13 女神、依頼を受けてみる(子猫捜し)Ⅵ

 貧民街の入り口でゲイツさんに剣を捧げられると言う思わぬ展開に発展した。

 道行く通行人の好奇の視線を受ける中で、騎士の誓いの儀式は、無事に成立した。


 それを立ち止まり見ていた通行人達からは、拍手喝采祝賀の言葉が投げ掛けられ……何故だかそれが、プロポーズの成功と勘違いされたフシが否めないんですけど……?



 そして漸く本日の依頼、子猫探しの依頼主ナクシャ通りの青煉瓦の家、ナタリーさん宅に到着です!


「こんにちは~。冒険者ギルドの依頼で来ました~。ナタリーさんはいらっしゃいますか?」


 ドアから現れたのは、両サイドを三つ編みにした私より少し年上の金髪碧眼の女性だった。


「こんにちは……貴女達がギルドの依頼を受けてくれたの?」


「はい、そうです。俺はリドイ、こっちはイリスです。それで依頼の子猫の名前と特徴、それからよく遊んでいる場所が分かれば教えて頂きたいんですけど」


 リドイさんが前に出て、やたらと張り切ってナタリーさんから情報を得ようとしてくれていた。


「名前はミーナ、全身が薄い茶トラで前足二本の足先が白いの。よく、家の裏手に行っていたんだけど……全然帰ってくる気配が無くて……」


 そう答えたナタリーさんは顔を曇らせた。

 その瞳に浮かぶ涙が、彼女のミーナへの愛情を物語っているだろう。


「俺が、必ず見付けて見せますから!心を大きくして待っていてください!!」


 リドイさんがナタリーさんの両の手を握り、ナタリーさんを元気付けていました。


 ひょっとしてリドイさん、ナタリーさんに一目惚れしました!?






 ◇◇◇




 ナタリーさんの家の裏手に子猫はよく出入りをしていたそうで、そちらの捜索を始めた。家の裏手は、下に降りる階段が有り下水道につながっていた。

 その先は、地下の用水路に続いているようだった。

 ここを通れば、恐らく城下町の外に抜けられるんじゃ無いのかしら?


 先は暗く見通しも悪い。


「後は、ここだけなんだよなー」


 既に近所の廃屋や倉庫、建物の影等は調べ尽くし、本当に残る可能性はここだけなのだ。


「暗いですね。蝙蝠とか出て来そうですよね……」


 先の見えない暗闇に、何がいるかも分からず恐怖心が込み上げる。


「だぁーっ!!俺も男だ、覚悟を決めて行くか!!『照明ライト』!」


 白く光る光球がリドイさんの上を明るく照らし、辺りも見渡せるようになった。


「おお~、照明ですか。光魔法ですね」


「うん、俺は光と風と火は使えるんだ。イリスは何が使えるの?」


「私は水と風です。聖属性は、補助魔法止まりなので、それ以上となるとまだ使えるかどうか……」


「そっか、魔法学科は受けてなかったって話だもんね?試練の旅の中で、まだまだこれから伸びていくんじゃないかな?」


「そうだといいんですけどね~」



 私は、リドイさんの励ましに曖昧に微笑んで答えた。





 地下の用水路を奥へ奥へと歩を進めているうちに、若干の違和感を感じ始めていた。


 途中途中に、間に合わせに作った木戸や柵らしきものが有ったり、倒れた酒瓶や何かを食べ残した残飯が残されていたのだ。


「誰か……ここで生活しているのかしら?」


 それも、一人じゃない。少なく見ても10人は超えるだろう。

 そんな人数が、こんな所で何をしているのか?


 言い知れぬ不安と恐怖を胸に、更に奥へと歩みを進めた。





 大分奥へ歩を進めた時、角の奥から誰かの話し声が聞こえてきた。

 立て掛けられた木材の影に身を潜め、私達はその話に聞き耳を立てていた。



「くそっ、あの強欲さが裏目に出たんだっ!!」


「たかだか二人の女に固執するからこうなった!!」


「だがまぁ、お陰で余計なお荷物は始末できたじゃ無いか。奴が頭に就いた後、少々規模が大きくなりすぎた。後二日、二日もすれば取引は成立。全て金に替えて、ここにはもう用は無い……」


『二人の女』『頭』『全て金に替えて』これらのワードから推察すると、彼らは、盗賊団『赤い蜥蜴』メンバーと言うことになる。


 残党は粗方捕まったとは聞いていたけど。肝心の連れ去られた女の子達はまだ見つかっていなかった。


 なら、この奥に捕らえられていると言うことになる。


 子猫を探してたら、とんでもない大物を引き寄せてしまったかもしれない。




 カタンッ!




