れた彼女を讃えつつ、無茶をしたなと憐れむような視線が集中する。
しかし、次の瞬間には再び雰囲気が一変した。タケルが会話に応じたから。
「ホントに? ありがとう」
声をかけた女子生徒は、タケルが会話に応じてくれたことに驚いていた。そして、恥ずかしそうな表情の中に嬉しそうな笑顔を浮かべてお礼を言う彼の表情を目の前で見て、心臓が苦しくなるほど興奮した。
「「「(か、かわいい)」」」
周りで様子を伺っていた他の女子生徒たちも、普段は無表情が多い彼の初めて見るレアな表情を目の当たりにして、胸をときめかせていた。そして、私達が話しかけて大丈夫なんだ、と確認していた。
彼の愛らしい表情を正面から見ることが出来る女子生徒に、ジェラシーを感じる。もっと早く、自分がタケル君に声をかければ良かった。あんな表情を正面から向けてもらいたかった、と。多数の女子生徒たちが、ものすごく後悔していた。
だけど今度は私が、彼の絵を褒めて嬉しそうな表情を引き出すんだと。そう考えた女子生徒たちが我先に、タケルの周りに殺到するのだった。
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