5女神、装備を整えるⅠ

 柔らかな朝の日差しがレースのカーテンから射し込み、私の部屋を明るくする。




 チュンッ、チュンッ、チュンッ、




 チチチチッ………。




 朝の小鳥の囀ずりを耳に朧気だが、脳裏に幼い二人の影が見えたような気がした。霞んで姿のほどは良くは見えなかったけど………。



 小鳥の囀ずりに、何か大事な事を忘れていたような感覚を覚えていた。


「お嬢様、イリスお嬢様……朝ですよそろそろお目覚めになられてください」


 翌朝、侍女のマーサの声で目が覚める。


 起き掛けに、何かを思い出し掛けていた様な気がしたけれど、何だったかは忘れてしまった。


 ―――はて?なんだったかしら?



 目覚めて、起き上がった瞬間には、それが何であったのかは、すっかり忘れ去っていた。


 朝の身支度を調え、食堂へと移動すると、既に食堂では養父母達が食事を始めていた。


「お養父様、お養母様お早うございます。ルークお兄様お早うございます」


 ルークお兄様は、二つ歳年上の十八歳になる兄で、金髪碧眼の少し冷たい印象のする美青年では有る。

 今回の試練には、水晶が反応しなかった為選ばれなかった。


「おはよう。今朝はまた遅かったね。昨日は気でも高ぶって眠れなかったのかな?………まぁ、君は精々公爵子息の足を引っ張らないようにすることだね」


 中々嫌味を言ってくださる…ルークお兄様。

 普段よりも少しだけ多分な僻みが混ざって無いだろうか?

 幼い頃から一緒に育ったとはいえ、所詮は血の繋がらない兄妹である。


 常時ならともかく、こう言うときには血の繋がった兄妹よりも僻みとして現れやすいのだろう。


 礼をし、席につくと、直ぐに食事は運ばれてきた。


「それで、出発点には公爵家のレイン殿もご一緒だとか…。その後の行動は、どうするつもりかな?」


 一緒に行動するのか、はたまた別々の行動をするのか………。

 行動を共にすれば、互いの生存率は上がるだろう。しかし、武器の取得と言う壁を前にしたとき、果たしてそれでいいのか?

 同じ場所に欲しい武器が有るとは、限らない。

 この大陸の何処かに、一つ個ずつ有ると言う。

 早い者勝ちだと言うなら、バラけるのが正解だ。………が、生存率は、落ちる。


 武器を諦めるか、生きることを諦めるか………究極の選択で、進むことになる。


 ………本当に、ならね。



「その辺りは、出発前にレイン様ともう一人の方と相談する機会を設ける予定ですから、今は何とも答えようがございません」



「ふむ、そうか。………もしも、もしも公爵子息が『付いてこい』と言うのなら、錫杖は諦めて、聖剣の取得に協力しなさい。良いね?」


 お養父様、それは私は『錫杖』取得に参戦しなくて良いと、言うことですね?


「わかりました……でも………」



 もしも、同行を求められなかった場合は、『錫杖』の取得に参戦しろと言うのかしら?


「大体だ、黒髪のお前が聖女様などとあり得ぬだろう?聖女様と言う存在は、これまで金髪か銀髪、輝く白髪で有ることが多い。黒髪のお前では、所詮は成り得ぬ存在だよ…。況してやお前の魔力は……」