「何だ!……誰かいるのか!?」



 突然の、木材のぶつかる音に驚いたのは、何も盗賊達だけではない。



 私だって驚いた。物音を立てない様に身動ぎもせずじっとしていたのだから。

 隣を見るとリドイが茶トラの子猫を抱き寄せ、胸に抱えあげようとしたところだった。

 暴れた子猫の足が、立て掛けられた木材を蹴ってしまった様だった。



「見つかった……けど……」




「何処から聞いていた!?お前達!!」

 盗賊とおぼしき男達の駆けつける足音と共に怒声が地下水路に響いた。




 ――――こっちも見つかった!!




 ぞろぞろと奥から出てきた盗賊達は、武器を片手に私達を品定めする視線を向けてきた。


「坊主と小娘か……ほぉう、小娘の方は上玉だなぁ……。売れば良い金になるな」


「ダールさん、この娘ですぜ、親方が捕まえようと躍起になった一人だ……」


 子分だろうか?先日の一件の時に私を見ていたらしいのが、余計なことを吹き込んでいた。


 舐める様に私の全身を見定めると、納得したように呟く。

「ふふふっ…成るほどなぁ。確かに奴が躍起になるのも無理はない。これだけの美姫、例え金を積む輩も多いだろう……」



 ……誰かが味見をしたとしても、高値が付く。

 それだけの価値ある商品だと言いたいのか?


 男達の会話に、不穏な物しか感じられない。リドイは、早々にこの場を抜け出すべきと判断した。


「イリス……逃げよう」


 リドイの一言に、すかさず盗賊も動き出す。


「逃がすかよっ!!」


 男達が駆け出すと直ぐにリドイの魔法は発動した。


風圧爆散エアーブラスト!!」


 凄まじい風圧に晒され男達は、目を開けることも、前に進むことも叶わなかった。


「今のうちだっ!!」


 リドイと私は、茶トラの子猫を連れてその場をかけていった。


「『加速』!!」

 私も補助魔法を発動して、一刻も早くこの場を逃れようとする。

 出来るだけ早く人目の有るところに辿り付けなければ、私達の命の保証は無いし等しい。




 背後から、男達が追ってくる足音が聞こえる。


「リドイ!先に逃げてっ!!」


 女の私の足に合わせていたのでは、最悪二人とも共倒れになるかもしれない。


「イリス……!伏せろ!!」


 振り返りざま、リドイは新たな魔法を放った。


「『風裂斬ウィンドカッター!!』」


 私の頭の上を風の刃が幾つも飛んで行き、後ろで男達の呻き声が聞こえてきた。


「ありがとう、リドイって強いのね」


「まぁね。これでも魔法学科では五本の指には入っていたんだよ?」


 魔法学科で五本の指!!それで研究員をしているの!?

 宮廷魔導師団からの勧誘も凄かったでしょうに、よく研究員になれものね。


 来た道を急ぎ駆け抜け、光の眩しい外に出た。丁度地下の爆発音を不審に思った警備隊も駆けつけた所だった。


「奥に……盗賊の残党が居ます!!」


「拐われた子もいるみたいでした……!」


 それだけ伝えると、警備隊は上空に向け救難信号を発射し多くの兵士と騎士達が駆けつけ地下水路の大規模な捜索が行われた。


 地下水路からは、近隣の村や街、王都内で連れ去られた若い娘達が助け出され、命の無事は確認された。


 盗賊団の数名は取り逃したが、10人近くが新たに捕らえられ、後に一部の貴族と官僚との癒着が確認された。




◇◇◇




 茶トラの子猫は無事にナタリーさんに返され、涙を浮かべながらお礼を言われた。


「ナタリーさん、ミーナちゃんは俺が責任をもって見つけ出しましたからね。どうか、このリドイと結婚を前提にお付き合い願えませんか……?」


 リドイさんは、グイグイとナタリーさんに迫ろうとしたが、ナタリーさんの肩に触れようとしたところで、ヒョイッと背後から首根っこを摘まみ上げられてしまった。


「…………へっ?」


 身長170㎝位とは言え、60キロを越えるリドイを片手で摘まむ凄い力の主に驚いて、リドイ本人も振り替える。




 金髪碧眼のムッキムキのマッスルマッチョな体付きの男が、鬼の形相でドドーンッと仁王立ちしていた。


 リドイの顔面は蒼白となり、口がアワアワと動きだした。


「カール!やめて、その人ミーナを見つけてくれたのよ!」


 ナタリーさんの一言でリドイさんは漸く地面に足を付けられた。


 マッスルマッチョは、先程までの鬼の形相が嘘のように、目尻の下がった甘い瞳と穏やかな顔つきに一気に変わった。



 ――別っ人やーんっ!!



