10 女神、依頼を受けてみる(丘の森) Ⅲ

 男爵家を出て程なく、レイン様の公爵家より迎えの馬車が到着し、私は公爵家へと向かった。


「本日はお招き有り難うございます。折角のお招きですのに、何も持参しておらず申し訳ありません」

「よく来てくれたね。その辺は、気にしなくていいよ。今日は急な呼び出しで悪かった。ちょっと急な案件が入ってしまってね……」


 そう言って気遣うレインは、騎士の格好で、これから出勤するのだと分かる姿をしていた。


「あの…もしかして南の森の討伐ですか?」


「そうなんだ。キメラを見つけたのはだよね?私の所属している第四騎士団もそちらに赴くことになったから、私も行くことになってるからね。試練の出発までには戻るけど、それまでの時間の余裕は無くなったっぽいから、もう一人の賢者候補と顔合わせをしておこうと思ったんだ」



 そこまで話したところで、もう一人の来客の到着を告げられる。

 案内された賢者候補者は、身長170㎝位の、暗めの金髪とグレーの目の細身の青年。


「リドイ・アーツだ。アーツ商会の四男で17歳。王立魔法研究所所属だ。今回は、宜しく頼む」

「アーツ商会の!?有名処ですわね!私はイリス・ハスラー、ハスラー男爵家の長女で、16歳です。王立アカデミー3年です。宜しくお願いします」


 アーツ商会は、魔導具販売の国内一、二を誇る有名な商会で、宮廷魔導師団にも魔導具を納品している格式高い商会。


「レイン・コーネリアス、18歳。王国第四騎士団所属だ。こちらこそ宜しく。…早速で悪いんだが、私は南の森の討伐に赴かねばならない。だから今日は、君達二人で親睦を深めてほしい」


 馬車を一台、今日一日貸してくださるそうで、レイン様は騎士団の仕事に向かってしまう。

 残された私とリドイ様は、これからどう親睦を深めるかを話し合いました。


「親睦って言ってもなぁ…。どうする?」

「あの…リドイ様はギルドに登録ってなさっていたりしますか?」


 恐る恐る訊ねてみる。もしも、登録していなかったら不快な思いをなさるかもしれない。

 リドイ様のご実家は、アーツ商会だ。だとしたら、ご自身で身銭を稼ぐなど必要の無い学生時代を過ごしていることだろう。


 まして、王立魔法研究所所属と言うことは、率先した攻撃魔法の使い手では無いと言うこと。

 ご実家が魔導具を扱うだけにそれ系の研究者の可能性が高い。


「え?あぁしてるけど?……もしかして、登録したばかりだとか?」


 予想外に、登録済みでランクはDクラスをお持ちだそうです。


「はい、昨日登録しました。……それで、不躾なお願いで申し訳無いのですが……ギルドの依頼を手伝って欲しいとか……駄目でしょうか?」


「昨日登録!?マジかっ!え、じゃあ出発までに、ランクアップ間に合わないんじゃないか?」


「…………はい、多分間に合わないかもです。指導役の方々も南の森の討伐に行っていますから…………」


「そっか、指導役二人も出払っちゃったらな~。俺の方もそうだし……。よし、わかった!残りの3日間、時間が許す限り付き合ってやるよ!!」


 私がギルドの依頼を手伝って欲しいとお願いした意味を理解してくださり、尚且つ残りの日々を時間の許す限り手伝って下さるとか……。


 何て、男前なのかしら……!


「ああ、それとさ……『様』付けは止めてくれよ。『リドイ』で良いからさ。何かこう、ガラじゃ無いって言うか、照れるんだわ…お嬢様に呼ばれるとさ」


 頬を少しだけ赤く染めたリドイさんが、照れ笑いを浮かべながら言った。


「はい、じゃあリドイさんで宜しいですか?私もイリスで結構です」


「うん、じゃあイリス、宜しく」


 リドイさんは、右手を差し出し私もそれに応じて彼の手に右手を重ね握り合った。


「こちらこそ宜しくお願いします」





 ◇◇◇




 ギルドの掲示板前にて、依頼書を眺めている。


「指導役の方からは、王都から出ない様にと言われたんです」


「それ俺もだわ。騎士団とか魔導師団なら兎も角、非戦闘員は出るなって事になっているらしい。……そうなると、やれることは限られるなぁー」


 くまなく見ようとしているが、半分を見たところで有るのはが占めていた。


 半ば意気消沈しかかって残りを見ていると、良いのを見つけた。


「これっ!これなんてどうかしら!?」




 ――――――――――――――――――――


[ 城下北部の丘付近の湧き水]


