第8話 常識が非常識
エリシオン王国内は長らく平和を迎えているのだが、騎士団の訓練には油断の文字は存在しなかった。
王国内の訓練所にてそれぞれの隊長の元、訓練が行われていたのだった。
「貴様らは民の税によって生かされているのだ!いつ死んでも悔いのないよう励め!」
そう、部下に声をかけるのは騎士団、団長のヨーゼフだった。
大きな体に、無駄がなく鍛え上げられた筋肉が身を纏ながらも、それを薄らと纏う練度の高い魔力が彼の強さの象徴であった。
腰に携えている剣に腕を乗せ、およそ百人の部下を見据える。
彼にとって、強さとは絶対なのだ。魔力であろうが剣撃であろうが、どんな武器を使おうが、最後に立っている者こそが正義なのだ。
故に、団長と言う地位にどっしりと腰を据えている。
騎士団、団長ヨーゼフはエリシオン王国、最強の騎士なのだ。
「しかし、アルサー君こうも平和が続くと腕が鈍ってしまいますの」
ヨーゼフの隣には可憐に佇む、女騎士がいた。
彼女はアルサー、女にして騎士団の副団長を任されているのであった。
その可憐な姿とは裏腹に多くの魔力を持ち敵をなぎ倒していく姿は剣姫のようで、騎士団の中でも影ではそう呼ばれている。
しかし、規律に厳しく冷静沈着な態度に恐れる者も少なくない。
「団長殿がそれでは、皆に示しが付きませんよ、先程の口上は嘘だったのですか?」
「ワハハ、冗談ではないか!それはそうと知っておるか?ドワーフの山岳地帯にいたホリードラゴンが消えた事を」
「ッ!ーーーそうなのですか?」
一瞬、動揺を押し殺し悟られぬよう平然を装う
「我らが、剣姫の副団長でも動揺しますかな?ワハハッ」
「その呼び方はしないで下さい」
ギロリとアルサー
「各地に散らしておる、調査兵の情報ですからな、間違いなかろう」
「討伐されたのでしょうか?あのホリードラゴンが」
「どうでしょうな?魔物同士の戦いは絶えませんから、その可能性もあるでしょうな、たとえホーリードラゴンが攻めてこようがこのエリシオンは落ちないからの、その為の軍なのだからな」
「えぇ、そうですね。この事は皆知っているのですか?」
「いや、今日知ったところだったのだよ。まだアルサー殿しか知らぬよ」
「では、早急に対策しなくてわ!」
「ワハハッそれもそうですかの」
そして、騎士団達はその事実を知り、軍事対策を行う事になった。
可能性に備えるのが、万全の対策を行うのが、この国家の盤石さたる所以でもあった。
「なんだかピリピリしてるなこの国」
勇士達は無事に入国を済まし。国内を散策していた。
大きな門を潜ると、その正面先に大きな城がそびえ立っていた。
そして、城の手前にももう一つの城壁が構えられており、住み分けがされているようだった。
城の城壁から大きな一本道が通っており、その周りにはズラっと建物達が並んでいた。
しかし、建物は廃れているのもチラホラとあり、そこにいる人達も綺麗とは言い難い服装であった。
そして、それとは異なり、汚れ一つ無い装備をした兵が忙しなく動いていた。
「そうじゃの、まぁ気にする事でもなかろう?ワシには関係ない事じゃろう」
気にする事でも無いかと、勇士もそれ以上口にする事は無かった。
「ご飯なのだ!ご飯なのだ!」
エルの一声によって、近くの飯屋に入る事にした3人だったが、出されてきたメニューに手が止まってしまう。
「おねぇさん、メニューってこれだけなのか?」
料理を配ってくれた、おばさん(おねぇさんと敢えて言っている)はパンと具の無いスープを配り勇士に対して返事をした。
「そりゃそうだよ、あんたもしかしてこの街に初めて来たのかい?」
「あぁ、そうなんだ。冒険者になったから旅してるんだ」
「それじゃあこんな所に来ても意味ないわよ」
「どう言う事だ?」
「この国には、ギルドはあっても冒険者なんかほぼいないのよ。その代わりに騎士団が居て魔物退治や街の警備やらをしてくれてるのさ」
「あぁ、なるほどな。ありがとうおねぇさん!」
「いいわよ、そのくらいの事。でも、騎士団には気を付けなさいね」
あぁ、と返事をして食事を始める事にした。
「それにしても、これじゃあ腹膨れねぇな」
「食わんでも平気じゃろう?」
「平気だけどな、やっぱり気持ちの問題だろ?」
「そうかの?まぁワシとて同じようなもんじゃしの、ドワーフの国と比べると質素ではあるの」
勇士は、「あぁ」と軽く返事をして他の席の人にも目をやると、痩せている者が多く、街の廃れて具合やこの食事を見ればこの国が貧しい国かと思うしかなかった。
