14 女神、イリスの髪の秘密を知る
明日には、このハスラー男爵家の屋敷ともお別れになる。
今日が、この家にいられる最後の日となるかもしれない。
聖女選定試練の途中で、姿を眩ますか、最後までのらりくらりと『錫杖』入手を回避して動くかは実のところまだ未定だ。
旅に出てみないとその辺りはどのような状況に成るかが、今のところ全く解らない。
………なので、今日は旅の支度です!
旅の頼みの綱は、王国から支給されたこの収納ポーチ!
三十種類の品目が各種九十九個まで入るんですって!!
しかも、熱いものは熱く、冷たいものは冷たいままに、生物は鮮度を維持し続ける何て万能じゃ有りませんか!?
いや~、魔王乱立なんて世界規模の一大事に、聖女でもない候補者全員に一つずつ配布なんてお国も太っ腹ですね!
「では……まず『衣類』から…………」
下着は多めの方が良いわよね?
直ぐには洗えない場合も考えると、やはり多めの装備が望ましいかしら?
マジックポーチにぽーんっと、放り込む。
一瞬、下着が光スゥ――っと、ポーチの中に吸い込まれていった。
市中を歩き回るためのワンピース、旅装の替え、寝巻き、靴、もしかして、何処かでお茶会とか夜会に招かれるかもしれないわね………。
何てやっていたら、半分の、枠を使いきってしまいそうな勢いになってしまったわ。
三十って……細々入れると意外と少ない……。
これは、知恵を絞らねば…!!
取り合えず、バラしていれるのは非効率だと言うことがわかった。
となれば、知恵を働かせるしかないわね。
旅行鞄をクローゼットから取りだして、ワンピース、下着類を詰め込んで、『収納』を、かけた。
衣類を詰め込んだ旅行鞄は、スゥ――っとマジックポーチに吸い込まれていった。
これを見た私は欲を出して、今度は箪笥その物を試してみた。
何事も無いかの様に箪笥もマジックポーチに吸い込まれていった。
こうなれば行き着くところまで試してみるものである。
「シャーマン!庭にテントを張りたいの!!やってくれないかしら?」
「イリスお嬢様、それはどの様な目的で?」
「国からポーチを支給されたでしょ?如何に収納枠を減らさず荷物を運ぶかを考えると、テントを組み立てた中に必要な物を入れて運べないか確かめたいの。どのみち野営となるとそのぐらいはするのでしょ?」
組み立てられたテントの中に、衣類と野営道具をセットして持ち運ぶ。
野営の度にテントを張らずに済むか確認したいのだ。
「成る程、考えましたね。承知いたしました、その様に手配いたしましょう」
中庭にテントを張り、中に旅装の着替えや簡易布団、応急セット、野宿の際の魔物避けの灯籠、調理道具、乾物類を入れた。
凡そ必要と思われるものを詰め込んだ所で、このままの収納が可能かを試してみる。
「『収納』!!」
ピカリ、テントが光り、マジックポーチに収納された。
「「おおーっ!!」」
テント張りを手伝ってくれた下働き達が歓声を上げた。
「テント、『取りだし』!!」
ポーチから、先程と寸分変わらぬ完成されたテントが出現し、中の様子もシャーマンとも共に侍女のマーサも確認して回った。
「大丈夫みたいですね」
「これなら、都度都度組み立てることも必要ないと言う事ですか……」
中々どうして、お嬢様も考えられた。これなら、組み立てる時間も、荷物を運ぶ為の項目数も大幅にカットされる。
シャーマンは、イリスの柔軟な発送に感嘆を評した。
イリスの荷物は、完成済みのテントと、夜会用の一式が詰め込まれた箪笥、旅行鞄(宿屋用)となった。
バラバラと運ぶより、マジックポーチの項目数が大幅にカットされた訳だ。
午後のお茶の後、私は屋敷の近くの古い教会を訪れていた。
子供の頃、よくお兄様と遊んでいた場所で、何かある度にここに来てはよく泣いていた。
壊れて、朽ちかけた古い教会……。
他国との戦争の混乱の爪痕が残されたままの捨て置かれた協会だった。
最近は、私も訪れる機械が減ってしまったけれど…………。
昔から、『聖女』と呼ばれる人は金髪や銀髪で有ることが特に多かった。聖属性保持者でなくとも、金髪や銀髪の人間は高魔力保持者で有る事例が多い。
イリスの記憶の中で、あれは――五歳の魔法検定の時かしら?当時は銀色の髪色で、周囲からもきっと、『高魔力保持者』で『聖属性』の保有は間違いないだろうと囁かれた中での判定結果。
魔法属性――水・風
魔力値 ―― 極低
そう、出てしまった。
ヒソヒソと、周囲からは『見かけ倒し』『所詮は捨て子だ』『卑しい身の上』『見た目に騙された』等と心無い罵倒の声、嘲笑う声が聞こえてきた。
幼いイリスの心は、悲鳴を上げたのだ。
たった、それだけの事で『恥さらしだ』『学友に話せなくなった』『所詮は捨て子』家族からもその様に言われ、一人ここへ逃げ込んだのだ。
泣いて、泣いて、泣き通して…………。
