第2話 前世について

 死んだと思ったら、生きていて何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。これは転生。

そんな初の体験をした僕は、新しく生まれ変わった人生では前世と別の普通の仕事に就き、質素に生きていこうと考えていた。


 僕は前世で、そこそこ程度に名の知れた漫画家だった。


  けれども新しい人生で、また漫画家デビューを目指すことは止めておき、今度は普通のサラリーマンに就職して、ごくごく普通で平凡な人生を歩んで生きていこうと考えていた。


 僕は赤ん坊の頃には既に、今後の人生設計を立てていた。その計画は、その後すぐ破綻するのだけれど。



 そんな風に僕は無難な将来の生き方について考える理由には、前世で漫画家として仕事をしていた頃の苦い記憶があるから。


 僕が前世で死んだ原因は、おそらく過労なんだと思った。漫画を描いている途中でそれ以降の記憶が途切れていたから。疲労が溜まっていたのに、締切間近だったのでスケジュールに間に合うように無理をして連載中の作品を描いていた。


 それで僕は、失神してそのまま……。


 


 前世について、僕の人生に関するお話をもう少しだけ語ろう。


 自我が目覚めるよりずっと前の幼い頃から、僕は絵を描くのが趣味だったらしい。小さい頃から他の子と比べて絵を描き続けて経験を積んでいった結果、他の人よりも多少は絵を描く才能があるんだと早くから自負していた。


 自分の描く絵に自信と誇りを持ちながら中学生の頃には漫画を描くようになった。高校生になると僕は、漫画家デビューを果たすための登竜門と言われている、とある雑誌の新人漫画賞を受賞することを目指して、何度も作品の応募を繰り返した。


 朝は学校に行って授業を受けて家に帰ってきたらすぐに机の前に座って、寝る間も惜しんで漫画を描き続ける生活。学生時代は、そんな毎日を過ごしていた。


 家族の誰にも語らなかった将来の夢として漫画家になりたい、という望みを持って挑戦してみた新人漫画賞。


 少年漫画というジャンルで選ばれる賞を目指し、そのコンテストを一本だけに的を絞って僕は漫画を描いてチャレンジし続けた。


 一度目の応募では何の音沙汰もなく落選だった。かなりショックを受けて、そこで止めようとも思った。しかし、数日後にはまた挑戦してみようと立ち上がっていて、次のコンテストへ応募するための作品を描き始めていた。


 二度目のコンテストでは選考になんとか残ったらしいけれども、結果的には入賞をすることは出来ず。けれども僕の描いた作品が審査員の目に留まったらしくて、次に期待しているというような連絡を頂いた。


 一度目に応募した作品の時と比べて、確実に進歩しているんだと僕は実感をした。その結果、僕のモチベーションは大いに高まった。


 それから三度、四度と応募を繰り返すが入賞までには届かなかった。そして僕は、もう止まれなかった。漫画家を目指して入賞出来るように努力する道を突き進むしか考えは無かった。


 高校生も卒業が近くなり大学入試か就職活動かで学生が忙しくなる頃、僕も将来の進路を決めないといけなくなった。


 漫画家デビューの夢を目指してこのまま突き進むか、それとも無理だと夢を諦めるのか。どうするのか、どちらか選択しないといけない。その瀬戸際に立っていた僕は凄く悩んでから、どうするのか決めた。


 入賞できたら、夢を追いかける。結果が出なかったら、夢を追うことはスッパリと止める決意。この応募を最後にしようと挑んだ、五度目の新人漫画賞。


 審査の結果、僕はようやく念願だった新人賞に入賞することが出来た。その結果、編集者の人から雑誌で連載しないか、というお声がけを頂いた。もちろん僕は、その仕事を引き受けた。


