7女神、ギルドに登録する

 翌日、昨日買った装備を身に付けて、玄関ホールへと向かう。


 半螺旋階段を下りて行くとルークお兄様が玄関ホールで馬車の到着を待っていた。

 昨日までは、私が聖女試練の件で召集を受けていたから休みを取っていた様で、今日から城での勤務が有るのだと朝食の折りに養父母に話していた。


「今日は、俺が馬車を使うからな」


 そう言うと、私の方を見るなり「フンッ」と、鼻を鳴らし再び口を開いた。


「何だその薄汚い防具は?そんなもので身など守れるのか?それに、鼻が曲がるほど臭いぞ?そんなものを屋敷に持ち込むなんて、何を考えているんだ!?」


 何時もの事ながら、心にツキンッと小さな棘が刺さるようで、こういう瞬間が大嫌いだった。

「申し訳ありません。ですが頂いた金子では、これが精一杯で…………」


「言い分けか!?それとも我が家がケチをして、お前に金を渡さなかったとでも言うのか!?」


 私の口答えが、気に入らなかったのだろう。ルークお兄様は、私に掴み掛かると壁際に押し付けて睨み付けてきた。

 ルークお兄様の私を押さえ付ける腕が首元を圧迫し、息苦しさが込み上げてきた。


「お……兄……さ……」


 涙が込み上げてくる。髪色が変わり出す前は、本当に優しくしてくれたのに……今は、髪色が変わったせいでこんなにも冷たいのだ。


 私の頬を伝う涙に、ハッとしたのかルークは急にイリスから離れ、丁度来た馬車に乗り込んで行ってしまった。



 ◇◇◇



 馬車に乗り込んで、ルークは後悔の表情を浮かべていた。


 何故、何時も妹に対して優しく接してやれない!?昔はこんなじゃなかったんだ。ちゃんと兄としてあの子を見てやれなくなったのは!?

 何時からだ?


 また、泣かせてしまった。


 泣かせたい訳じゃ無いんだ。

 本当は、可愛くてずっと側に居たくて、触れたくて………。


 あいつは、。だから、この思いは、抱いちゃいけない。


 あいつは、黒髪だ。だから、ハスラー家に取っては疫病神でしかない。


 あいつは、捨て子だ。元々血の繋がりもないんだから、躊躇う。


 黒髪だ……全てアイツの……イリスの黒髪が悪いんだ!!





 ◇◇◇




「お嬢様……。大丈夫ですか?」


 執事のシャーマンが心配げに声を掛けてはくれるが、ルークの暴行とも取れる動きを特段止め立てをしない辺りも彼自身、髪色の黒く変わったイリスを良くは思っていないのだろう。



「大丈夫です……ありがとう……」



 差し出されたハンカチで涙を拭った頃、ライセルさんとソレイユさんが迎えに来てくれた。



「お早う御座います!今日も宜しくお願いします!!」


 私は努めて明るく振る舞う。

 朝の一件だけでも知られれば我が家の恥だ。

 それこそ、後々お養父様やお兄様にどんな仕打ちをされるかわかったものでは無い。


「何かありましたか?」


「えっ?何もありませんよ…?」


 コテン、首を傾げて誤魔化すが、内心は『何で分かるの!?ライセルさん!!勘良すぎ!!』と、叫んでいた。




 ただ単に、うっすらと頬を伝った涙の痕が見られたのだが、それを指摘したソレイユのお陰で、顔を洗い直したさっぱりとした顔で出掛けられたのだった。




 ◇◇◇





 昨今、国同士での戦争の多いエストニア大陸ではあったが、冒険者ギルドに限っては国境を自由に行き来できる特殊な要素で成り立っていた。


 それもその筈、冒険者ギルドが管轄する主たる物は対魔物である。


 冒険者ギルドには、武器を使用して戦う者も魔法を駆使して戦う者も登録ができる。




 これが三百年ほど前までなら、武器による戦闘者は『傭兵ギルド』、魔法の使い手ならば『魔法協会』に登録をしていた。

 双方使える両刀遣いは、その双方への登録が課せられていた。


 しかしながら、それでは効率が悪い。


 特に、の魔物達の動向はそれまでと異なり、好戦的に成り人里にも良く出現するようになっていた。


 故に、両ギルドを統合しと、なった次第だった。


 商隊の護衛や戦時中の戦力増強から対魔物に稼ぎのメインが変わり、冒険者ギルドは各国に掛け合い、冒険者には国境を跨ぐ資格が与えられ、ギルドの認証は世界的に共通で取り扱われることが認められたのだった。



