12女神、依頼を受けてみる(子猫捜し)Ⅴ

 夕刻、コーネリアス公爵家の馬車にて自宅のハスラー男爵家まで送って貰い部屋着に着替えて食堂へ向かうと、玄関ホールでルークお兄様が珍しく慌てた様子で帰っていらっしゃいました。


「お帰りなさいませ、お兄様。いかがなされました?そんなに慌てて……」


「イリス………!怪我は無いか!?」


 凄い勢いで私の元にいらっしゃったお兄様は、私の両肩を掴み何処にも怪我が無いことを確認するといきなり抱きしめてきました。


「良かった……無事だったか………」


 絞り出す、無事を喜ぶ声が微かに震え、その優しさが余りに久しぶりすぎて、私も動揺を隠せません。


「お……お兄様?……あの、もしかして丘の森に出たキメラの事でしょうか?」


 兄の所属は騎士団と近い備品管理課だから、もしかしたらそこで話が伝わったのかもしれないわね。


「そうだ、職務中にお前がギルドの依頼であそこに行ってキメラに遭遇したと、騎士団の友人から聞いたんだ………心臓が止まるかと思ったよ。イリス、もうギルドなんて行くな。家にいろ、ずっと俺の側に居てくれ…………」



 ―――――はぃっ?何を仰います、お兄様!?


「あの、お兄様?何を………」


 腕の抱擁を緩め、私の顔を覗き込んだルークお兄様が、真剣な面持ちで私の目を見てこう仰有った。


「父上との……ハスラー家との養子縁組を解消して、俺の妻になってくれ!」


 驚天動地、鳩が豆鉄砲である。


 幼い頃は、とても優しくて…でも、お兄様が学院に上がって暫くしてから様子が変わってしまった。


 同時、学友に言われたのだそうだ。

『お前のその妹に肩入れの仕方、異常じゃないか?』

『それ、普通は妹に抱く感情じゃ無いだろう?』


 それから、私と距離を置きだし、髪色が黒く成り果てた頃には、悪態をついたり意地悪を言ったりすることが日常化してしまったとか………。


「お前が、一人泣いていたのも知っている。シャーマンから聞いていたし、泣かせる度にこんなはずじゃ無かったのにって思っていたんだよ………だから、今更だけどごめん。そして、どうか出来るなら俺の気持ちに応えて欲しい」



 その様なやり取りの最中、お父様も帰宅なさいました。



「お父様、イリスとの養子縁組を解消して下さい。俺の妻に迎えたいんです」


 先程の勢いのままの、唐突なお兄様の意見をお父様は受け入れませんでした。


「二人とも夕食の後、執務室に来るように」


 そう言って、この場は切り上げられました。




 ◇◇◇



 ――――執務室にて――――


「父上、俺の意見は変わりません。イリスを俺の妻に迎えたいんです。だからどうか………」


 暗い面持ちでお父様は、ルークお兄様の要望を再度否定なさいました。

「……はぁー……。…それは、ならん。イリスには、今日の件で二つの見解が出ている」


「二つの……?何ですか、それは?」


「キメラの件、一方は退と言う見解と、と言う見解だ。それに、聖女の試練……仮にイリスが聖女に成ったなら王族との婚姻も有りうる。聖女になれなくとも、共に行動することになる公爵子息の眼鏡に叶うやも知れんし………」


