第12話 【改訂工事前】凶神...対峙する

◆アルグリア大陸暦1538年2月2日 アッバース王国辺境~ミモザの森




「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」

「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」

「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」




 緑鬼精霊人ゴブリンの近接部隊が、波状攻撃を掛ける!




『アワテルナ! ジックリト、イケ! ヤツラハ、ツカレテイルゾ!』




 三体のゴブリンキングの序列なのか、指揮系統は混乱なく守られている。




 妹と王女の二人に対して、 緑鬼精霊人ゴブリン軍は約900体で、慌てずにジックリと狩る算段のようだ。




「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」

「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」

「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」




 多勢に無勢を絵に描いたような展開が、まさに俺の目の前で起こっていた。




「くっ! メル、敵が一向に減らない! どんな状況だ?」




『シャンダナ、不味いわ! 今で敵は800体ほど! てい! そして2000体ほどが、ここに向かって来ているわ! やぁ~!』




 王女の顔が、絶望に彩られる。




 妹は人の心の機微が、理解出来ていない。




 此処でそんな発言をしたら、王女の心が折れると解っていない。




 経験値が圧倒的に足りない、俺はそんな2人を、唯々見ているだけだった。




 そんな状況に、新たに緑鬼精霊人ゴブリン2000体と、ゴブリンキング2体に、ゴブリンエンペラー1体が合流したのだった。




『全軍攻撃を中止しろ! 敵から離れろ!』




「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」

「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」

「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」




 ゴブリンエンペラーの号令一つで、一斉に緑鬼精霊人ゴブリン2800体ほどが戦いを中止する。




『我は緑鬼精霊人ゴブリンの皇帝《ロキフル》! 其処のお前達に告げる、降伏しろ! 我が軍門に降れば、命だけは助けてやってもいいぞ?』 




 ゴブリンエンペラーが、妹達に降伏を突きつける。




 だが、降伏はしないだろう。




 いや、出来ないと言った方が良いのか、巨精霊人ジャイアントの姫が緑鬼精霊人ゴブリンの軍門に降る筈もない。




 巨精霊人ジャイアントは、死よりも誇りを尊ぶ種族だ。




 況してや、力に屈し命を惜しんだとあれば、巨精霊人ジャイアントの中では、生きてはいけない。




 醜悪な笑いを顔に浮かべたゴブリンエンペラー《ロキフル》が、舌舐めずりしながら、獲物の返答を待っている。




 それにしても、アルグリア語が無茶苦茶上手いな、ゴブリンエンペラー!




「ふん、笑わせるな! 私はシャンダナ・アッバース! アッバース王国の王女である! 命を惜しむ筈もない! ロキフルとやら、お主に一対一の戦いを申し込む!」




 え、マジか、マジなのか?




 この脳筋王女は、本気なのか?




 この圧倒的有利な状況で、ゴブリンエンペラーが了承する筈はないだろう?




 此れだから、脳筋は始末に負えない。




『いいだろう! 我も身体が鈍っていたところだ、受けて立とう!』




 受けるのかよ! おい! 




 俺は盛大に心の中で、ゴブリンエンペラーに突っ込みを入れながら、様子を見守っている。




『シャンダナ、先ずは私が行くわ! 貴方、酷い有様よ? ふふふ』




「いや、此処は私が行く! メル、お前こそ酷い格好だぞ! ふふふふ!」




 ほう、この状況でも笑えるのか、見直したぞ王女。




 そして、妹よ。




『うん? 何か勘違いをしているようだな? 遠慮は要らん、2人同時に掛かって来い! 者共、場を開けろ! 我が相手をする!』




『『『『はっ!』』』』




「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」

「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」

「「「グッギャギャギャギャ!」」」「「「グッギャギャギャギャ!」」」




 ゴブリンエンペラーの号令によって、戦いの場である広場が作られる。




 緑鬼精霊人ゴブリン総勢2800体が囲む広場で、対峙するゴブリンエンペラーと妹達。




 脳筋同士の考える事は、俺には全く理解出来ない。




 あのまま一気に倒せば、済む話だ。




 まあ、人其々の嗜好にケチを付けても、仕方がない。




「行くぞ、メル! うぉぉぉぉ~!」




『うん、シャンダナ! いやぁぁぁぁ~!』




 妹と王女は、掛け声を揚げながら、ゴブリンエンペラーに、同時に攻撃を仕掛けた!




