6女神、装備を整えるⅡ

 先程までいた賑わいの有る商店街と若干趣が違い、少し影の有る寂れた雰囲気の漂う商店街だった。

 道行く人の着ている衣服も、破れていたり汚れていたりで、街を取り囲む防護壁等も崩れた箇所が格段に多く、割れた陶器の破片なんかも地面のあちこちに散乱しているのが見えた。


「はぁ~。何で全額持ってこなかったんですかね?」


 ソレイユの声のトーンは、不機嫌そのものだ。無理もない。今いるここは決して治安が良いとは言えない場所なのだ。

 騎士のライセルさんが同行しているとは言え、たった三人での一行では心ともない。


 馬車での移動中、ギルドの登録料を聞いていたので、その分は絶対に残さなくてはならない。その上で必要最低限の装備と道具の購入となる。


 まさか、男爵家の養父母が猫ババしているかも……などと答えられるはずもない。


「ごめんなさい、私が世間知らずでしたので……こんなに値段の張るものとは思わなかったの」


 あながち嘘ではない。新品のライトソードやナイフの値段を知らないのだから、この辺りは二人とも納得するだろう。

 逆に上級貴族と有らば、より良い品を求めて支給された以上の額で買い揃えるのだろう。

 イリスのいるハスラー男爵家は、裕福とは言い難い。

 王立学園こそ通わせてくれてはいたが、台所は火の車に近い。

 それでも対面を守るため、イリスにも最低限の施しはしてくれているわけだ。



 さて、青空市のような露店形式の商店街に到着したわけだけど、ここで主に買い物をするのは中層市民~奴隷階級或はは等なのよね。

 だからここは、治安的には最悪に近い場所だった。

「お嬢ちゃん、武器を買いに来たのかい?」


 無精髭を生やした、恰幅の良い黒髪の店主だった。


「ええ、そうなの。新品は思ったより値が張っちゃってて……」


「はははっ、確かに新品は高いかもな。でもあっちの方が癖がなくて使い勝手は良い筈だぞ?お嬢ちゃん貴族様だろ?成りを見りゃわかるよ。悪いこた言わん、早いところ用を済ませてここを離れた方がいい……」


