9女神、依頼を受けてみる (南の森)Ⅱ

 王都を出て、小一時間ほど歩いたところで南の森に到着した。


 割りと低木の樹木も生えていることもあり、木々の隙間から適度な光が森の中には差し込んでいた。

 吹き込む風も肌に心地よく、高い木の作る日影が日差しの中を移動し火照った体を優し冷ましてくれる。


 冒険者に依頼を掛けると言うことは、そこには危険性の有る魔物が出現すると言うこと。

 そして、魔物の生息数が多ければ多いほど、そこには淀んだ空気が流れるのだと言う。


 しかしながら今の南の森は、とても魔物が出てくる森とは、思えないくらい穏やかな空気に満ちていた。


「ここが南の森なのね。割りと普通……と言うか気持ちのいい森ね~」


「そうね。取り分け魔物が減っているときには、こんな風に穏やかな空気になると言われているわ」


「今日は、たまたま数が少ないんでしょうね。移動系の魔物が巣ごと移動したとか、餌を求めて出払っているとか……。まぁ、そうそう有ることでは無いですけど、全く無いとも言い切れ無いしょうね」


 森の奥へと歩みを進めながら、目的の薬草フラべへを見つけては国から支給された収納ポーチへと放り込んで行った。


 奥へ奥へと進むが、一向に魔物とは遭遇しなかった。


「これは……異様ですね」

「そうね、こんなにもなのは、何処かおかしいわね……」


 森の中での不邂逅とは逆に、平地での魔物の遭遇率は、おかしかった。


 ニードルビーとの戦いは15回程だったが、フォレストドッグやクロスニーガの他にもフェザーラビットやフェザーラットの小型の魔物も多く見かけていた。


 何故だか此方に目もくれず、一目散に印象だったけど………。



 森の奥には、小さな泉があった。

 フラべべは既に依頼の分は集め終わっていたけど、泉の周辺には、他にも薬草が生えているそうなのでそこを目指していた。


 実際にそこまでたどり着くことは無かったけど。





 少し離れた木の影に大型の何かが過り、一瞬『えっ!?』と、思ってそちらを向いた。


「………ね、ライセルさんっ!あれ何!?」


 ライセルの袖を掴み、声を潜めるように小声で気になった物の方を指差して訊ねる。


 木の影で体の半分ほどしか見えなかったが、その方向を見たライセルさんとソレイユさんの顔が、それを認識した途端に真っ青に変わった。


 木の影から見えたソレは、尻尾の部分に緑色の蛇の頭がユラユラと揺れていて、下半身の肢体は、黄土色の大型獣の様で、黒い翼が見えていた。


「不味いですね。ソレイユさん、記録水晶は、お持ちですか?あれを記録して欲しいんですが……」


「持っているわよ。何時如何なる時も用心を怠らずに……ですからね。……と、記録したわよ」


「では…このまま…そっと…音を立てずに、引き返しますよ?」


「そうね、気付かれる前にここを去りましょう」


 ライセルさんに続きソレイユさんも深刻な表情で同意しているので、私に異存なんて有る筈もなかった。


 三人は身を屈め、出来うるだけ物音を立てずに素早くその場を去ることにした。


 幸いな事に、気になったソレは、私達に気付かなかった様だが、事態は『見つからなくで良かったね』では、無く大騒動となるものだった。






「どうりで……平原に魔物が多かった訳ですね。森の中から逃げ出していたんですね」


「まさかあんな小さい森の中にがいるとはね。考えられなかったわ…………」


「まだ、確定では有りませんよ?……ただ、その可能性が限り無く高いだけですから。私は王都に戻り次第、この事を騎士団うえに報告してきます」


 ライセルの言葉にソレイユさんは、頷き同意を示した。


「分かったわ、その方がいいわね。宮廷魔導師団には、紙鳥伝聞を飛ばすから心配ないわ。イリスさんの事は任せて。ちゃんと屋敷まで届けるから」


「ギルドも寄りますよね?そちらにも注意換気をお願いします」


「分かったわ。こちらから伝えておく」





 大急ぎで王都に戻るとライセルさんは、森で見た物の報告の為、騎士団に戻っていった。


「直ぐに騎士団に報告してきます!ソレイユさん、イリスさんをギルドと家に送ったら魔導師団に直ぐ戻ってください!それからイリスさんは、明日から王都から出ないで下さいね。絶対ですよ?」


