第11話 油断と企み
ベルが目を覚ますと、勇士の姿がなかった。
昨日の状況からすれば1人で考えたい事もあるだろうと思い、わざわざ探す事はせずに、放っておく事にした。
「1人でも危険はないじゃろうしな」
ベルの思いとは裏腹に、パンツに手をかけ全裸になろうとしていたのだった。
もっとも危険なのは勇士自身であった。
そんな事はさておき、そろそろエルを起こす事にした。
「エルよ、起きるのじゃ」
「んー」
「ユージが消えたみたいじゃよ」
「探しに行くのだ!」
その起きっぷりに、なんじゃこいつと思うも言葉を飲み込む。
「冗談じゃよ、1人で出掛けておるからの」
「そうなのか!」
「じゃから、帰ってくるまで待つとしようかの」
「エル、待つのだ!」
エルは、しっかりとベルの言う事も聞くのであった。
実際は、同じ主人に名をもらっているので立場に違いは無いはずなのだが、ベルはそれが気に入らなく小さな子供にもしっかりと立場を教えているのだった、それでも一応は仲の良い2人だった。
起きたものの、やる事もなく勇士が戻るまでの間をどうしようかとベルは考えている
「ワシらまで外に出て、入れ違いになってものぉ」
「エル、待つの平気だよぉ?」
「そうじゃの」
結果、ステイする事になったのだがーー
「悪いな」と言う声がしたがベルは意識を刈り取られる、途切れゆく意識でエルを確認するが既に意識が無くなっているようなのか、床に伏せていた。
それに続くようにベルの視界も暗転した。
「なによ、油断してるからあっさりじゃないの」
ダイナは、想像以上に作戦が成功した事に不満があるようだった。
「もう少し、楽しませてくれるかと思ったのに」
「ダイナ、悪い癖だぞ。それでオレたちが迷惑してるんだ」
「よせ2人ともずらかるぞ」
ベロスの声に「ちっ」と舌打ちするグラム、慎重なグラムに対してダイナは大胆で大雑把なのだ。
それに何度も迷惑を被るグラムは苛立ちを隠せず頭を抱えるばかりだった。
完全に油断していたベルだった。
まさか、人間に攫われる事になるとは考えもしていなかった。
目を覚ますと、牢屋に閉じ込められており、手足に枷がつけられており魔力も封じられていた。
身動きは取ることが出来るが、脱出は厳しそうであった。
視線を辺りに向ける、エルの姿が見当たらなかった。
不安になるベルだが、どうする事もできないのであった。
「なんじゃっ!」
自分の油断が生んだ状況に、苛立ちが募る。
魔物の狩りに出ているのであれば、魔力を察知するよう意識しているのだが、人間の国となれば取るにたらない存在だと思い、それを怠っていたのだった。
しかし、不思議だった。例え油断していたとしても人間の魔法で抑えれるほどベルは弱く無いはずなのだ。
「驚いてるようだな」
聞き覚えのある声が耳に響いた。
「貴様はっ....!!」
「なんだ、覚えていたのか?」
「当たり前じゃろ、昨日会ったばかりじゃろぉ!」
「それも、そうだな」
ゲノムは薄ら笑いを浮かべながら、ベルに近づく
「エルは、どこじゃ!」
「あの幼少か?まだ眠むっているぞ」
「どこに居るんだと聞いているんじゃ!」
ゲノムは、ベルの頬を片手で掴み口を覆うようにした。
怯まずに、睨みつけてくるベルにゲノムは答える
「自分の立場がわかってないのか?お前はこれから奴隷になるんだ。他の事を知る必要はもう無い」
口を押さえられているベルはもごもごと言葉を発しているが、言うまでもなく聞き取ることはできない。
「お前の引き取り手は、大方決まっているがな!ハハハハハ」
ゲノムは高笑いをしながらベルの髪を撫でる、ベルも振り払おうとするが魔力が奪われている状態では、どうする事もできなかった。
「もう少しすれば、あのお方が来るはずだからな、その間にでも今までの思い出に浸るがいい」
そういい、手を離しその場を後にする。
解放されたベルはその後ろ姿をただ睨みつける事しかできずにいた。
(くそっ、ふがいないのぉあやつ、もし解放されたらタダではおかんからの...それにしてもじゃ、エルが無事ならばよいのじゃが....)
燃え上がる感情を抑えながら、姿が見えないエルを心配するベルたった。
1人になったベルは、周囲を確認し状況の整理を行う。
「窓の一つもないのぉ、地下じゃろうなぁ、あのタルタロスの地下って訳じゃあるまいしのぅ」
できる範囲の整理を行うが、相手の事も知らない状況では憶測でしか考えられず魔法による探知もできない今はただ時が過ぎるのを待つしかなかった。
幸い、奴隷紋をまだ付けられていないのが唯一の救いだった。
唯一の救いがあったものの、他には何もなく、ただ溜息が溢れ、暗い牢屋に反響しながら悔しさと油断も後悔も閉じ込められたまま行き場を無くした。
勇士は宿屋に戻り、ベルとエルが居なくなっている事に不安を抱いていた。
「昨日の事で、一緒には居たくなくなったのか?」
振り返れば、2人と自分は全くの別の物だという事。
それは最早、揺るぎない事実なのだ。
そんな2人に自分の価値観を押し付けるような事をした勇士の心は申し訳ない気持ちに苛まれていた。
「それも、そうだよな。そもそも俺は異世界の人間なんだ。合う訳が無いはずだよな」
そして、時間だけは刻々と過ぎていく。
どれだけ待っても2人が戻ってくる事はなかった。
囚われている事も知らずにーーーー
次の日も、2人は戻ってくる事はなく、ただ虚しい時間だけが過ぎていく。
ここに転移してから過ごした日々を振り返りながらーーーー
「ダセェな俺.....たかだか1日くらいでこんな気持ちになるなんて」
勇士の人となりは、転移以前から慕われ、その人柄は道は逸れていたものの周りには多くの人が集まっていた。
面倒見がよく、優しい勇士はいつでも中心にいる存在だった。
それが、この世界に来てからというもの、どれだけその優しさや、面倒見の良さがあっても、それはこの世界には通用しないのであった。
通じるのは、礼儀ぐらいのものだった。
だから、こうして1人になってみると、それを実感してしまうのだ。
痛感せざるを得ないのだった。
だからといって、そこで腐っていく男ではないのだ。
行動で変えていくしかない。
2人を探して、居なくなった理由を聞く事を決めた勇士だった。
魔力ゼロでもやれるんです。 無気力0 @horinsdakara
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