第5夜 之は夢か現

失意の朝に

朝日が昇っても、私は参道に座り込んだまま動けなかった。


新しい日を告げる光は、ありありと周囲の様子を暴いてしまう。


誰もいない境内、まっさらな砂利。


狸にでも化かされてしまったのか。


「そうだ、あそこに行けば」


よろよろと立ち上がり、拝殿の裏に向かう。


足がもつれてこけた。


鈍い痛みのする膝を引きずって、歩き出す。


「クロ」


大クスノキの下で、呼ぶ。


鳥がどこかでさえずった。


「隠れてないで、でてきてよ」


返事はない。


「ここに、いるのはわかっているの」


はらはらと涙が出てくる。


「なんでっ」


なんで、でてきてくれないの?


あふれる感情のまま、幹に拳をぶつけた。


「あれ……?」


ふと視界に入った右手は、『印』が消えている。


「嘘よ、だって昨日はまだ4枚花弁が残っていた」


かぶりを振って、意識を集中させるべく目を閉じた。


いくら念じても、キツネにはなれない。


さえずる鳥がどこにいるのかさえ把握できなかった。


何かに駆られて、闇雲に神社の中を走り回る。


「いない」


クロは絶対この境内にいるはずなのに。


まさか。


「見えない?」


「はは」


頭が真っ白になって、空虚な笑いが口から漏れる。


私はクスノキの幹に背中をずられながらしゃがみこんだ。



「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


頭上から心配そうな声がして、私はゆっくりと顔を上げた。


木漏れ日が目を刺す。


「顔色がずいぶんと悪いじゃないか」


やさしそうな顔のおばあさんは、眉をひそめておろおろとしだした。


「大丈夫です」


私は、作り笑いを浮かべて立ち上がる。


「病院に行った方がいいのではないかい?」


まだ、心配そうにしている老婆の話をさえぎるように軽くお辞儀をして、その場を離れた。


行く当てもなく、歩き回っているとたくさんの見知らぬ人とすれ違う。


少し前まで、当たり前の光景だったのに、私の心は針山のようにうずいた。



ただがむしゃらに歩いて、歩いて、気づけばアパートの前にいた。


無我夢中で階段を駆け上がり自室に飛び込む。


靴を脱ぎ捨て、そのままベッドに倒れこんだ。


「ばか、クロのばか」


私のおおばかやろう。


力なく吐き出した言葉につられて、涙があふれてくる。


怖かった。


恐ろしかった。


真っ暗な闇を背負うクロの姿は、脳裏に焼き付いて離れない。


「懐に飛び込んで、抱きしめればクロは止まったのかな」


弱々しく吐く。


でも、私の声は届いていなかった。


「あのままじゃ、クロに殺されていた」


だから、逃げた私は正しい。


だけど。


胸元の服をくしゃりとつかむ。


なんで、こんなに苦しいのだろうか。


「怖くないって言ったのに」


枕に顔を押し付けると、

湿った匂いがして、少しだけ落ち着く。


クロに……会いたいよ。


全身の力がベッドに吸われていき、

瞼はゆっくりと閉じた。

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