第4話 僕が再び漫画を描き始めた理由
死んだはずの僕は、生まれ変わった。僕の知っている常識と、少し違っているこの不思議な世の中に。知らぬ間に、新しい人生を送るチャンスを神様から与えられた。だからこそ、今度は突然の不幸が起きないように注意しないといけない。今度こそ、長生きしたい。
間違っても、新しい母親や姉妹よりも先に死ぬことが無いように注意するべきだ。普通の人生を送って、寿命が尽きるまで健康的に生きようと決意した。
まずは、漫画家を目指す事は止めようと強く決心した。締切に追われて、不健康な生活を送ることを余儀なくされるような仕事に就くのは止めておこう。僕には漫画を描き続ける才能がなかった。だから諦めるべきなんだ。
そう、心に決めた筈だった。
僕の、そんな強い決意を揺るがす出来事が早くも起こった。それは、学校の図工の時間の事だった。校庭にある風景を写生して、提出しなければならなかった。学校の授業で、絵を描かなければならなくなった。
新しい人生では、漫画家を目指すのを止めておこうと考えていた。漫画の世界には絶対に関わらないで居ようと。だから生まれ変わってから今までは一切、なんの絵も描いてこなかった。ずっと我慢していた。
漫画家の道を進むことは諦めた。けれど、絵を描くことは好きなままだった。でも描かなければいけなくなった。授業が始まると僕は、白い画用紙の上に自分の好きなように自由に風景を写し取った。
久々に絵を描いて、とても楽しいと感じた。かなりの充実感を得ることが出来た。やっぱり、好きなように絵を描くことは面白いと再確認していた。
ただ、ずっと絵を描いていなかったから、かなり腕は錆びついているようである。久しぶりに描いてみた絵だったので、描き終わった絵は自分的にあまり納得いかない出来栄え。
そんな何気なく描いてみた絵が、クラスメートの女子達から絶賛された。女の子にチヤホヤされるのは、やっぱり嬉しい。
「タケルくん。その絵、すごく上手だね」
「ホントに? ありがとう」
女の子が1人、僕の絵を覗き込んで褒めてくれた。僕は彼女に、絵を褒めてくれてありがとうと答えた。
「ホントだ! キレイだね」
「じょうずー!」
「えー! 私にも見せて!」
「スゴーイ!」
「え? あ」
周りに居た女子たちも一斉に僕の周りに集まってきて、描いた絵を褒めてくれる。とても気分が良かった。少しだけ、女子たちの圧が怖ったけれど。
「そ、そうかな? ありがとう」
自分では納得できない完成度の絵だったので、心のどこかで、もっと上手く描けるはずなのに、と思っていた。だが褒めてくれたのは、自分の絵を認めてくれたような気がして嬉しい。次は、もっと上手く描いた絵を披露したいと考えてしまった。
男性が少ない今の世の中で、何かにつけて褒めてくる女子たちに僕は疑いを持って接することが多かった。
頭が良いとか、運動神経が抜群だとか、容姿が可愛いだとか。そんな風に女子たちに褒められることもあったが、今までの僕は純粋に喜ぶことが出来なかった。
なんだかご機嫌取りをされているようで、彼女たちの褒め言葉を素直に受け止めることが出来なかったから。
世の中に居る男性の数が絶対的に少ない世界だと、少しでも異性に好かれようと、近づいてきて褒めてくれる。仲良くなるための、打算的な気持ちがある。そう感じてしまった。そもそも、僕のような人間は女子たちに褒められるなんて思わなかった。
前世の記憶や経験があるからこそ、小学校の勉強なんて楽勝だった。それで、頭が良いと思われいてるのだろう。
運動神経についても、身体の構造だけ理解しておけば若い体力を駆使するだけで、ある程度なら誰でも運動が上手なように動ける。感覚だけで動き、運動しているような子供に負けはしなかった。
容姿に関して言うと、僕なんかよりも母親や姉達の方が優れていると思う。美人でかっこよくて、可愛い。身近に居る彼女たちのほうが、褒められるのに相応しい。
そんな風に、純粋な褒め言葉は裏を読んでネガティブに受け取ってしまう。女子の褒め言葉に、不信を抱くようになっていた。
しかし、絵の事を褒められた時に僕は素直に嬉しいと思えた。絵を褒められると、自分が思っている以上に気分が高揚して舞い上がっていた。
それは僕が、絵を描くことが好きで自信があったから。
久しぶりに描いた絵が褒められて、漫画家を目指すのは止めておく、という決意が揺らぐほどに。自分の絵が褒められたことで、前世の嬉しかった思い出も蘇ってくる始末。
初めて、自分の描いた作品が入賞した時の思い出。雑誌での連載が決定した時や、初の単行本が出版されて手元に届いた時。自分の作品のアニメ化が決定して、自分の絵に動きが加わったのを目にした時。その他にも様々な、漫画に関わる良い思い出が頭の中でグルグルと駆け巡っていった。
もう一度だけ、描いてみようかな。そう思ったのがキッカケで、漫画家への道を再スタートしていた。
久しぶりに、紙の上にペンを自由自在に走らせる。描いているものは、僕が前世で必死に生み出したキャラクター。何もない真っ白だった普通のコピー用紙に、学校でも使っている鉛筆で描いていく。やはり腕は衰えている。だけど、とっても楽しい。
「うわっ。もう、こんな時間……」
夕方、自室で好きな絵を描いていると気がつけば夜になっていた。あっという間に時間が過ぎていった。
腕を動かしている最中、新しい漫画のアイデアが次々と溢れるように湧き出てきた。思いついてしまったアイデアを腐らせるのは勿体ない。漫画を描いて、表現せずには居られなかった。
親からもらって使わずに貯めていた小遣いを惜しげもなく使い、漫画用原稿用紙とペンを購入。最低限、漫画を描くために必要な道具を買い揃えた。
1ヶ月が経った頃、気がつくと僕は32ページある一本の漫画を描き上げていた。
それで満足して立ち止まればよかった。僕は立ち止まれなかった。漫画を描いたら誰かに見てもらいたい、評価してもらいたいと思うようになる。
いつの間にか僕は、漫画の新人賞の応募先を調べていた。応募先を探して、自分の作品を送っていた。漫画のコンテストに自ら応募してみた。漫画家の道を諦めようとしていた者とは思えない行動。
こうして僕は、再び漫画を描く道を歩み始めてしまったのだった。
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