お祭りの夜

「どれくらい寝てた?」


窓から見える空は、真っ暗だった。


私は、ぐしょりと濡れたシーツから体を起こし、腫れぼったくなった両目をこする。


気分は少し落ち着いていた。


机の上に無くしたはずの携帯を見つける。


画面を覗けば、朗らかに微笑む青年がいた。


『君が来なくて、さみしかったよ』


愛しい声が甘く囁く。


白様。


私は、画面に意識を集中させた。


どれくらいの時間、端正な彼の顔を見つめていたのか。


「おかしいな」


白様が美しく微笑んでくれているのに、

どうして虚しさがこみあげてくるの?


「どうして」


携帯の撥水コートが水をはじく。


画面に映り込む私の影が白様に重なり、

ぼやけた視界には白銀の髪がかすんでみえた。


気づくと私の視線はある色を探していて……。


クロは、正気に戻ったのだろうか。


猿たちは……。


「全部、夢だ、夢」


私は頭を激しく振って、続く思考をかき消した。


「……寒い」


震える体を抱きしめる。


背中がスースーして、上着を取ろうと立ち上がった。


「わっ」


崩れた袴の裾に足をとられて、ひっくり返る。


床にぶつけた顎がひりひりと痛んだ。


「馬鹿だ、私は」


着物の袖で鼻をすする。


巫女服をまとっているくせに、はい夢でしたなんてことは絶対にないのだ。


わかっている。わかってるよそんなこと。


でも、どうしたらいいかわかんないよ。


「クロ」


「きゅるるる」


お腹が場違いな音を立てる。


こんな時になるかな、普通。


平常運転の身体を憎らしく思いながらも、

冷蔵庫をあさる。


「そういえば……」


前に買った食材は、どさくさに紛れて路上に放ったままだ。


「仕方ないか」


いつかの状況に苦笑しながらも、

玄関の扉に手をかけた。


*****************************************************


「明かり?」


大木の陰から覗く鳥居は、いつもより明かるかった。


吸い寄せられるように足が向く。


鳥居の前には屋台が並び、浴衣の人や子供らで賑わっていた。


夜空を仰げば、提灯の明かりが拝殿まで続いている。


「ちょっと、あなた。そんなところに突っ立ってないで、手伝ってよ」


不意に袖を引かれて振り返ると、巫女服を着た女の子が、睨んできた。


「私はバイトじゃ」


「つべこべ言わない」


強引に腕をとられて、境内に引っ張り込まれる。


「あら、新しいバイトの子?」


参道の脇に立つ小さな小屋の前に来ると、

年配の巫女に声をかけられた。


「鳥居の前でボーッとしてたから連れてきた。ミナ姉、後は頼むわ」


私をここに連れて来た元凶は、台風のように走り去る。


「それじゃあ、先ずは」


綺麗なお姉さんとしばし見つめ合った。


「えっと、私はバイトとかじゃない、です」


「まさかあの子が強引に? ごめんなさいね、突っ走りがちなところがあるから」


「いえ……」


顔を伏せると、木の台の上に所狭しと並べられたおみくじが目に入る。


「たくさん有るんですね」


「そうね、今日はお祭りだからかしらね」


「あのっ、あめみくじはないですか?」


「えっ?」


「いや、えっと。赤い花とキツネが描かれた袋に飴が入っている……」


「うーん、そんなおみくじは見たこと無いわ」


「でも、私は確かにここでっ」


台を叩くと、綺麗に並べられたおみくじの頂上が崩れた。


「ねえ、早くおみくじほしい」


可愛らしい声が背中から聞こえる。


「しっ、まだ前にお姉ちゃんがいるでしょ」


「っあ」


頬が上気する。


私は、蚊の鳴くような声を上げて逃げるように小屋を後にした。


鳥居をくぐる前、未練がましく覗いたおみくじ掛けにも、目当ての柄は見当たらない。


「結局あのおみくじは、何だったのだろう。でも嘘なんかじゃ、無いのに。何で証拠がみつからないの」


袴をくしゃりと握る。



『……よりて7日の奇跡を……』


そういえば……、


おみくじには7日って。


胸の奥に熱い何かが灯るのがわかった。


右手の甲を確認してみても、赤い印はないけれど。


奇跡の力は7日間だったのだから。


指折り数えて、私は階段を駆け上る。


流れる人混みをかき分け、参道に飛び出した。


不快な視線が刺さるが、構うものか。


他の客を押しのけるようにずかずかと拝殿に歩み寄り、札ごとお金を放り込む。


『お賽銭を奮発したので、どうかクロに会わせてください』


奇跡の花弁がまだ4枚も残っていたのだから、これで合わせないのは詐欺だ。


歯を食いしばりながら、両手を合わせた。


『会わせないと、呪ってやるから』


文句を言うぐらいは許してほしい。


次の瞬間、チリリと腕に痛みが走って、待ち望んだ感覚に心躍らせた。

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