 依頼量 :当工房の魔導具、魔法瓶の色が変わるまで


 報酬 :銅貨20枚


 依頼期日:3日後まで


 依頼主 :レフェナーパン工房



 ――――――――――――――――――――



 これなら、王都から出ないで済む。

 条件に叶うし、城下町は、一昨日の一件で破落戸の大半は捕らえられたし、警備も強化されているので危険ではないだろう。



「うん、これなら良いんじゃん?」

 リドイさんのお墨付きも出たところで、早速依頼書を剥がし、カウンターへ持っていきました。


「こんにちは、これをお願いします!」


「今日は、こちらですね。そちらの方とお受けになりますか?」



「はい、お願いします」


 クエスト評価は、単独でもチームでも変わらない。

 例えば、評価点10ポイントのクエストを5人で受けたとして、5人で受けたから5当分では無く、一人一人に10ポイントの評価ポイントが加算されるのだ。


 クエスト報酬は、依頼書に書かれている通りだけどね。

 だから成功の暁には二人でこれを半分に分けるの。


 昨日のは、ライセルさんとソレイユさんは職務中と言うことで、最初の一回のお手本と後は口頭での指示だけだった。だから登録も実戦も私一人だったの。






 レフェナーパン工房は、平民に人気のリーズナブルな価格帯のパンが中心で、バリエーションも多く大変人気のお店。


 クリーム色の外壁と、真四角の建物で丸みを帯びたカーキ色の木製ドアが可愛らしいのが印象的だ。


 お客様もどちらかと言えば、主婦やお子様が中心で店内はにぎやかそのものだった。



「こんにちは~、冒険者ギルドから水汲みの依頼を受けてきました」


 会計のお姉さんに声を掛けると、「裏手にまわって!」と、言われたので改めて店の裏手にまわる。


 裏木戸から、金髪の恰幅のいい中年の男性が出てきた。


「悪いね。あの辺、破落戸が多かっただろう?下働きのが絡まれて怪我をしてね、あそこまで行けるものが今いないんだ」


 そう言って、三本の30㎝程の水筒を出してきた。


「これに汲んできてくれ、一定量が入るとここが青く変わるからそこまで入れてきてくれ」


 どうやらこれは魔導具・魔法水筒マジックボトルと、言うもので、見ため以上の水が汲めるもののようだった。


「はい、分かりました。では行ってきますね」


 ぺこりとお辞儀をして、その場を去っていった。


「あれだな、イリスは貴族のお嬢様の割りに親しみやすいやつだな」


「ふふっ、貴族のお嬢様って言っても男爵家のですからね。公爵家のレイン様とは違いますよ?」


「レイン様か……。さらっと馬車でお迎えだもんな。お陰で朝から家中大騒ぎだったよ」


 幾ら宮廷魔導師団御用達のアース商会とは言え、レインの実家コーネリアス公爵家の現当主バロンは政治の中枢、副宰相を勤める人物だ。


 そんな家の子息から早朝早文が届き、程なくして公爵家の家紋入りの迎えの馬車が来ると言う……。


 リドイは、文が届いてからの上は父親から、下は住み込みの下働きに至るまでの騒ぎ様をおもしろ可笑しく話してくれた。


 お陰で移動中は、笑いすぎてお腹が苦しかったわ……。




 ◇◇◇




 一昨日に比べて平民街~貧民街には、王都警備隊の兵士の姿が目に見えて増え、目立っていた。


 破落戸や盗賊、人拐い等の犯罪者が多く潜み、治安の悪化の程が確認された為だそうだ。

 あの時、捉えられたのは首領だったらしく、残党がまだ残っていると思われる為、警戒と監視をしているのだろう。


 実際、一昨日襲われたんだし、警備兵が増えたのは喜ばしい事だった。

 これで表だっての人拐いは、困難になった事だろう。



 そう安心したのも束の間、思わぬ人物に遭遇した。


「おいっ、一昨日の娘だよな?」


 一昨日、袋小路まで私を追い詰め襲ってきたあの男だった。


「……えっ、な、何で貴方がここにいるのよ!?捕まったはずでしょう!?」


「ん、まぁそうなんだが…ちょっとあってな、お咎め無しで無事釈放だ」


 何で!?何で、お咎め無しなのよ!!…………じゃあ、もしかして…今話し掛けて来たのは報復の為だとか!?