 妹が身体を捻り、独楽のように回転しながら、両手の棍棒をゴブリンエンペラーに打ち付ける!




 ゴブリンエンペラーは、大盾を軽々と右手で扱いながら、妹の攻撃を住なす!




 王女は素早く、ゴブリンエンペラーの死角に移動して、長剣を叩き込む!




 ゴブリンエンペラーは、左手の槍を握る手を滑らして、柄で王女の攻撃を見もせずに防ぐ!




 妹と王女に取っては、絶望からの好機である。




 有らん限りの力で、ゴブリンエンペラーを、攻め立てる!




 だが、本当に其れで良いのか?




 ゴブリンエンペラーに勝てば、緑鬼精霊人ゴブリンの軍団2800体が消えるのか?




 折角、話の出来る緑鬼精霊人ゴブリンに、出会えたと言うのに?




 何故、交渉をしない? 何故、約束を取り付けない?




 ゴブリンエンペラーを倒した妹と王女を、緑鬼精霊人ゴブリン達が黙って許す訳もない。




 お気楽な2人と、意地の悪いゴブリンエンペラーの戦いを、俺は見続けるしかなかった。




 妹と言えど、個体レベル118のゴブリンエンペラーに勝つには、急所を攻撃するしかない。




 このアルグリアの世界が、ファンタジー歴史シミュレーションゲーム【アルグリア戦記】ならば、其処に勝機を求めるしかない!




 一時期FHSLG【アルグリア戦記】が、レベル制なのか、スキル制なのかとゲーム形態を問う声が、ゲーマー達の間で上がったが、【アルグリア戦記】は、スキル制の能力値と、スキル制の技術の妙とを掛け合わせた【模擬現実リアルシミュレーション制】だった。




 故に急所に攻撃が当たれば、個体レベルがどんなに高い個体でも倒す事が可能だった。




 故にスキルの恩恵アシストがなくても、現実で修得している技術は再現出来た。




 所謂、リアルチートと言われる者が、優位マウントを取り易いゲーム形態だった。




 但し、スキルには種類がある。




 習熟度レベルのある一般パブリックスキルから、習熟度レベルのない固有ユニークスキル、特異エクストラスキルと呼ばれるものまで存在する。




 理不尽な力を振るうスキルの存在から、スキル制が強いと言うゲーマーも居たが、スキルにも制限があり絶対ではない。




 飽くまでもAI管理脳の恩恵のだと認識していないと、は得られない仕組みが、【アルグリア】の世界には存在するのだった。






『其こまでか? 詰まらんな!』




 ゴブリンエンペラーの言葉が、決闘場に響き渡る。




「はぁ、はぁ、はぁ~、はぁはぁ~!」




『はぁはぁ、はぁ』




 ゴブリンエンペラーを挟み、妹と王女は体力スタミナ切れで、動きが止まっていた。




 ゴブリンエンペラーは、自分からは一切攻撃はしなかった。




 唯々、2人の獲物の息が切れるのを待っていた。




 故に最初の位置から、全くゴブリンエンペラーは動いていなかった。




『弱き者よ、もう一度問おう! 降伏すれば命だけは助けてやろう! 如何する?』




 ゴブリンエンペラーの問い掛けにも、答える余裕のない2人は、唯々息を吐き続けるだけだった。




『そうか、戦士ならば前言を撤回しないのも道理だな!』




 ゴブリンエンペラーの槍が、王女に襲いかかる!




 王女は左手の盾で、槍を弾こうとするが、意識朦朧とする状態では、踏ん張る事も出来ずに吹っ飛ばされる!