あるいは、他にも原因があるのかーーー
気になってしまう性格の勇士だが、先程の忠告にもあった騎士団の存在もあり、どうしたものかと頭を悩ませる。
何故、民は貧しい暮らしなのに、騎士団はあれ程の装備を揃えているのかと、まだ国に入ってほんの僅かだが、その違和感は大きく勇士を襲うのであった。
「ユージよ、何を考えておるんじゃ」
「いや、なんでもねぇ」
「怪しいのぉ」
「怪しいのだ!」
「怪しくねぇよ!食べ終わったら行くぞ」
外に出ると、先ほどまで動き回っていた騎士団の姿は見えなくなっていた。
そして、1つの建物に目が行く、他とは違い立派な建物だった。
「立派な造りだな」
「そうじゃのぅ」
「入ってみるか」
扉を開くと、身なりの整った人達が多くいた。そして数人の騎士団が中で警備をしているのだった。
「おい、ここは何の店なんだ?」
1人の男に、勇士は声を掛けた。
すると男は勇士の足もとからゆっくりその身なりを見てから目を細める
「冒険者風情が話しかけてくるでない」
そう言い捨て、その場を去る
「なっ、何なんだ?」
余りの態度に勇士も呆気にとられてしまっていた。
すると奥から1人の小太りの男が現れる
「本日はどのようなご用件で?」
愛想笑いを浮かべながら話しかけてきたのだった。
「ここは、なんの店なんだ?」
「フフッ、初めてこられたのですか、では知らないでしょう、ここは奴隷を扱っている専門店タルタロスでございます。そして私がこの商会を任されています。ゲノムと申します。」
「奴隷?本当か?」
「ええ、後ろの2人もそうではないのですか?」
「ちげぇよっ!」
勇士はそう言われ、苛立ちを覚えた。
そして、ゲノムによると奴隷は多く存在しており、その物に働かせてその賃金から天引きをして貴族は国に納税しているのだった。
平たく言えば、ハローワークの様な場所で平民がここにきて雇用主の貴族が買い付けるという物だった。
しかし、買われた物に自由は無く、奴隷紋を刻まれその中に小さな魔石が埋め込まれる、そして契約に反すれば魔石が魔力暴走を起こして死に至る。
それは雇用とは大きく掛け離れた物だった。紋を刻まれた時点で人とは言い難く、ただ言われたことのみをするだけの機械人形なのだ。
勇士は、その拳を握り締めて、その中で苛立ちを握り潰すしかできなかった。
それがこの街の常識だったからだ。
「ワシらとユージの関係も似た様なもんじゃろう?」
タルタロスを出た3人は宿屋に着き部屋で腰を下ろすとベルが話し始めた。
「ワシらには奴隷紋は無くとも、ユージに名を賜り、それに忠誠を誓っておるのじゃから、ここの人間がしておる事と何も変わらんじゃろぉ」
「違うだろ」
とは言うものの勇士も考えてみれば、形式は違うにしても、やっていた事は同じなのだ。知らずのうちに名を与えてしまっているのだった。それを知ってしまえば自分のした事が本当に正しかったのかさえわからなくなるのだった。
奴隷を買い甘い汁を吸い取る貴族と同じ立場の自分置かれている事実
「同じなんじゃよ」
「違うっ!俺はお前達を縛ったりはしない、絶対の服従なんか求めてないっ...自由で居て欲しいんだ俺は...」
「名を捨てろと言うのか?」
「違っ....クソッ!!!」
「ならどうしろと言うのじゃ?」
勇士はわからないのだ。
どうする事が正しくて、間違っているのかが、それはここが元の世界じゃないから常識が通用しないのだからと、わかっているからこそ、わからなくなっているのだ。
でもーーーー
「ユージよ、主はワシらに、いただきますって言葉を教えてくれたじゃろ?それはワシらには考えられぬ常識なんじゃ、弱き物は殺され強き物が全てを搾取する。それが常識なんじゃ、故にそこに感謝など存在するはずもないのじゃ、この起こりうる連鎖はワシらの当たり前なのじゃよ。じゃからのユージも、この世界の常識も受け入れてみはせんのかの?」
その意見に勇士は返す言葉が無かった。
自分の常識は受け入れて貰うが、他者の常識を受け入れていない自分に対しての苛立ちと葛藤が両立し思考を蝕む。
この世界全ての人間が持つ常識と、たった1人の男が持つ常識の天秤は比べる以前に結果は見えているのだ。
自分さえこの気持ちを抑えれば、それで全ては解決し、何も起こらないのだ。
この事実を受け入れればーー
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