その時だった。その人が、幼いイリスの前に現れたのは――。
『あらあら、そんなに泣いて……そんなに魔法が使えないのが悲しいの?』
漆黒の緩やかに波打つ黒い髪、夜を凝縮させた、輝く黒い瞳の綺麗なお姉さんだった。
「ぅっ……えっぐ……だっだって……ま、ほ……使えないと……恥じ、なん、だっ……ふっえぇぇん……」
今日言われた、様々な言葉か脳裏に甦り再び嗚咽が止まらなくなった。
『仕方がないわねぇ……。じゃあね、お姉さんが一つ力を授けてあげましょう』
その言葉にキョトリと、お姉さんを見上げると、お姉さんはイリスの額に人差し指を当て、こう言った。
『汝の髪が闇に染まりしとき、我闇の神アヴィスが闇の愛し子に祝福と加護を授けよう』
体の中に何かが入り込み、足りない隙間を埋めるように満たしていくのが分かった。
『貴女の周りには、闇の精霊達も多く集まっていたのに、光の加護のせいで貴女の目には写らなかったのね。だから、『髪』を媒体に使わせて貰うわね。充分にこの髪が闇色に染まったら、その時はもう一度此処へいらっしゃい。本当の祝福と加護を授けてあげるわ』
髪を優しく撫でながら、慈しむような声音でそう諭されて、私は心を少しだけ軽くして家路に帰ったんだっけ…………。
明日には大陸の何処かに転送される。
今日を逃したら、二度と此処へこられないかもしれない。
今しかないのだ。幼かったイリスが約束された力を手に入れるのは……。
崩れ落ちた入り口と傾いたドアを潜り抜け、聖堂へと向かう。
聖堂の座席は、半数以上が壊れていた。
崩れ落ちた外壁の隙間からは、日の光が射し込め、舞い上がった塵に光がチラチラと反射していた。
漆黒の髪の闇の神アヴィスと名乗った女性は、座席に腰かけていた。
間の席は、壊れていて座れなかったから、数席離れて私も座った。
「お久し振りですね。お祈りの邪魔でしたか?アヴィス様」
『ふふふっ……。愛し子が、訪ねてきたのに迷惑など有る筈が無いでしょう?』
あの時と変わらない美貌と、優しく儚げな声だった。
『貴女が此処へ来た……来られたと言う事は、期は熟したのね……』
スルリと女性が立ち上がり、イリスの目の前に現れた。
イリスの瞳を覗き込み、肩を押さえていた。瞳に熱くなるものを載せて……。
『ずっと……待っていたのよ?この時を……今か今かと……可愛い子……可愛い、可愛い私の愛しい子……』
恍惚とした目をしていた。
自らを闇の神と名乗る、この女性は本当に神なのだろうか?
『ああ……何て、素敵なのかしら……やっと貴女と一つになれるのよ?愛しい貴女と……』
その言葉と共にイリスは体の自由を奪われた。
――体が、動かない?
「…………っ!?」
アヴィスの顔が近付き、首筋に女性の唇が落とされ、そのまま這うように耳元まで舌が蠢いていた。
慣れないそれに反射的に叫んでしまう。
「…………やっ!」
『大人しくなさい……痛いことなんて、ほんの一瞬だから……ね?可愛い子』
痛いこと?この人は……何をしようとしているのだろう?
「目的は、何ですか?何をしようとしているの?」
再び女性はイリスの瞳を覗き込み、こう話し出した。
『私はもうずっと……この地に縛られているのよ。だからここから離れたいの。その為には新たな器が必要だわ。貴女は聖なる器、闇の色に染まることで貴女は闇の器となり、私と一つに重ねられるようになるのよ』
「その場合、私はどうなるんですか?」
女性の目はスウッと細められ、唇は端が吊り上がっていた。
『一緒にいさせてあげても良いわよ。可愛い貴女ですもの、ずっと傍に置いて大切に可愛がり続けてあげるわ……』
頬に触れ撫でるその手はひんやりとしていて、何処か冷たい。
触れた先から、体の自由を奪う力を掛けたらしく、アヴィスの冷たい手を振り払おうと動かそうとした腕が全く動かなかった。
対して、闇の女神アヴィスは、イリスの唇を指でなぞりだした。
『ああ、何て可愛いのかしら……。これからは、私が貴女になるのよ?愛しい子……』
要するに、髪色を変えたのは呪いだったって事かしら…………。
愛しい子と言いながら、欲しいのはこの器で、可愛がる=甚振るとか玩具にする的な事かしら……?
ぼんやりとそんな事を想像していると、闇の神アヴィスの唇が重ねられていた。
まさかの経口移動!?
抵抗する間もなく、唇から舌が滑り込んできた。
「んっ?……んっ、んっ…………」
引き剥がそうにも、上から覆い被さる物を体の自由を奪われた今の状態では、押し退けるのは容易では無かった。
「んっ……うっ……はっん…………」
漸く僅かに動くようになった腕で必死に足掻いても、ビクともしない……。
どれだけ、口の中を弄ばれたのか……息が苦しかった。
何とか、口中の蹂躙からは逃れたけど、私は涙目になり、アヴィスを睨み付けた。
優しいお姉さんだと思っていたのに、あの時から新たな器として目をつけられていたと言うの!?
