第3話 普通じゃない世界

 この世界は、なんだかオカシイ。




  前世との違いについて気付いたのは、僕が新しい世界に転生してきたのだという事実を受け入れた赤ん坊時代から、少し経った後のことだった。


 乳児から幼児へと成長した僕はまだ、自分の意志の通りに身動きが取れなかった。舌が思うようには回らなくて、上手くしゃべることが出来なかったから周りの人とのコミュニケーションを取るのが困難だった。


 テレビや新聞などから得られた情報と、暇な時間で一人きり色々と考え続けた末に自分は転生したのだという結論に至った。なぜ僕のような普通の漫画家が、転生したのかについては考えても分かり得ないことなのだろう、と一応の決着をつける。


 僕には前世の記憶を引き継いで生まれてきたが、転生をしたキッカケに思い当たるようなことが無かったから。


 それから、ようやく周りの人達にも目を向けられる余裕が生まれてきて、おかしな世界に少しずつ気が付いていった。


 まず、僕が生まれた家族の中に父親の姿が見当たらなかったこと。


 離婚して母子家庭なのか、死別したのか、そもそも母親が結婚なんてしていなくて認知されていないからなのか、家の中に父親という存在が見当たらなかった。他にも僕は、思いつく色々な家庭の事情を考えてみたが、ともかく家では父親の姿を一度も見ることがなかった。話題にもされていないようだし、どんな人物なのか一切不明。


 僕の姉弟は上に二人の姉が居て、母親と僕を含めての四人家族である。その家に、僕以外では男の姿は無かった。


 まだそれは、ありえる事情だったと思う。しかし、次のような状況を目にした時に僕は自分の知っている世界とは異なった世界に生まれたのではないか、ということに気付くことなった。




 我が家には父親が居らず、家庭に給料を入れてくれるというような稼ぎ頭が居ないとなると、生活が困窮してしまうのではないかと心配していた。


 だが、そんな事を心配する必要は無さそうだった。というのも、うちの家は母親が働いているようで、彼女が働いて稼いだお金だけでも一家を余裕で養っていけているようだった。


 普段の生活を見ていると、母親が苦しそうにする様子もなくて、父親が居なくても生活するのに経済的な問題は何も無かったみたいだ。




 母親と姉の二人は、僕のことを非常に可愛がってくれていた。赤ん坊の頃から僕は色々な場所へ連れ出してもらう機会が多かった。もう少し僕が成長すると、旅行にも連れて行ってもらう事が多くなった。家族皆で、休みの日は一緒に過ごす。


 かなり豪華な温泉地に行って、豪華そうな宿でも何泊かして楽しむ僕たちの家族。まずそこで、僕は気付いた。外出先や旅先で男の人の姿を目にする機会が異常なほど少ないという事に。


 近所の公園やお店に出かけた時にも、何回かに一度ぐらいの頻度でしか男性の姿を見ることが出来なかった。その時はまだ偶然だろうと思っていたら、その後も外出をしたときに男性の姿を見ることはなかった。


 この世界は男性の数が極端に少ないのではなかろうか、という考えが頭にあった。しかしまだ、男性の姿を見ないのは住宅街で時間帯やタイミングによっても変動するだろうから、あり得ることなのかと自分の予想に確信は持てなかった。


 確信を持ったのは、とある家族旅行の時だった。行く先々で対応してくれる店員やスタッフが全員女性だったこと。乗った電車の車掌にタクシーのドライバー、旅館の料理人などなども全て女性だった。


 男の人が働いているような姿を、旅行している間に一度も目にする事が無かった。自分の知っている世界と比較してみると、やはり異常なことだと感じる。


 この世界は、どうやら男性の数が極端に少ないようだ。しかも、働いている男性の姿は見当たらない。




 幼児から成長した僕は、この世界のことを知るために色々と情報収集をするようになった。


 家族旅行の後、男性の数の少なさに疑問を持った。それから意識的に情報収集してみた。テレビのニュースや新聞の記事、それから母親や姉達にも聞いてみたところ、僕が居るこの世界の状況について少しばかり理解することが出来た。




「お母さん、なんで僕と同じような男の人が少ないの?」


 僕は、母親にストレートに聞いてみた。すると彼女は、困ったような表情を浮かべ色々と教えてくれた。


「うーん、それを説明するのは難しいんだけどねぇ……。昔は沢山いた筈の男性が、一説によれば遺伝子の異常で急激に男性の出生率が低下して、現在は――」


 子供が3人も居る女性とは思えない若々しい見た目に、黒髪ロングに眼鏡を掛けた真面目な教師風という容姿をした僕の母親。彼女が、まだ幼稚園に入るぐらいの幼い子供の僕がした質問に対して、真剣に答えようとしてくれていた。


「駄目だよ母さん。それじゃあ、タケルくんが理解できないって」

「あら、そう?」


 隅々まで詳しく教えてくれたのは、情報を求めている僕にとっては有り難かった。ちゃんと理解するためには、時間が掛かりそうだったけれど。


「ちょっと、むずかしいかも!」

「ほら、やっぱり。つまり男性が少ない理由はね、――」


 僕と比べると年齢は六歳年が上である、北島家の長女で涼子りょうこ姉さん。


 彼女が、そんな説明じゃ駄目だと言って母親を止める。見た目はまだ幼い僕の姿、中身に大人の精神が入っているので、実は母親の話を聞いて理解はしていたのだが。しかし、そうか遺伝子の異常で……。


「男の人が少ないのは特別だからで、タケルくんも特別なんだよ。だから危険な女子たち皆が、タケルくんの身を狙ってくると思いなさい。絶対に、家族以外の女性には気を許したら駄目なんだから。注意しようね!」

「そ、そうなんだ。わかった、注意するよ」


 横で僕たちの会話を聞いていた、四歳年が離れている次女の佑子ゆうこ姉さんが、迫真の表情で忠告してくる。男の身は、生活していく上で非常に危険があるんだからと僕の危機感を煽る。


 あまりに強く差し迫った感じの警告に、たじろぎながら僕は頷いて返事をした。


 そんな感じで僕は、徐々に世界の状況を把握していった。この世界は、男性の数が異様に少なくて、女性が男性を守るというのが普通な世の中であるということを僕は知った。僕の知っている世界とは、逆の常識があるということを。

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