「………なっ……!?」


 貧乏男爵家にとっては、今はまだイリスをと言う立場から離すことは出来ない。


 事の次第では、ルークの妻に留めるより、イリスは金を産むガチョウに成りうるのだから、当主としては当然の判断だった。


『聖女』の試練に失敗をして、尚且つ公爵子息にも見初められずおめおめ帰ってきたら、その時にしかルークには、イリスを妻に娶る事が許されないと言うのだ。


 だが、そうするともう一つのが、障壁として立ち塞がるだろう。


 即ち、イリスが魔族と連なる者だと言うことだ。


 元々、イリスを養女に迎えたとき彼女の髪は銀髪だった。

 しかし、ある時を境に彼女の髪はその色を濃くし、何時しか黒く成り果ててしまった。


 その事を不信に思う憶測は、彼女が魔族と通じているから髪が黒く染まったのだと邪推した。


 解明されない未知への恐怖から、様々な憶測が一部の貴族達の中には飛んでいたのは事実だった。





 お父様との話し合いは、それ以上進むことは無く、お兄様はその場での説得は断念した様でした。


 バルコニーに出て、夜風に当たりながら二人で尚も話し合うことになりました。


「イリス……俺は、お前を諦めない。今まで大事に出来なかったことは、本当に心から謝罪するよ。だから、どうか俺の元に帰ってきてくれ」


 ルークお兄様は、その瞳を潤ませ熱い眼差しで愛の言葉を囁きます。


 ですが、私にはお兄様はお兄様でしかなく、そのお気持ちに応える事は出来ないのです。



「ルークお兄様…申し訳御座いません。私は……お兄様は、お兄様としてしか見られません。お兄様を殿方として見られないのです」


 ルークお兄様が私を見る目は今にも泣きそうな物でした。私も泣きそうな顔になっていると思います。


「ごめん…イリスの気持ちも確かめもせず、勝手に事を進めようとしたのは俺だ……。聖女試練……あれに行く前に何とか俺に繋ぎ止めたかったんだ」


 婚約さえ果たせば、他の男のモノにはなれない。

 イリスの真面目で律儀な性格を知るからこそ、遠く離れ離れになる前に自分のモノとする確約が欲しかった。


 この兄は、臆病なのだ。

 私の意思も心も無視して、自分の側に置き続ける方法を取ろうとするぐらいには……。


 喪うかもしれない、切羽詰まったその段に至る前に、もっと他に遣りようも有った筈なのに、そう言う段になって漸く本心を現すとは……。


 そして、私の意思の確認はしてくれない。


 臆病で卑怯……だけど、そうまでしてでも側にいて欲しいと願うほどには好きでいてくれている。


「お兄様、妻には馴れませんが、私達は何時まででも、兄妹です。家族です。……お兄様は、私の自慢の大好きなお兄様なんです」


「イリス…イリス……イリスゥゥ……!!」


 ルーくは、イリスを抱きしめたまま暫く泣き続け、漸く嗚咽が落ち着いた頃には、ルーくは一つの決断を下す。


「俺の気持ちが落ち着くまでには……時間が必要だ。………ちゃんと、お前を妹として見られる様になるまでには……」


 翌朝ルークは、『これから暫くの間、城の官舎に泊まり込みをする』と、家を出て行った。




 ◇◇◇




 翌日、ギルドにて嬉しい知らせを受ける。


 ギルドの入り口を入って直ぐに、受付のリリさんに呼び止められ『何事か?』と、カウンターに赴くと。


「おめでとう、ランクアップよ!!」


「え?うそ!本当に!?……やったー!!」


「……え?おいっ……!?」


 その一言につい喜びの余り、一緒にいたリドイに思わず抱きつくと、リドイから戸惑いの声が上げられ、慌てて離れる。


「あ、ごめんごめん、思わずつい、嬉しくて……はしたなかったわね」


「い、いやまぁ…謝って貰うほどの事じゃ無いけど……」


 ごにょごにょと言い隠るリドイは、心なしか頬が紅く染まっていた。

 ――胸が当たってたし……。柔らかかったな…意外と大い?


「でも、何で急にランクアップ何でしょうか?」


「昨日、丘の森でキメラを撃退したんでしょ?それの追加ボーナスよ♪♪」


 リリさんは目を輝かせてランクアップの理由を教えてくれた。


 正確には撃退してないんだけどね。勝手に飛んできて、難癖つけて飛び去っていったと言うだけなんですけど……。


 ランクが上がるんだから黙っておこう!


 晴れて私の右腕には、Dランク冒険者の証しである銅色のプレートが、つけられたのでした♪♪♪





「ランクアーップ!!……と、言ってもだ、今日もライセルとソレイユさん居ないし、王都からは出ちゃダメなのよね?」


「そうなるだろ~ね。俺の方も音沙汰無しだし、忘れられていたりして……」


「ええ~!!そんな事は有りませんよ~!!騎士団の方だって、魔導師団の方だって、職務に忠実な方だと思いますよ?」


「だといいけどなーっと、今日はこれなんてどうだ?」


 リドイさんが見つけた依頼書はこちら。



 ――――――――――――――――――――


[子猫の捜索依頼]


 依頼内容:三日前から行方不明の茶トラの子猫を探してください。

 場所は、城下町北部ナクシャ通りです



 褒賞金:銅貨二十枚


 依頼主:ナクシャ通り、青煉瓦の家ナタリー





 ――――――――――――――――――――






「子猫探し!?……って、どうすれば良いのかしら?」


「さぁね。でもまず、このナタリーさんを尋ねて子猫の名前とか特徴…どの辺りに普段いたのかを聞くと言いかもね。案外近くにいて迷子になっているだけとかかもよ?」


 ――おぉ流石!歳が上だと頼りに成りますね!


「じゃあ、先ずは依頼主の元に行きましょうか?」





 ◇◇◇




 城下町、貧民街の一角にてその密談は行われていた。

「はっ?何だって!?……それは本当なのかよキース!?」


 キースと呼ばれたのは、貧民街の追加監視を任された王都警備隊所属、第八分隊隊長のキース・カーキニオンだった。

「ああ、本当だ。一人に二人から三人に二人の護衛兼指導役に減らされる。……そして、あの娘には、キメラの件で嫌疑が掛けられているから、当面聖女候補と言うより監視対象になる」


 只でさえ、俺達の襲撃で『恐い』思いをさせて、キメラに襲われ掛けたのに何でまたんだよ?