「…………そうか、それは済まなかったな。ナタリーを襲おうとしているように見えたもので……」



 うん、、あながち間違いではない。迫っていたのは事実だから。


「因みにナタリーさんとカールさんのご関係は?」


 一応、ここだけは確認しておこう。

 貴族であればナタリーさんぐらいの年で結婚なんてザラだ。市井は、どうだか知らないけれど、人妻を口説いたとあっちゃ、『賢者』候補者の名折れになる。


「私達、次の春には結婚するんです♪」


 ナタリーさんの一言で、リドイさんの短い恋は始まることなく崩れ去っていった。


 人妻を口説いたんじゃなくて良かったね。





 ギルドにて、清算を終えると受付のリリさんから伝言を伝えられた。


「法務部の方から褒賞金が支払われるそうですよ。ギルド預かりにしておきますか?」


 今日の、子猫探しの副産物。盗賊団の残党捕獲に貢献が認められたようで、今すぐの支給ではないので、ギルドに預けてもらうことにした。


 余分な現金もギルドに登録して、出先で足りなくなったらギルドで引き出せる……何て便利な機能の搭載なのかしら!?このプレートは!!



 翌日は、出発前日と言う事だけあってギルド活動はもうしない。

 ランクも目標のDランクに上がったし、これで王都を出てほかの街のギルドでも活動できるからね。


 いい加減……試練の旅の準備、しなくちゃ!!


 なので、リドイとも出発の日まではお別れとなった。


「色々有り難う御座いました。お陰で助かりましたよ♪」


「うん。喜んでくれて嬉しいよ。じゃあ、明後日また転移門で会おう!!」


「はい!リドイさん、これからもよろしくお願いします!」




 ◇◇◇



 豪奢な部屋の一室、部屋の主である壮年の男は、元々の鋭い眼光に怒気を宿し、苛立ちを露にしていた。


「何だと!!あの賊共が捕まったと!?」


 あれだけ念には念をと用水路の入り口に目眩ましまで掛けさせていたのに、それを破って入り込んだ者が居た。


 その者達のせいで、地下水路に潜んでいた男の手先の一つ『』が、王都警備隊により発見、拘束されてしまったのだ。

 あともう少しで捕らえた小娘たちを他国に売り捌く手筈が整う所だったと言うのに、あと一歩の所で邪魔立てが入り込んだ……。


 大切な資金源、は、ただ単に快楽の道具として売り買いするわけでは無い。

 魔法研究の材料としても刺客として仕立てるにも色々と使い道が有るのだ。


 非人道的で有るが故に公には認められていないが、大金を産む大切なビジネスの一つだった。


 それをあと一歩の所で潰された――――!!


「それで……類はここまで及ぶのか?」


 訊ねられた細身の、丸眼鏡を掛けた青白い顔の男は、忠誠を誓う主に向かって答えた。


「それには及びません。何処をどう調べたところで、閣下には辿り付きませんから。伯爵様も、大元が閣下だと言うことは御存じ有りません。……それより、を如何なさいます?今後、お嬢様の障壁ともなりかねませんが……」


 ……。黒髪の聖女候補の娘。その娘のせいで赤い蜻蛉は捕まり、捕らえていた商品達は、奪い返されてしまった……。


「あの娘は、元は銀髪だったのだよな?……ならばそれを使わぬ手は有るまい?……最終的には、親兄弟を質に取る手も有る」


 嗜虐に満ちた笑みを浮かべ、壮年の男は嗤う。


「……ダールとか言う、賊は捕まったのだったな?奴と、奴の望む者は密かに解放し、あの娘に差し向けるのも手だろう……」


 そこかしこに罠と刺客を放ち、知らずと妨害した報いを受けるといい……。自分に逆らうとは……美しい娘と言うことで、最後の死に様を直接見れないのは残念だが、その身に十二分にでも報いを刻み込むといい……その目から最後の、光を喪うその時まで……。



「それでは、その様に取り計らいましょう……。閣下のお望み通り……考え付く、あらゆる手段を講じて、かの娘を苦しみと絶望の底へ誘いましょう」


 青白い顔の眼鏡の男は、一礼してその部屋を去っていった。


「フフフッ……小娘よ……何処まで踊っていられるかな?」


 一人きりになった部屋に、閣下と呼ばれた壮年の男の残酷な嗤い声が響いていた。

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