 剣と盾と杖の交わる紋章が掲げられた白い石造りの建物が、王都に有る冒険者ギルドだった。


 その扉は、白く塗られた軽い金属フレームに、薄く加工させた透明の硝子が嵌め込まれていた。


 扉の中に入ると、等間隔に柱が立ち、ダークダークブラウンの長いカウンターが設置されていた。


 中の様式も表と同様の白が基調の建物だった。

 奥には食事処や、酒場、談話室、仮眠室も併設され世界を飛び回る上位冒険者にも駆け出しの冒険者にも優しい料金設定となっていた。


 入り口を入って直ぐのカウンターの女性が、諸々の受付をしてくれる係りで、裏手に近い方に回ると魔物討伐や依頼の品等を納める受付となる。


 受け付けに立つ、栗色の髪の可愛らしい女性に話しかけた。


「お早う御座います!ギルド登録をお願いしたいのですが…お願い出来ますか?」


 この日、朝一番に冒険者ギルドに登録に訪れたのは、腰まで届きそうな長い黒髪と透き通る海のような青い瞳の美しい少女だった。


 凡そ戦闘や魔物との戦いなどに向いておるようにも思えない、深層のご令嬢然とした華奢な体つきの少女である。


 しかしながら、戦いは何も剣や槍などの肉体的な物だけではなく、と言うものもこの世界には有るのだから、見た目だけでの判断は出来ない。


 受付嬢リリは、『はあぁぁ?』と、口から出そうになった言葉を飲み込み対応にあ

 たった。


「お早う御座います。冒険者ギルドへようこそ、新規の登録ですね?こちらの用紙に必要事項を記入して、こちらへお持ちください」


 ―――うわぁおっ!朝イチから美少女見ちゃったわよ!役得役得ぅ♪……でも、あの体つきだと魔法よね?きっと……。ああ、見てよ朝からいる冒険者達が、あの子に釘付けになってるわ…………無理もないわよね。私だって眼福なんだから!!



 リリが周りをみれば、朝から依頼書を求めてギルドに訪れていた…特に若い男の冒険者達の視線がイリスに集中していた。


 しかしながら彼女の背後には、騎士服の男と赤髪の魔導士服の美女がいる。魔導士の女の襟章からして宮廷魔導士なのだろう。


 ともなれば、あの黒髪の美少女は国の貴賓か何かだろうか?

 この国にしては珍しいことも有るものだ。

 この国の貴族達は、黒髪を忌避する風潮が特に強い。

 それは昔、によって国が内部崩壊する寸前まで追いやられたせいもある。

 故に、黒髪を嫌悪し排斥する風潮が強いのだ。

 昔から続く王権に近い貴族ほどその度合いが強い傾向になる。


 黒髪の美少女が気にはなるがお目付け二人が睨みを利かせているから声を掛けたくとも掛けられない。そんな雰囲気だった。



 ◇◇◇



 さて、何々?先ずは、名前(偽名可)と性別と年齢…それに使用武器か……あとは、使える魔法を書けば良いのね?



