一、珈琲焙煎研究所
東三国のとある駅近くの喫茶店。そこに、珈琲焙煎研究所というお店がある。
今の時代には、珍しい豆から挽いた珈琲が楽しめるお店なのである。
お店の前に看板が黒板に書かれており、一応、喫煙は外で出来るらしい。
最初に店に訪れるとき、私は嫌いな眼鏡を掛けていた。いわゆる、乱視が悪化し、まわりのぼやけが酷くなったせいだった。
「おや、ここに来たお客さんかい。どうぞっ。」
クリエイティブな雰囲気の男がニコッと笑い、ドアを譲る。
私は、店内のカウンター席に座る。珈琲豆が並び、コップの入っている棚を見る。
その時、私は路頭に迷う子猫のような心持ちであったのである。
(私は、これからどうしようか?なにを頑張れば良いのだろうか?)
珈琲の香り。裸電球の照明、奥で若いムスメさん二人が、会話していた。
その会話の中心に、幼い少年がきょとんと、顔を交互に見ている。
「へっ、計算されているな。あの坊主は…。」と、店主と話しているのは…ドアを開けてくれた、クリエイティブな男、アクセサリー職人らしい…。
そっと、僕もその子が交互に話しかけている顔を見る姿を見ていた。
漠然と幼い頃のサーヴィスを周りに振りまいた自分をその少年から探したが…。
それは、なかった。普通の可愛らしい少年であった。すこし弟に似ている。
昔のカマトトだった自分を思い出す。あれは、愛情を求める行為。そして、幼いからこそ出来るものであった…。
甘えたいと思っても、甘えられないのが大人なのかもしれない…。
そんなことを考えながらメニューを眺める。真っ先に目に飛び込んできた種類。
その豆の紹介文に、僕は少し苦笑したくなった。
『ワインの様な香りとコク、変わり者。』
最近、お酒という忌まわしいキャラクターが、お顔にべたっと張り付いていた。
その上に変なヤツとも思われている。その事実に気がついたのは最近のことだ。
そんな私には、ぴったりな珈琲だな……と、思ったのである。
「これ、ください。」
作業台の青色のスタンドライトがぱっと輝く。後に聞いたことだが…、あれは、
医術を処置を施すときに光を照らすのだが、それを意識しているらしい。
僕には、舞台の上で、役を演じる役者の姿に見えた。ふと脳をかすめた夢たち。
いままで、やったもの失敗した残骸がよぎる。
自己嫌悪の悪夢。後悔は、厳禁。
珈琲の豆は青いポット湯が流されて、香りのある湯気と、澄んだ暗黒色の液体が、静かに…ぽたり、ぽたり…と、涙を雫が零れるように、落ちてゆく…。
抱きしめられる香りにぼんやりとして、目の前に珈琲が、置かれた。
コップは、濃い味のしそうな夏蜜柑の色に似ていた。あの夏蜜柑に似ている。私の生まれは堺市だが、実家が夏蜜柑を育てる近所の人から、夏蜜柑をいただく。
私は、夏蜜柑が多い夏の少し過ぎた、晩夏に生まれた。
そのせいか、まるで、毎日が長く、一日、一日が、いつも、遅く感じてしまう。
一口、ゆっくりと啜る。すると、昔に誤って吞んだ赤ワインに似ていた。
葡萄ジュースだと勘違いした私は、幼稚園の頃に一口のんで驚いたのだ…。
甘いとろけるような味が、チョコレートに似ていて、薔薇の花畑を飲んだ心地。
ふわっと身体が宙に浮いた感覚を覚えた。心地よい夢を吞んだような気持ちになってしまったことを思い出しました。
「母さん、これは、どこの葡萄ジュースなのかしら? とっても、美味しいのね。」と、微笑んで言う。母ははっとした顔で青ざめる。あちゃーと、悲鳴をあげた。
母に、『これは、ワインなのよ!』と、たしなめらたのだ。
コップに何度も、何度も、ミネラルウォーターを注ぎ「さあ、飲むのよ。」と、言われた。お腹がちゃぷんちゃぷんになるまで、水を飲まされたのである。
(その経験から、お酒を飲むときには、倍に水を飲めば、悪酔いをしないこと。
