第6夜 繋がる過去と

話をしようか

神様は、思いのほか懐が広かったらしい。


懐かしい痛みを覚えて、手の甲を確認すれば、赤い花弁が浮き出ている。


「2枚……か」


まあ、まずはクロを見つけないとね。


顔をあげると、たくさんいた参拝客の姿は神隠しに会ったかのように消えていた。


代わりに境内のあちこちにつけられた刀傷が目に入る。


幸い黒い霧は晴れていたが……。


「子ザルの姿は、ないか」


亡骸でも残っていれば、少しでも供養できたかもしれないのに。


胸がきりりと痛む。


神社は不気味なほど静寂に包まれている。


「クロ」


つぶやいてみて、声が震えなかったことに安堵した。


「クロ?」


もう一度、今度は少し大きめに呼ぶ。


しばらく大きな獣耳をぴんと立てて待つが、返事はなかった。


私は膨らむ不安な気持ちを抑え込み、クロの気配を探る。


その時、心を掻き立てる香りが鼻をつく。


黒い霧の気配をとらえて、私は慌てて気配の元をたどった。


生い茂る木々の間をすりぬけ歩いているうちに見知らぬ場所に来ていた。


「境内にこんな場所があったなんて」


そこはなんとも奇妙な空間だった。


岩肌がむき出しの地面に、神楽の舞台らしきものがある。


よく見ると4隅に立った細長い笹とそれらをつなぐように紙垂の下がったしめ縄がめぐらされていて、何かを隔てているようだ。


私はゆっくりと紙垂に近づく。


舞台の中央に、小さな石が鎮座していた。


何を祭っているのか、はたまた封じているのか。


「まさか、ヒヒの言っていた岩場って」


思わず眉を顰める。


なんで囲いの中から、あの黒い霧と同じ気配がするの?


しめ縄を潜ろうと踏み出したとき、背後から延びる何かに腰をつかまれ、強い力で引き戻される。


暖かいと思うと、お日様の香りに包まれていた。


「クロ」


なつかしい温度に安堵して声を漏らせば、胸にまわされた腕がきつく締まる。


よかった、また会えた。


「どこにいっていたんだ」


背中越しにか細い声が耳に届く。


私は口をつぐんだ。


だって、クロが恐ろしくなって、


クロのことがわからなくなって、


クロを放って逃げたなんて、クロにだけは知られたくない。


沈黙がクロを不安にさせてしまったのか、私を包み込む大きな体は震えていた。


「誤って、お前も消してしまったかと、思った。また、失うのかと」


とぎれとぎれに聞こえる小さな声は、とても頼りなくて。


「俺といたら、きっとお前を苦しめるのにこの手を離すことができない」


クロの声は悲鳴のようで、すこしずつ身を抉る刃のようだ。


「大丈夫だよ」


私は、クロの手にそっと触れる。


涙があふれそうになって、眉間にしわを寄せてこらえる。


私に泣く資格はない。


「勝手にいなくなって、ごめんなさい」


鼻声になってしまった自分が嫌になる。


「なぜ謝る?」


クロの声はひどく憔悴していた。


私を抱く腕は緩まり、私はクロから解放される。


「すまない。少し動揺していた」


クロは私から距離を置くと、顔をそらしてしまった。


彼に近づこうと足を出せば、クロは体をびくりと揺らして後退した。


私はクロに飛びついて、無理やりクロの右手をうばった。


前髪で隠されていたクロの瞳は、真下から覗き込めばすぐに見つかる。


「私がそばにいるから」


ずっと、とは約束できない。


だけど、笑ってほしかったから。


握る手に力を込めた。


クロはゆっくりと顔をあげ、力なく笑う。


それでも私の手に手を重ねてくれた。


「あのね、クロ」


ためらいがちに呼ぶと、彼は首をかしげた。


その拍子に濡れ羽色の前髪が傾いで、いびつな角が現れる。


今のクロからは、なんの恐怖も感じないけど。


でも、クロは確かに鬼で、その手で子ザルをためらいなくこ、殺していて。


私は震え始めた体をつねる。


歯を食いしばり、唾を飲み込んだ。


心を決めて、


「クロのこと、教えてほしい」


一気に言い切る。


風がさわさわと私の背中をくすぐる。


恐る恐る片目をあけて、クロを窺いみると、眉間にしわを寄せて何か考えるようにつ

ぶやいた後、彼は無言でうなずいてくれた。




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