 私の顔が強張り、青ざめていることを見たリドイは、私を庇うように前に出た。


「何か知らないけど、怯えてる。…あんたが捕まってたってのは、兵士にって事だよな?ここに居るってことは、一昨日の騒ぎの一人か!?」


 今のやり取りと、昨今の事件から事のあらましを推察する……。リドイさん、いい判断力を持ってあるのね。


 一歩前に踏み出した男にリドイさんも警戒心を高め、睨み付けた。


「すまなかった!仕方がなかったとは言え、一昨日は恐い思いをさせてしまった……!!」


 一昨日、私のせいで捕まったから逆恨みでも晴らそうとするのかと思いきや、がばっと、いい勢いで頭を下げ謝意を示してきた。


「………!?」


「驚くのも無理は無い。俺らには俺らで事情が合ったんだ………………」


 彼の名は、ゲイツと言う24歳の青年で、この貧民街で子供達のお兄さん的存在なのだそうだ。

 一昨日の人拐いの頭領は、この街では無く余所からやって来た一団で、彼にとって弟妹とも言える年頃の子供達を質に取られていたそうだ。

 だから、この貧民街の破落戸崩れ達は、従うより無かったのだとか…………。


「それでも、私だって恐かったんですからね……!」


 それ以上どうこう責めるつもりも無いけど、此だけは言っておこう。


『恐かった』


 ゲイツは渋面して、再度謝罪をしてくれて別れた。




 ◇◇◇




 貧民街を北へと進み抜けていくと僅かに木々が増え始め、進む道もやや上り坂になっていった。


 意外にも小さな子供が道を駆け回り、遊んでいる姿が見受けられたので、そんなに平民街と変わり無い光景に少々驚いた。


 丘の上は背の高い木々が生い茂り、夏場は涼を取るのに良さそうな木陰の大い小さな森だった。


 森の中に、湧き水の出る岩場が合った。


 最初に私が水を汲み、今はリドイが水を汲んでいた。

 その間、私は狭い森の中を散策することにした。


「おい、あんまり離れるなよ?」


「はーい、ちょっとその辺見てくるだけよ」



 リドイから十メートル程離れたところで、森が騒がしくなった。

 ザワザワザワザと、身震いする音がした後、ザババババッ……と、鳥達が一斉に飛び立ったのだ。


「なっ!?何……?」


 鳥の羽ばたく音が止んで直ぐ、上空から巨大な一頭が舞い降りてきた。

 私はその場に尻餅を付き、震えて動けなくなった。





 ◇◇◇



 一昨日、『ピイィィー!』と言う、人拐いの賊、の頭領の指笛に乗ってきた司令、『黒髪の少女と赤髪の女を捉えよ』。袋小路に追い詰められた黒髪の少女―イリスに謝罪をし、こちらの裏事情を説明してどうにか許しを得られた。


『恐かった』


 その一言は、彼女の心の傷を物語る。

 俺がそんな思いをさせた、傷付けた自覚が有るだけに、どうにか彼女の役に立ちたいと思うわけだ。


「ゲイツ兄ちゃーん!!大変だよっ……!」


 駆け寄ってきた子供達は、今まで人拐いを警戒してこの数ヵ月ずっと廃屋の地下に潜んでいた子供達だ。


 と言う、西からやって来た盗賊団で、強盗も人拐いも何でもする、非合法の悪徳集団だ。


 その頭領は、捕らえられ潜んでいた幹部も大半は捕らえられ残党は、この街を去った。


 漸く安心して外で遊べるようになったと朝から大はしゃぎしていたのにどうしたんだ?


「どうした?そんなに慌てて?」


「「キメラだよ!!丘の森にキメラが降りたの!!」」


 子供達からの知らせに俺は凍り付いた。

 丘の上にキメラ!?南の森じゃなくて!?


 丘の上にには今、一昨日俺が心に恐怖を与えたあのイリスがいる…………。


『ギルドのお仕事で、今日は湧き水を汲みにいくんです』

 そう言って、丘の上を指差していた。



「お前達は、警備兵にこの事を知らせろ!『聖女のお姉ちゃんが丘には居る』って、付け加えてな!!」


 子供達は素直だ。事情が判らずとも言われた通り伝えてくれるだろう。


 俺は急いで丘の上を目指す。心に恐怖を与えた上に、更なる恐怖に晒されているで有ろう少女を救いに行くために―――!!


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