 妹はゴブリンエンペラーの一瞬の隙を突き、ゴブリンエンペラーの後背に忍びより、渾身の一撃をお見舞いする!




ガッ! ドゴッ!




 その攻撃も難なく防ぎ、反撃で妹は弾き飛ばされた。




 そして、王女に最後の時が訪れようとしていた。




女子おなごの身で、我に挑んだ事は褒めて使わす! 冥府で誇るが良い!』




 ゴブリンエンペラーの槍が、王女の身体に吸い込まれるように、突き刺さろうとしていた。




『ぐっ、ふっ!』




 その槍に貫かれたのは、一瞬で己の身で、王女を庇った妹だった。




 槍を受けた妹は、血反吐を吐き出す!




「何故だ、メル? どうして、......そこまでする?」




 王女は動かない身体を叱咤しながらも、妹に問い掛ける!




『決まってるよ! 友達だから! ゲホッ!』




「馬鹿な、たったそれだけの理由で、己の命を。メル、お前は確かに、......私の友達だ!」




 崩れ落ちる妹の身体を、何とか受け止めた王女が叫ぶ!




『友か、天晴れだ! 人にも、情があると見える。我ら緑鬼精霊人ゴブリンを目の敵にする者達とは思えん行いだ! 2人で冥府へ、仲良く逝くが良い!』




 ゴブリンエンペラーは、容赦なく、そう言い放った。




『兄ちゃん、......ごめんなさい。兄ちゃんの言う事を、守らなかった罰だね。でも、私は友達が出来て幸せだったよ。さよなら、兄ちゃん、......』




 妹の呟きが聞こえる。




 其れはそうだ、俺は妹達の直ぐ側に居るのだから。




 安らかに眠れ、妹よ。




『兄ちゃん、シャ、シャンダナを助けて、お願い! 兄ちゃ、......』




 妹が王女を、友達を助けてと、俺に願う。




 何故だ、何故、......己を助けてと言わない? 




 何故だ、メル!




「近くに居られるのか、フェート殿? 申し訳ない、私の為にメルが盾に。冥府でメルと会えると、いいな......」




 そう言うと王女は涙を流しながらも、妹を優しく包み込み、気を失った。




『ほう、話の流れからすると、誰か我ら以外に居るようだな? 卑劣にも我らの戦いを覗き見して居るのか? 姿を現せ卑怯者が!』




 ゴブリンエンペラーが、威圧を放ちながら、俺の気配を探る。




 俺は古代魔道具アーティファクト【隠者のローブ】の効果を切り、姿を現した。




『女子を戦わせ、己一人が安穏と、隠れているとは! お前には誇りはないのか、卑怯者よ?』




 何故か激高しながら、俺に問うゴブリンエンペラー!




「誇りだと? 知らんなそんなものは!」




 誇りなどあるかボケと、言い切った俺に、ゴブリンエンペラーは呆気に取られているようだ。




 緑鬼精霊人ゴブリンも、巨精霊人ジャイアントと同じく、脳筋で誇りを重視する種族なのかも知れない。




 俺は生憎、緑鬼精霊人ゴブリンでプレイした事も、巨精霊人ジャイアントでプレイした事もない。




 唯、巨精霊人ジャイアントが誇り高い種族で、面倒臭い奴らだと覚えているだけだった。




 まあ良い、言う事は既に決まっている。




 俺が、こう言う場面で言う言葉は、此れだけだ。




「俺と敵対したら、ごめんなさい。許して下さい。助けて下さいは通用しない。それでも良いなら掛かって来い!」






 緑鬼精霊人ゴブリンの皇帝に、偉そうに宣言した男は前世の仮想現実世界では、触らぬDQNに祟り無しと言われ、その残虐性と嗜虐性と殺られたら殺り返すプレイスタイルから、凶神オーバーヒールと呼ばれ忌み嫌われた死告者アッザイールだった。

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