 店主の言葉は後半は、声を潜められていた。


 ライセルが周囲に気を配ると、七人………いや十人だろうか、破落戸風の男達が値踏みをするような視線と隙が生まれないか、こちらの様子を伺っていた。


「早めに決めて、店主の言う通りここから抜けた方が良さそうですね」



 露店に広げられた武器は、どれも年期の入ったような見た目だった。

 錆び付いたものも幾つか有り、返り血が固まったような物もあった。

 その中で、一際古めかしそうな酷く黒ずんだ一振りがあった。

 恐らく銀製だろうか?宝石も少しばかり散りばめられているようだったが、大分黒ずんでいるようで輝きも放ってはいなかった。


「これを………」


 そんな一振りを手に取り店主に求めると、店主はあからさまに顔をしかめた。


「こ…これか?お嬢ちゃん、まさか…これを選ぶつもりなのか……?他にも剣なら有るから、他を選んだらどうだ?」


 店主は、この一振りを辞めて他の物を選べと進めてくる。


 改めて、台の上の品々を見るが、やはりこの一振りが気になる。


「やっぱり、これがいいです」



「これは、結構な曰く付きだぞ?呪われた魔剣とも言われているんだ……他の剣に考え直したらどうだ?」


「有り難う、でも大丈夫ですよ。大きさも丁度良くて手に馴染みそうだからこれにします」


 にっこり満面の笑顔で答えると説得は無理だと思ったのだろう。


「あ~、値段は本当は銀貨18枚だが、銀貨15枚にマケてやらぁ~!」


 他に、ナイフは切れ味は落ちそうだが研ぎ直せば使えそうな一振りを銀貨3枚で購入した。

 研ぎ直しはサービスでしてくれるようで、研ぎ上がりを待つ間に隣の防具屋で中古の防具を選ぶことにした。


 次に隣に並んだ防具店だが、こちらは女店主で、焦げ茶の髪をお団子に纏めたふくよかな女性だった。


「はいはい、サクッと選んでさっさとここから離れましょうね。あそこであんた達を見ている奴がいるから気を付けて帰るんだよ?」


 目線だけで、女店主の指し示す先には、三人の男が立ち話と見せかけて、チラチラと此方を伺っている様子だった。


「お嬢ちゃん達、別嬪だからね。良からぬ事を企む奴なんざ、ここには事欠かないよ…」


 人拐い、人身売買、身代金目的、慰み物…………挙げたらキリが無いだろう。


 犯罪の温床とも呼べるスラムや貧民街に近いこの商店街は、その様な輩も多く闊歩しているのだ。


 獲物を狙う、虎視眈々とした視線が飛び出す中、さっさと買い物を済ませ早々にこの場を去るのが懸命に思われた。


「お嬢ちゃん細いわねぇ~!お嬢ちゃんの体つきならこれとこれかね~♪」


 緊張に包まれた場を和ませるべく、女店主は、努めて明るい口調で革の胸当てと剣を吊るすた為のホルダーを勧めてくれた。


 二つ合わせて銀貨25枚。

 革の胸当ては比較的新しく、使用頻度も少なさそうなことから武器に比べてややお高めとなった。


 防具を早速取り付けた所で、ナイフが研ぎ上がり剣と共にホルダーに納められた。

 武器と防具はこれで揃った。

 後はこの物騒な商店街から平民街へと移動するだけとなった。





 歩き出して商店街を抜け、職人街へ差し掛かった途中で破落戸ごろつき達が動き出した。


「取り囲まれたな…。ここは私が引き付けます。ソレイユ、イリスさんを連れて街まで逃げて下さい」



「へへへっ……。お城の騎士様~昼日中、お天道様の見てる中で、両手に花とは羨ましい限りで…。一人ぐらい、俺らに回してくれてもバチは当たらないだろう?」


「何を言っている!私達は仕事で来ているだけだ!」


 ソレイユが怒鳴るが、男達は気にした風も無くニヤニヤするだけだった。


「赤毛の姉ちゃんは、気が強いんだなぁ~」


「気が強過ぎると、嫁の貰い手が無くなるぞ~」


 そんな風に言うだけで、話にならない。


「どちらの方も、貴殿方に渡すつもりなど有りませんけどね…」

 ライセルが剣を抜き放ち、後方から迫る破落戸と向き合った。


「やるかい?優男の騎士様。…綺麗な姉ちゃんの手前だからって、格好だけに成らなきゃ良いけどなぁー?ヒャァーハッハッ!!」


 破落戸は、ライセルが無様に地に崩れ去ることを予見したのだろう。笑いが隠せずにいた。


 後方からの破落戸は六人、対するは騎士ライセル一人。

 前方を塞ぐ破落戸は五人。

 取り囲まれたこの状況で、多勢に無勢だった。


「姉ちゃん、今なら痛い目みないで、可愛がってやるだけにしておいてやるよ」


 前方から向かってくる男の一人が、厭らしい視線をソレイユに向けてくる。

 ソレイユの体型は、胸の膨らみが目立つやや細身の長身だった。

 締まった体に豊満な胸、そしてキリッと強気な美貌は、男の欲望を掻き立てるに相応しい物だろう。


「会話にならないわね!!爆風撃ウィンドショット!!」


 ソレイユの放つ風魔法の効果で前方の破落戸達が吹き飛ばされた。


「今のうちよ!!」

 ソレイユは、魔法の放射と共にイリスの手を引き駆け出した。


 吹き飛ばされた男達は、痛みに呻きながらも立ち上がると直ぐ様、逃げ出した二人の女を追いかけていった。


「女が逃げたぞ!捕まえろおぉぉ!!」



 ピイィィ―――ッ!!!!



 怒鳴り声を上げた、ソレイユに対して厭らしい視線を送っていた男が頭領リーダーの様で、口笛は他の仲間に火急を知らせる合図だったようだった。


 路地を抜け、走り続けるソレイユとイリスの二人。

 女の足では、男の走る早さには叶うはずもなく再び取り囲まれてしまった。


「……くっ、しつこいわね!!」


「ほらほら、追いかけっこはもうおしまいだぜ?大人しく捕まっときゃ、今ならいい思いだけで済むのになぁ?」


 追い付いた男達は、ソレイユ達を食い物にした後、娼館にでも売り払うつもりだろう。


「冗談じゃないわよ!誰があんた達なんかと……!!」


 ソレイユは、怒りに震えていた。


 街中だから、威力の低い魔法に留めておいてやったのに、何なのこいつらは!!


「宮廷魔導士の力を舐めるんじゃ無いわよ!!炎よ我が手に集いて業炎と成り踊れ!!『火炎乱舞フレイムダンス』!!」


 炎の火球が幾つも出現し、うねるような動きで男達に襲いかかった。


「ぐわぁぁ!あちっ…あちっ…あっちいぃ――!!」



「ここは私が防ぐわ!!今よ!イリス逃げて!!」


 ソレイユの言葉に、男達のいない方向へイリスは駆けていった。




 裏路地をひた走り、そろそろ貧民街を抜けられないものかと思い出したところ、そこへ来てしまった……。



 袋小路だ――――!!