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
『うふふっ、可愛いわねぇ――ゾクゾクするわぁ。これからもっと……永~い間貴女を可愛がってあげるわよ?この中でね……』
私の胸を指差し、アヴィスはニコリと微笑んだ。
「ごめん被るわ……」
闇の女神アヴィスは、人間の魂を神の魂と共存させて弄ぶ気でいるらしい……。
『あら残念。だけど、可愛い貴女の体は頂くわね?』
チロリと舌を出して、アヴィスは再びイリスに口付けを落とした。
抵抗間も無く、舌と共に今度は別のものが体の中に入り込む。強い力を持った塊、アヴィスの魂と魔力だ――――。
◇◇◇
『イーリース♪ほぉら、アヴィス様が貴女を頂きにきたわよぉ~♪♪♪』
漆黒の髪が、肉体の主権を司るその場所へと舞い降りた。
この人間の肉体の主、イリスの魂を探して――。
相手はたかが人間の魂、対してアヴィスは、邪神の烙印を押されているとはいえ、神であることに変わりはない。
そんな私が、人間の肉体に宿り使ってやろうと言うのだから、感謝してほしいものだ。
可愛いイリス……私の傍に居るのは嫌だと言ったあの口を塞ぎ、魂から私に従うよう躾直し、傀儡として別の器にでも入れて傍に置いてやろう。
永遠に、私の傍から離さないわよ……可愛い私のイリス。
『さぁ、出ていらっしゃい!貴女の主、アヴィス様のお出ましよ!悦んで迎え入れなさい!!』
『誰が、誰の主……ですって?』
肉体の中、中枢を司るそこに彼女はいた。
白金の髪、虹色の瞳の甘く穏やかな顔付きだが、背後に恐ろしい程に圧縮した虹色に輝く魔力を隠し持つ――――女神ハリシュ。
『ひっ…………ひいぃぃぃっ…………!!』
その力を感じ取った瞬間、アヴィスは、凍りついた。神格が違う……あまりに違いすぎるその力に怖れ戦いた。
『飛んで火に入るなんとやら……ね?…で、誰がこの肉体の主なのかしら?ねぇご存じ?…………アヴィス?』
穏やかに語るその声は、無数の聖なる刃がアヴィスに向けられていることを示していた。
『……そ…………それ……は……』
アヴィスの精神体は、ガタガタと震え出した。
目の前の女神が、かなりその力を押さえ込んでいることも、その気になれば私など一瞬にして消し去れることも……。
格が違う。違いすぎる……!!
いつから?いつからイリスにこんな……強大な力の神が付いていたの!?
…………どうして気づけなかったの!?
『ねぇ、答えて?それとも答えられないのかしら?』
尚も続けられる問に、カラカラと乾いた口で、何とか絞り出すよに答える。
『あ……貴女……様……で、す』
その言葉に、満足げに白金の髪の上位神は微笑んだ。
『ふふふっ……。いい子ねアヴィス……。ここへ来てしまった貴女は、これからは私の物よね?』
上界の女神の宿る器に手を掛けた……同じ場に入り込んで、無事で居られる筈など無い。
この邂逅の時点で消滅させられても、文句など言えるはずもない。
下位の存在であるアヴィスに拒否権など最初から存在してはいないのだ。
『仰せのままに…………我が主よ……』
頭を垂れ、ただ従うしかない……。
消されても、何をされても最早、否やは言えない。
アヴィスは、この状況を受け入れるしか無かった。
闇の女神邪神アヴィスは、上界の神聖なる導きの女神ハリシュの僕になったのだった。
一度器に入り込んでしまえば、力でイリスを捩じ伏せる。実権は己が握り、魂はズタズタになるまで遊び尽くすつもりでいたらしい。
欲しいのは、自由になる器。昔、度か過ぎて上位の神に、戒めてとしてこの地に縫い止められてしまったから。
特定の髪色への変化と言うのは、神の依り代の証のようだ。
生来生まれ持った物からの変化は特に純化した力を溜め込んだ証らしい。
ならば、この髪の黒は純粋に闇の力を宿したと言うことか…………。
再び、体の中で魔力変動が起きているのが解った。
アヴィスにこの体でも闇魔法が使えるよう体内の、魔力回路の再構築が行わせている。
身体中がむず痒い様な、痺れるような、熱も持ち始めているみたいだった。
そのうち、落ち着いたら闇の魔法も使えるようになるかもね?
取り合えず、動けるうちに屋敷に戻って休まないと…………明日は、出発だからそれまでに回復させないと……。
ヨロヨロと、覚束ない足取りで屋敷にたどり着き、
「『熱がある!!』試練前日に高熱を出すとは自覚が足りん!」
……と、お父様に怒られながら早めの就寝となった。
それにしても……今日の一件で、イリスのファーストキスが奪われてしまった!!
殿方ではなく、女神に…………。
イリスもハリシュも、その気合いじゃ無いだけに、この出来事は地味にダメージが来るわね……。
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