「あの娘……イリスは、昔は銀髪だったらしい。それがどう言う訳だか途中から黒髪になったんだとか……。だから、それが魔族と通じた証拠だと身分のお高いお貴族様方は見ているわけだ」


 解読不能な未知への恐怖と、一人でも候補者を追い落とす為の一つの罠も兼ねている訳だ。


「だが、対外的に指導兼護衛役が彼ら候補者と行動を共にするのは二ヶ月と定められたいる。その後も継続して監視を行いたいと、上から打診されてね……ゲイツお前やってくれないか?」


 指導役が側で監視を行えるのは二ヶ月、それを越えれば詳細を判断できなくなる。彼らがいなくなった後も監視を続け、必要と有らば抹殺することも、一部の過激な貴族は打診さえしているのだと言う。


「……くそっ、俺は陰謀の手先には成らないぞ!?……だが、ここで断れば、他のあっち寄を付けられる事に成るって事だよな?」


「そうだ。うちのが……ソレイユがいたくイリスを気に入ってな、ただ単に黒くなっただけの髪だった場合も、断罪される事態になれば、悲しむ所じゃない。どの側に付かず公平に見られる目と、彼女に付いていける人材が欲しいんだ……どうだ?引き受けてくれるか?」


 ソレイユの肩入れぶりを理解している兄のキースは、どうせ監視するならこっちサイドでも構わないだろうと、ゲイツにこの話を振った訳である。

 それもこれも、可愛い妹を悲しませ無い為の兄の愛である。


『お兄様、お兄様!今日ね、凄い逸材を見つけたの!!聖女候補の子なんだけどね、ギルドの魔力検定で凄い反応だったのよ!!』


 一番上の兄に、興奮気味に話しているのを耳にして、上層部の話も耳に入る機会が有った訳で、今日のゲイツへの打診に繋がった訳である。






「解ったよ……。報告は、腹黒いお偉いさん向きじゃ無いぞ?それでも良いんだな?」


「ああ、構わ無いだろう。俺も彼方さんサイドは気に入らないからね」


 報告内容は、イリスに都合の良いもので構わない……そう言うことになった。




 ◇◇◇




「こんにちはゲイツさん、そんな所でつっ立って、誰かと待ち合わせ?」


 貧民街の入り口で、誰かを待ち侘びているかの様に道の柵に腰掛けたゲイツさんがいた。


「いや、イリス……君を待っていたんだ」


 穏やかな微笑みを浮かべ、彼はこちらに向かって来た。


「何ですか?」


 一歩前に出たリドイさんは、未だゲイツに対して警戒心を解いてはいないようだった。


「何もしないよ。ただ、イリスが聖女候補で試練を受けると聞いてね……」


 そう言うとゲイツは私の前に跪付くと、剣を抜き放った。


 刃先は、私に向けられているが、刃は水平に向けている。これは騎士が唯一の主を定めたときに剣を捧げるポーズだった。


「私、ゲイツ・レオハルドは、イリス・ハスラーに生涯剣を捧げ貴女を護る剣となり盾となる事をここに誓います」


 ゲイツさんがまさかの家名持ち?――貴族……もしくは没落貴族だと言うことだわ……。


 でもこれは、騎士が剣を捧げるのは、一生に一度有るか無いかの事……ましてや個人に捧げるなんて殆ど聞いたことが無い……。


 まぁ、ゲイツさんは騎士じゃないけど………。


 でも、このポーズを取ると言うことは、私一人の為の騎士に成ると言うことよね?


 リドイさんを見ると私同様、ゲイツさんの行動に瞠目していた。


「…………イリス、これ受けておきなよ」

 その上で、受けるように薦めるのだ。先程までの警戒心はどこに行ったのよ?


 でも、それは確かにそうなのだ。


 騎士の誓いの儀式……これは絶対の忠誠と服従を誓う行為だったから。


 騎士でなくても、剣を携える者にとってこれは同様の行為と見なされる。


 そして、それは主に求められた者が受け入れたとき、


「この剣を、この誓いを私、イリス・ハスラーは、受け入れましょう」


 私が剣先に触れると、ゲイツさんの捧げた剣が一瞬だけ、白く輝く。


 剣が主の色に染まると言うこと。


 主の本質的な色、イリスの色は白なのだ。


 これでゲイツさんは、私だけの騎士と言うことになった。


「でも、どうして?何でまた騎士の誓い何てしたんですか?」


「イリス、貴女は聖女候補なんだろう?そして、指導役は二ヶ月しか側に居ない。その後はどうするつもりだった?」


 まるでこちらを見透かすかのような目で見つめてくるゲイツさんは、今までと違い真剣その物だった。



「え~と、ギルドを中心に活動しながら情報収集しようかと……?」


 ギルドに登録、足踏み作戦を実行しようかと……思いまして。


「はっ?それじゃ何にも出来ないで終わるんじゃないか??」


 すかさずリドイさんが指摘する。


 いや~だってね、それが目的ですもの~。



 二人の殿方に、呆れ果てた視線を送られたのは言うまでもない。



 たった一人で、何が出来ると言うのか…………。

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