 矢継ぎ早にそう言って、ライセルサンは去って行きました。



「さて、私達はギルドに急ぎましょうか」


 ソレイユさんとギルドに到着すると、私は受け付け奥のカウンターで依頼の完了報告と薬草フラべべ30束を渡した。


 奥のカウンターは、茶色の巻き毛を束ねた緑の瞳のセラさんが担当です。


「では、確認しますね…………はい、確かに薬草フラべべ30束受けとりました。完了を記録するので、こちらの水晶にプレートを翳してください。……こちらが報酬の銀貨12枚です」


 プレートを水晶に翳すと、プレーとから水晶に仄かな光が吸い込まれていった。

 これで、依頼終了となるらしい。



 ソレイユさんは、ギルドの上部と話があるそうで、上の階の事務所に行ってしまった。


 去り際に、ニードルビーの討伐証明も済ませてくるように言われたのでそちらも見てもらう。


「討伐証明もお願いします」


「はい、どちらの討伐証明に成りますか?」


「ニードルビーです」


「では、こちらにお出しください」


 受付のララさんが、陶器製のトレイを出してきたのでそこにニードルビーの毒袋付き針を15個全部出して見せた。


「ポイズンビーの針が混ざっていますね。こちらの分は銀貨2枚の報酬になります。ニードルビーが13本、ポイズンビーが2本。ですので、銀貨4枚と銅貨5枚の報酬ですね。毒袋付きなので、追加報酬が銀貨2枚出ますね」


 合計で、銀貨6枚銅貨5枚の報酬となった。

 勿論、再び水晶にプレートを翳して記録もしてきた。




 討伐証明も終え、あとはソレイユさんが戻るのを待つだけになった。

 その間の時間も勿体無いので、再び依頼の掲示板に目を通す。


「新人のお嬢ちゃん、今日は魔物が多かったろ?」


 突然声をかけてきたのは、先に掲示板を見ていた男だ。赤茶色の髪に緑の瞳、如何にも力押しタイプと思える筋肉が隆起した30歳位の男だった。


「そうですね。普段がどんな様子かも良くは解りませんが、多いようでしたね」


「ははっ、解らなくても当然だったな。今日からだもんなぁお嬢ちゃんは……。俺はキースだ宜しくな」


 こちらを見てはニヤニヤとし、顎を弄りながら見てくる男は、何だかちょっと失礼な感じがするが悪気は無いようだった。


「イリスです。今日からなので、色々至らぬ点も有るでしょうけど宜しくお願いします」



「ははっ、まぁ死なないない程度に頑張れ。………ソレイユと一緒だったよな?どうだ、アイツちゃんとやれているのか?」


 キースと名乗るこのちょっと失礼そうな男からソレイユさんの名前が出てくるとは……意外でした。


「……?ええ、良くしてくれていますよ」


 どうしてソレイユさんを知っているのかを聞く前に、答えはソレイユさん本人から知ることが出来た。


「げっ!キース……兄さん。何でここに居るのよ!?」


 ソレイユさんが、キースさんを『兄さん』と言って、こちらにやった来た。


 そう言えば、髪色は近い色だし目の色が一緒だ。


 顔は……男と女だからね、言われてよく見れば、似ているような似ていないようなかしら?