 ……その連載が始まったのは、それから数年後のことだったのだが。


 デビューは決まったが数年先だったので、暇だった僕は大学に入学して、それから大学を卒業してようやく漫画家デビューを果たした。


 大学生活を送っていた頃に描いておいた作品がデビュー作となり、それからずっと専業で漫画を描き続ける漫画家人生を送ることになる。


 ありがたいことに僕は、有名な週間少年漫画の雑誌で連載を持つことになった。


 毎週のように締切が設定されている、連載中の漫画を仕上げる為にアシスタントを何人か抱えながら、一歩一歩順調に大きな仕事をこなせるように仕事をこなす。僕はこの頃に、漫画家として大きく成長できていたと思う。


 原稿料と出版物の印税を頂いて、アシスタント代をしっかりと支払って、ソコから残ったお金でなんとか生活をしていける。アルバイトもせずに、ちゃんとした専業の漫画家として僕は生きる手段をしっかりと保っていた。


 僕の描いた作品の中には、アニメ化されるほどの爆発的な人気を得ることになった作品も一つある。なので、世間でもそこそこ名の知られている漫画家だった筈だ。


 けれども僕が漫画家として活躍できた時代は、その頃がピークだったのだろう。


 週刊少年漫画での連載が終わってしまい、ピークを過ぎた僕の作品は段々と注目も薄れていき、新作を出してみても僕の描く漫画が目に見えて売れなくなっていった。


 アニメ化までされてヒットした漫画は一作品のみ、その他の僕の作品はあまり良い評価を得られてない。いわゆる一発屋と言われるような漫画家として、一部の人達に僕の名前は有名になってしまう程だった。


 それでも過去の栄光のお陰で漫画を描く仕事の依頼は途切れることも無くて、常に雑誌の連載やイラストの依頼が入ってくるような状況だったので、ギリギリだけれど専業の漫画家生活を続けることが出来ていた。



 なんとか漫画家の仕事だけで生活できていた僕は、仕事の依頼があれば断ることはせず引き受けて、毎日15時間ぐらいは漫画を描いて仕事をしている日々が続いた。僕にとって、そんな漫画家生活が日常になっていた。


 小さな雑誌の連載を持っていたが仕事の単価は安くて、量を描いて稼ぐしか方法は無かった。漫画家の仕事があるだけ、ありがたく思って無理をし続けた。


 仕事の締切が迫ってきてスケジュールの期限が間近になって厳しくなれば、元から無理して確保していた労働時間は更に伸びた。文字通り、寝る間も惜しんで僕は机に向かって不眠不休の作業で漫画を描き続けなければいけない時もあった。


 僕の自慢の一つとして、一度も締め切りに遅れたことはなくて原稿を落とした事がなかった、という事がある。けれど後になって考えてみれば、かなり無理をして積み重ねてきたような実績だったし、コレが大きな間違いである。後に、悪い結果を招く原因だったと今の僕には理解できる。


 長年そんな効率も悪く無理を利かせて、なんとか漫画家の生活を続けてきた結果。老いてきた自分の身体の限界というものをしっかりと自覚出来ていなかった、というのも悪かった。


 ある日突然、いつものように漫画を描いている途中で視線がボヤケて目の前にある原稿が見えなくなった、と思ったら視界が急に暗くシューッと狭まっていく。


 あれ、なんだろうと思っているうちに身体からは力が抜けていった。僕は、原稿を置いた机の上に倒れ込み、顔面をぶつけるという未来を予想しながら、回避しようとしても体は動かないし、机の上に倒れ込むしか出来なかった。


 机の上に倒れるのを自覚するが回避できず、声を上げる隙もないまま意識がフッと途切れていた。


 そして、目覚めた時には赤ん坊になっていた、という訳である。


 


 それが僕の前世の話。漫画を描いていたお陰で生きてこられたけれど、僕は漫画を描き続けていたせいで死んでしまった、とも言える。


 最期までスケジュールを厳守しようと必死になって漫画を描き続け、そのまま僕は死んでしまうなんて。


 死んでしまった僕は元の世界でなんと言われているのだろうか、とても気になる。でも生まれ変わって違う世界にやって来てしまった僕には、もう知る由もないが。


 ともかく、だからこそ僕は新たに得た人生で漫画家として働くのは止めておこうと考えていた。

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