【名前】 イリス

【性別】 女

【年齢】 十六歳

【使用武器】 剣

【魔法属性】 水属性・風属性・聖属性

【使用可能魔法】 回復ヒール・攻撃力上昇・防御力上昇・加速・風裂斬ウィンドカッター水球アクアボール



 まぁ、最初はこんなものでしょう。





 と、初期ステータスでいかにも有りそうな魔法の名を書き記していく。


 いきなり最高位の究極魔法だの書いていたら、それこそ存在そのものを怪しまれてしまいますものね。


 極力控えめに、押さえた行動を心掛けていかないと……。





 一通り書き終えたところで、受付のリリさんに申請届けを提出する。


「書き終えましたので、お願いします」


「はい、承りました。確認しますので、少々お待ちください」


 リリさんは、私の書いた申請所を一通り見ると片手ほどの小さな杖を取りだし先に付けられた水晶で、文字をなぞっていった。


 淡い光が水晶からは放たれ、書類をなぞり終えると今度はカウンターに置かれた片手ほどの水晶に『コツンッ』とあてた。

 小さな水晶から大きな水晶へ光は吸い込まれていった。


「次にこの水晶に手を翳して貰えますか?」


 先程、文字を読み取った光を吸い込んだ水晶に手を翳すと、一瞬ピカッと閃光のような目映い白い光を放ち治まった。


 光が収まると同時に、冒険者ギルド内がザワつき始めた。

 フロアにいた、職員と冒険者達が、今の閃光のような光にどよめき始めていた。


「な……なぁ…今の……」

「……あれって……相当な……」

「そんな……高い奴……初めてじゃないか?」




 断片的にしか聞こえないけど、皆何を言っているのかしら?


 何を計られたのか理解していないイリスにとっては、このざわめきは不可解な事でしかなかった。



「は……はい、け、結構……ですよ……」


 呆然とした表情でリリさんがそう告げた。


 リリさんは、再び片手ほどの杖の水晶で、卓上の水晶から光を抜き取り、職員フロアーの中央に置かれた大きな青色のクリスタルに水晶をあてた。


 その動きは、先程までと違い何処と無くぎこちない動きにも見えて奇妙に思えた。


 そのクリスタルから、細いプレートの付いたブレスレットが出てきた。


 色は赤銅色だった。


「そ……それでは、説明しますね。こちらがイリスさんの最初の冒険者プレートに成ります。冒険者にはランク付けがあって、登録当初は基本最低ランクからのスタートに成ります……イリスさんは……その、魔力値がとても高いようなのでFランクからのスタートに成ります……」


 説明は、細かく長くなるのでここで省略するとこうなる。


 冒険者ランクには最高ランクのS~初期ランクのGまで8段階で評価される。

 正式に冒険者として認められるのは銅色のEランクからになる。それまでは見習いと言うことになるので、残り4日で銅色のEランクを目指さなくてはならない。




 青銅色 Gランク


 赤銅色 Fランク


 銅色 Eランク


 青銀色 Dランク


 銀色 Cランク


 白銀色 Bランク


 金色 Aランク


 白金色 Sランク


 と、分けられるらしい。


 魔力値……?

 いつそんなもの測ったのかしら?


「えっと、まさか今の水晶のピカーンがそうだったりします?」


「そうです。手を翳した人の最も適応した属性に光るんですが、イリスさんの光方だとBランクは確実な魔力値だと推測されます。なので、その辺りを考慮してFランクからのスタートになるんです」


 うっ…成る程。ワンランクアップでのスタートは、高魔力のご褒美ですか……。


 しかし、そうなると困るのはこれでギルドに登録足踏み作戦が早くも頓挫してしまいそうな事よね。


 イリスだけの意識の時なら、王立学園入学の際の魔力判定は、青白い光でぼんやりと光っただけだったように記憶している。


 ハリシュの意識が覚醒したから、その性質ごとハリシュその物に変化している自覚は有るのよね。


 押さえに押さえて今のピカーンならば、そのままだったどうなったのかしら?


 ああ…でもまだ誤魔化せるかもしれない。

 魔力は高いけど、使って……。


 ここで幸いなことは、イリスは、王立学園に通ってはいたけれど、事だ。基本学科と教養学科しか習っていないのよね。

 何せ、騎士学科や魔法学科は別途追加料金が発生する。ルークお兄様には惜しみ無くかけていたけれど、イリスにはその辺りかけていなかった。


 なので、イリスとしての魔法の知識といったら、専ら図書館で読み漁った魔導書からの独学による基礎的なものに限られる。


 ふふふふっ…………そうよ。


 イリスは、魔力は高くても魔法は使えない。だって、本当に誰からもんですもの!!



 こうなったら、基礎魔法しか使えない――その線で行きましょう!!


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