 ――――――極低だ。



 そう、この世界で昔のと言う存在が、魔力の純化を果たした末と呼ばれる存在になった。

 その人達は、その髪色を輝く白髪もしくは白銀、白金に変え聖なる力を奮ったのだとか。


 だからこそ、こそが聖なる色で、その候補や聖女には、金髪や銀髪の者が求められる。


 貴族の世界でも、身分の高い者ほど金髪や銀髪の者が多く、黒髪はどちらかと言うと忌避されがちな色となる。


 この国では、殆どの者が金髪や銀髪、赤髪、茶系色の髪色で有ることが多く、身分の低い奴隷や下民、魔族に黒髪が多い。

 その為、身分が高いほど黒髪を蔑む構造が意識の根底に根付いているせいだろう。


 私を拾ってくれた当初、私の髪色は銀の髪だったらしい。

 それが養子となって成長するにつけ黒く変わっていき、養父母を始め、兄も私を忌避するようになっていた。

 養子縁組など解消してしまえばいい……とは言え、一度結んだものをこちらの都合で解消するなど外聞が悪すぎた。


 既に、周知の事実となった後だったから……。


「ならば、請われても請われなくても『錫杖』取りには参加するな…と言うことで宜しいですね?」


「そうまで言わんが……まあ、何にせよ聖女にはなれんだろうから、何処までやれるか試してみればいい…。ただし、他の令嬢方の邪魔だけはするなよ?」



 積極的な『錫杖』取得に賛成はしないけど、他の令嬢の邪魔はするな………。

 黒髪のお前など所詮は聖女候補止まりだ………。


 ―――そう言うことですね?お養父様。


「承知致しました。積極的には取りに向かいませんけど、他の方のサポートがこなせる位には努力をしましょう………」


 私の回答に、養父母は満足げな冷たい笑みを浮かべていた。



 食事を終え、自室で外出の為の支度を始めたところで、来客の知らせが届いた。


 共に同行することになる、騎士のライセルさんと魔術師のソレイユさんだ。


「お早うございます。お待たせ致しました」


 客間で、私の支度が終わるまでお茶を出して待っていて貰った。

 今日の格好は、旅装に近く動きやすいパンツスタイルに、長丈の羽織を腰で止めたものだった。


 後で、街へ出たらライセルさん達を撒いて、魔法の効果や威力を試したいからだ。

 旅に出た後では、彼らを撒いてこっそり魔法の確認など出来ないだろうから、やるなら王都にいる今しかない。


「お早うございます。いえ、それほど待ってもいませんよ」


「お早うございます。さて、今日のうちに町に出て、さっくり準備を整えてしまいましょう!」


 ソレイユさんは、結構乗り気のようで目がキラキラと輝いていた。


「そんなに勇んでは、イリスさんが驚いているんじゃ有りませんか?」


 ライセルさんは、そんなソレイユさんの様子に苦笑を浮かべ、前のめりに成りすぎないように牽制をかけてくれた。


「あははっ、助かります。色々と教えてくださいね」



 城下町までは、男爵家の馬車での移動となった。


 馬車の中では、購入する品について語られていた。


「イリスさんは、錫杖を買われるんですか?」


 主に聖属性の聖職者が好んで使うのは錫杖である。

 魔法使いの杖と何が違うのか、あまり違わないと思うのだが、質の高いものほど金の使用率が高まる。

 必然的に高価になる。貧乏男爵家にそんな高値を用立てる金子は無い。



「いえ、私は後天的な物ですし、ショートソードで行こうかと……」

「そうですか?それなら戦いの基本は私が教えられそうですね」


「あの………旅に出た後を考えて、ギルド登録をしたいと思うんですが………どのぐらい用立てれば登録が出来るんでしょうか?」


「おっ、ちゃんと先々を考えてるのね?関心ね~♪ギルドの登録両は、一律銀貨20枚よ」


 ソレイユさんは、機嫌良く答えてくれた。


 銀貨20枚なら、何とかなるかも………。




 商業街の入り口で馬車を停め、三人はおりた。

 帰りは、夕刻に同じ場所へ迎えに来て欲しい旨を御者に伝え、屋敷に帰した。





 ◇◇◇




 ここ、エストニア大陸には、九つの国が存在している。

 私が今いる国は、その中の一つで、エスターナリア王国と言う。