すきっ腹で、お酒を飲むとすぐに酔っ払ってしまうことを学んだのだった。)
それを聞いた祖父は、あはははと大声した。それから、隣でぐったりとする、
私を見ながら祖父は、母にこう話していたらしい…。
「将来、こいつも酒飲みになりそうだな…。だが、こいつは、悪い酒飲みに、
もしや、なるかもしれんな。うん、俺が注意してやろう。おうい、なっちゃんや、すぐに来なさい、君ね…。」
ここで、回想は…途切れた。
喫茶店のカウンター席で、ぼんやりとしていた。
昔、童話のマッチ売りの少女が思い出をふと思い出すように…。
ふと、思い出がよみがえったのだった…。その回想が、懐かしかった。
「どうですか、味のほうは…?」
喫茶店の主人。研究所長が、柔らかい声色で味を訪ねる…。
問われるとしどろもどろする、そんな僕は、あわててマグカップを置く。
「とても美味しいです。懐かしいです。」
そう、懐かしいと思った…でも、なにか足りない…。
出掛けの用事の為に、休憩のために寄っただけだったので。
私は、そこから目的の場所に仕事の面談をした。
帰りに、まだ…その喫茶店が開いていて、また立ち寄った。
同じ青が、この世界にないように…
貴方には、貴方の青の世界が、存在する。
その青い世界は、それぞれ異なり、個々の個性になる。
その研究所長が、話してくれた話は、深く心に響いて波紋を描いた…。
人間には、それぞれの青の印象を抱けるほどの個性や経験がある。
そんな個性が活かされて、各々の行動をすればみえるものはある。
そう、言われて。なにか目が覚めた…。深い沈んだ夜の闇も切り裂く。
カフェインの強さに酔ったせいかもしれない。
どうやら、お酒より厄介だ。
「いつか珈琲で、この街を支配するんだ。」
その言葉に、少し驚いた…。
顔に出ていたのか、ふふんと笑われてしまった。
「気づけば、喫茶店がそこらにあって。珈琲の香りがする街にしたいんだ。
居たい場所を各々に見つけて、珈琲を飲んでもらう。
そんなホッとする居場所をつくりたいんだ。それから、そんな場所で夢にむかって進んでいくひとを応援したい。そんな夢を追いかける人が多い街にしたいんだ。それが、夢なんだ…。」
力強い夢を聞いて、それが、出ることだと思った。自分と相手を信じる言葉…。
信じる心と、言葉の強さ、夢を現実にさせるのは、それが、大切なのだと伝わる。
できるかもしれない、やってみよう。うん、できたらいいな。と考える心。
思考の中にうまれる希望のヒカリ、ほんの小さなキセキを信じることを想った。
その奇跡は、紛れもなく、人間が起こすものなのである。
――その日の二杯目は、とても美味しかった。
嬉しいことに、私の物書きを応援すると言ってもらえた。
こんなことを言ってもらえることは、人生においてあまりないことである。
夢を真面目に語る大人とは、バカにされがちだ…。
現実味がない、そんなことを言ったって認められるのは一握り。
お前なんて、ふっと吹きかければ消える塵にも等しいと……。
いろんな、人間を裏切りました。
いろんな、人間を悲しませました。
いろんな、人間を見てきました。
でも、それは…まだまだ、らしいです。
いろんな人間に、救われました。
いろんな人間に、笑われました。
それなりに、歩いている。
好きな人がいたり、友達がいたり、笑ったり、絶望したり、ふっと訪れる、
月のような不安という存在にふとした孤独を感じたり…。
私は、その日。
ひとの優しさとあたたかさは、信頼からくることを知った気がした…。
そして、こう思ったんです。
『なんとか、なる。』……。
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