「へへへっ……追い付いたぜ。ここいらは俺らの方が土地勘が有るんだよ……」


「はぁ、はぁ、そ、そろそろ観念しても良いだろ?悪いようには…しない……。ちょっと男のナニに付き合う仕事をしてくれりゃ良いんだから……」



 パコンッ!!



 息を切らして駆けてきた、頭の悪そうな男の頭部に、仲間から制裁が加えられた。


「バカッ!!それを言ったら余計に警戒するだろう!?……いや、男のナニだが、お嬢ちゃんも…それは、もう…気持ち良~くなることだから……な?大人しく捕まってくれよ?」


 年のころなら二十代の半ばだろうか?ライセルさんより少し年上な見た目のこの男は、私の警戒を解こうと、穏やかを装った顔をして取り繕おうとしている。

 しかしながら、目的をバラした後に取り繕った所で、誰が捕まると思うのか……。


 私は、腰に提げた黒ずんだ剣に手を掛け抜き放った。


 黒光りするその刀身は、鋭さと何かを後悔し懺悔する強い念が隠っていた。


「やるのかよ……姉ちゃん。刃物なんざ、持つのも初めてだろ?解ってないな~。ここにいる俺らは、五人。男五人相手に刃物を振り回してどう対抗するのかな?」


 愚かな選択をする若い娘に卑下する視線を送り、五人の男も倣って剣を抜き放った。




 ―――う~ん、残念!!



 イリスとしては、確かに今日が初めて剣を握ったんだけど、私は《ハリシュ》だ。

 


 死んだとは言え女神だ。


 

 神は、生き物や武器防具に加護や祝福を与えることが有る。



 加護や祝福を与えるに辺り、それらの仕様について無知で出来るものでは無い。

 ある程度の経験と実績が有るからこそ、加護や祝福を与えうるのだ。



 じゃないと、状況に応じた効果は与えられないでしょ?




 ……と言うわけで、剣を改めてハリシュの得意な型に構え直す。


 すなわち、剣を斜め下に真っ直ぐ降ろし、体は破落戸達の方を真っ直ぐと向く……。


 そして身体には、聖属性補助魔法『身体能力向上』『攻撃力上昇』『防御力上昇』風属性補助魔法『加速』を掛けていく。


 勿論、イリスの範囲を越えぬ程度に………。



「やろうってのか……。お貴族様は、往生際が悪くていらっしゃる…。良いぜ、好きなだけ相手してやるよ!…いくぞ、野郎共っ!!」



 破落戸の男達は、駆け出してきた。

 多勢に無勢、この時ばかりは、負ける気など欠片も持ち合わせてはいなかっただろう。



 迫り来る五人の男を前に、クルリと反転し私は壁に向かって駆け出した。


「へへへっ……そんな所に逃げ込んでも、もう後は無いだろ!?」


 愚かな女の悪足掻き…直ぐに泣き縋り付く姿が目に浮かんだ。


 ――――詰んだな。


 男達は、確信した。

 この貴族の娘を質に取り、実家である貴族に身代金を要求する。

 或いは、娼館にでも売り払ってもいいし、他の好色な貴族に高値で売るのでも、この整った容姿の娘なら可能だろう…………。


 邪な打算が脳裏を巡り廻る。


 だからこそ、次の瞬間の動きは予想外の事だった。



 追い詰めた、そう思った黒髪の女は宙に飛び上がるとタタタンと壁を駆け上がり、男達の上をくるくると弧を描いて地に着地した。

 着地と同時に素早く駆け出し、最後尾の男を間合いに捉え、足の腱を斬り付ける。


「うぁぁぁ――っ!!」


 男の叫び声に、一瞬声を無くす。


 ―――何が起きた!?この小娘は一体……何者だよっ!?


 続いて倒れた男の右手の男に下から脇腹を斬り付けると、もんどりをうって地に転がった。


「ウギャアァァァッ―!!」


「くっ、くそっこいつ…只じゃおかないぞ……殺してやる!!」


 残りの男達が、剣を振り上げ今にも襲いかからんとしたその時…………。



「火のファイヤーアロー!!」



 ソレイユの放つ無数の炎の矢が、残りの男達を襲った。



 直後、警備兵を伴ったライセルさんも駆け付け、破落戸達はほぼ捕らえられた。



 その後、警備兵に事情を聞かれる羽目になり、ギルドの登録は翌日に持ち越しとなってしまった。

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