「何でもなにも、ここの所長とはマブダチだ。仕事終わりを待っていただけだが、お前こそどうしたんだ?」


 キースさんは相変わらずニヤニヤしながらソレイユさんに、ギルドにいる理由を訊ねた。


「知ってるクセに…!聖女候補の護衛兼指導役になったのよっ!もうっ、そんなにからかうような顔しないでよ!!」


 ソレイユさんは、今までに見たことが無いような可愛らしい表情に変わり、キースさんに抗議した。


「お~お~恐い恐い。そんなんじゃ、試練の前にお前の顔に逃げらるぞ?」


 先程までのニヤニヤ顔では無く急に真顔になって、ポンポンとソレイユさんの頭を幼い子供をあやすような動作をした。


「も~う!!それがからかっているって、言うんじゃない!!」


 そこで落ち着くソレイユさんでは無く、寧ろ更に怒って抗議していた。


「そらそら、化けの皮が剥がれてるぞ~♪ソレイユ、精進が足りんっ!!」


 今度は、チョップをかまして去っていった。


「痛っ~っ!!……キースの馬鹿兄貴ぃぃぃ!!」


 ソレイユさんの言葉に、手をヒラヒラさせて………。




 後で聞いたのだけど、キースさんは城下の警備隊に所属しているそうだった。

 成る程、だから鍛え上げられた体つきなのね。




 ◇◇◇




 辻馬車はハスラー男爵家の玄関前で停車し、開かれた扉から私は差し出された手に捕まりながら馬車を降りた。


「明日は、私も来られませんから、もしギルドに行くなら町中の依頼だけにしてくださいね?絶対、王都から出てはいけませんよ?」


 ソレイユさんにも念を押され、その日は屋敷へと帰ったのだった。




 ◇◇◇



 騎士団官舎に向かった私は、ソレイユさんにお願いした記録水晶を手に団長室を訪れた。

 ノックをし、要件を伝えると入室を許された。

「それで……南の森の凶悪な魔物とは何だ?」


 第三騎士団団長のハロルドは、今年で45歳になる。焦げ茶の髪を後ろに撫で付けた髪形で口髭を蓄えており、重厚な面持ちと公正な思考の主として騎士達からの信頼に厚い人物だ。


「こちらをご覧頂けますか?先程、南の森の泉付近で記録したものに成ります」


 記録水晶に映し出された映像を見たハロルドは呻いた。


「なっ……これは、キメラじゃないのか!?何故南の森に……?」


 ハロルドの疑問も当然だ。

 キメラの生息地と言えば、山脈の中の洞窟奥深く、或いは広大な森の奥深く、人の分け入ること或いは辿り着く事の困難な孤島であることが多い。


 対して南の森は、ごく小規模の森だった。


「解りません。ですがここに居たのは事実で、原因の調査と早期の排除が望ましいでしょう」


 時間を空けて、仲間を呼び込まれでもしたらそれこそ王都から一番近い森だけに、此方が王都を捨てねば成らない事態に成りかねない。


「解った、他の団長と宮廷魔導師団とも直ぐに相談しよう」




 そして、翌朝からの南の森のキメラの調査と討伐が決定された。


 同時に、『勇者』『賢者』『聖女』の試練の人員割りも変更される事になった。


 王都の守備を最優先とし、一人に二人ではなく、三人に二人の指導兼護衛役と減らされたわけである。


 そして各候補者は、個人的に共闘人員を連れていくことも認められたのだった。





 ◇◇◇




 昨夜、お仕事からの帰りが遅かったルークお兄様は、苛立った面持ちで早朝から玄関ホールで馬車の迎えを待っていた。



「ルークお兄様、お早うございます。今朝はもうお仕事ですの?」


「今頃お目覚めか?試練も始まらん中途半端なお前は、お気楽なものだな……。……はぁーっ。お前は……見たんだろう?南の森でキメラの影を見たのはお前だそうだな?間違いないのか!?」


 階段を降り、朝の挨拶をした私を睨むように見たルークお兄様は、つかつかと歩みより真偽の程を確かめるべく鋭い眼で私を覗き込んできた。


「……はい。キメラかどうかは私には判断できませんでしたが、同行したライセル様とソレイユ様がそうだと断言なさりました」


 そう答えると、目を僅かに苦悶に細めて、何故だかルークお兄様の手が私の頬に軽く触れ輪郭をなぞります。


「お…お兄様……?」


 戸惑う私の声に、ルークお兄様は『はっ』とした表情を浮かべ顔を顰めました。


「何でも無い…。昨日のお前のお陰で、仕事が増えた!今日は朝から幾つかの騎士団と魔導師団総出で南の森の調査と討伐だそうだ…。仕事に行く…!」


 踵を返し、玄関を出ていってしまいましたが、今のは何だったのかしら?


 でも、ライセルさんとソレイユさんの二人ともの意味は、これで解りましたわ。

 お二人とも、南の森の調査と討伐ですのね。


 ならば今日は、私に護衛はいないと言うことになる。


 一人でギルドに行って仕事をするか…少し考えてから行動しましょうか。


 どうしようか悩んでいるところで、執事のシャーマンから昨夜遅くレイン様より手紙が来ていたことを告げられる。


 手紙には、今日の午前中に公爵家に訊ねるよう書かれていた。


 そして、迎えの馬車を寄越すことも……。


 急な知らせに慌てて身支度を整え、迎えの馬車に乗りレインさんのご自宅に伺いました。








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