 石造りの城壁が複雑に城下を区切り、取り囲うエスターナリア王国エスター城。


 つい数年前までは、隣国リスター皇国とファレル王国とを巡って、三つ巴の戦争をしていた。


 魔王の乱立と言う異状事態の発生で、事実上の休戦状態となっただけで、終戦ではない。


 リスター皇国、ファレル王国の直ぐ隣、アナハイン王国が、魔族の多く存在するレストの地に近いため、その辺境地帯が魔族との激しい交戦の最前線に立たされている。


 各国から、アナハイン王国に各種支援が送られ何とか持っている………そんな状態だ。



 故に、乱立した魔王に対抗する手段、神々の用意した武器の入手と勇者・賢者・聖女の選定は、急務であり早急に解決しなくてはならないのだった。


 魔族による人類の蹂躙が先か、人類による魔族への対抗策の成功が先か………切羽詰まった状況では有るのだ。



 その状況の中、如何にしてとして成らずに、人生を謳歌できるだろうか?


 至極、困難な気もするけれど、バレれば神界うえで書類地獄が待っている………。


 基本的に、この世界の事は、この世界の人々で解決しなくては意味がない。


 上位世界の神が、しゃしゃり出てしまってはこの世界の神々の為にもならない。


 ともすれば、ここは心を鬼にして全力回避だ。




 ◇◇◇



 商業街は、様々な露店が並び活気に満ちていた。

 高価な品が置かれた大きな店は、割りと城に近い位置にある。

 そう言った店は、高位の貴族や騎士団でも団長クラス、或は貴族と同じぐらいに利益を得ている商人ぐらいなものだ。

 私達がいるのは中級貴族~中層階級の平民が買い求めに来る商業区だ。


 男爵家から持たされた予算は、金貨三枚。

 少ないか多いか…意外にも多い方だと思う。


 今までそんなに対してお金のかからない娘だったから奮発したくれたのかしら?

 それとも、朝のやり取りで満足のいく回答をしたからかしら?



 イリスは知らない。国から支給されたお金が一律金貨十枚だったと言う事実を………。


 この国の貨幣価値。

 金貨一枚=銀貨三十枚

 銀貨一枚=銅貨三十枚



 そして、最初の武器屋でイリスの懐は挫折する。



「いらっしゃいませ!どのような武器をお求めで?」


 店主の突抜に明るい良く通る声が聞こえてきた。

 ライトブラウンの小太りな店主だった。


「そんなに大きくない剣とナイフを……」


「ショートソードとナイフだね?待っててね、良いのがあるから!!」



 そう言って店主が持って来たのは、ライトソードと書かれた剣と鉄のナイフだった。


 ライトソードが、銀貨にして25枚………!?

 鉄のナイフでも銀貨18枚………!?

 合わせて銀貨43枚=金貨1枚と銀貨で13枚………。

 残りが金貨1枚と銀貨17枚……ギルドの登録両が銀貨20枚だから………残金、銀貨27枚で、防具その他を揃えられる!?


 詰んだ………………。


「………え~と、もっと安いのって有りますか?」


「あ?お嬢ちゃん冷やかしか!?騎士様まで連れて冷やかしなんて質が悪いな!!出てってくれ!!」


 店主は金になら無いと悟ると、怒鳴りつけ、私はひた謝りながら店を後にした。


「お金、無いんですか?国から支給されたお金があったでしょう?」


 ライセルさんの声に思わず首を傾げてしまう。

 国から支給されたお金……?え?知りませんけどそんなもの………。


「え~と……。実家に置いて来てしまいました」



 そう答えたときの、二人の冷たい視線と来たら……中々無いものでした。


「因みに、おいくらお持ちで?」


 ソレイユさんは、私の手持ち額で何とかしようとしてくれた。


「金貨三枚です」


「え?たったそれだけですか!?それじゃ新品で旅の道具を買い揃えるのは無理ですよ!」


 ライセルさんは、呆れた顔になった。


 国の……世界の一大事に、金貨三枚で挑むなんて無謀も良いところだった。


 諸々を予算内に納めるべく、武器防具を中古で揃える始末となってしまった。


 なので、中古品が多く出回る商店街への移動が余儀なくされてしまった。


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