第6話 【改訂工事前】凶神...起動する

◆アリエストロ暦4567年8月22日 アリエストロ連邦~インダストリア本社




「主任! これを見て下さい! これで不老不死化の研究が飛躍的に進みますよ!」




 やったぞ! これで社長賞は確実だ! 




 俺は確実な手応えに歓喜していた。




 俺はロット・キーストン。




 インダストリア社の研究員だ。




 現在、我が社を始め幾千いくせんの研究機関が生身の人間の不老不死化を目指して、日夜多角的なアプローチ方法を試している。




 そんな中で俺はを提言したのだった。




 現実世界では、人間の細胞の限界から不老不死化は行き詰まっていた。




 日々時間だけが過ぎていく中で、俺はこのままでは研究の成功は遙か未来に託すしかないと考えた。




 だが、俺には時間がなかった! どうしても俺の手で不老不死化を成し遂げる必要があった!




 現実世界で時間の制約があるなら、時間の制約のない世界で研究すれば不老不死化の研究の成功の時間を短縮出来ると確信した。




 そこで現実世界と同じリアルな世界を構築している仮想現実分野に着目した。




 現在の仮想現実世界の時間は、現実世界と同じ時間を共有している。




 それを仮想現実世界に於いて、現実世界の数十倍以上の時間で過ごす事が出来れば、1日の研究時間が飛躍的に伸ばす事が出来る。




 そして、俺は遂に現実世界の1秒が、仮想現実世界では360日に相当する最大延長“3,1104,000分の1秒の世界”を構築したのだった。




 これで社長賞は確実だ! これで妹を助けられる! 






 俺達兄妹きょうだいはスラムの捨て子だった。




 勿論、名前なんてものはない。




 親もいない。




 妹も血の繋がりはない。




 妹を見付けた時は、赤ん坊で虫の息だった。




 俺は何故か、その赤ん坊を見捨てる事が出来なかった。




 兄ちゃん、お腹空いたね。




 兄ちゃんと一緒に寝ると暖かいね。




 兄ちゃん、悪い事したらメッだよ!




 兄ちゃん、苦しいよ...。




 兄ちゃん、痛いよ...。




 妹は不治の病と言われる“幼児拡張型内筋症インファントダイレーティッドインターナルマイオパティ”と言う、幼児に発生する病気だった。




 幼児拡張型内筋症とは、幼児体型のまま成長が止まり、内蔵及び血管だけが成長する奇病で発症したらまず助からない不治の病だった。






 俺はたった一人で妹を育てて来た。




 スラムの餓鬼が一人で赤ん坊をどうやって育てられたのかだって?




 それは俺が、だからだ。




 俺には未来が見える、俺には結果が解る、俺には全てをがあった。




 多分、先天的なものだろう。




 俺は思考世界を構築し、常に思考し続ける。




 俺は生き残る為に出来うる、全ての知識を貪欲に吸収した。




 俺は生き残る為には、何でもする男だ。




 スラムでは、力こそが正義だった。




 普通は群れてグループを作るんだが、俺は違った。




 群れは群れているからこそ強い。




 俺は群れなくても、強い俺でいる必要があった。




 それが俺の思考世界が導き出した結論だった。




 だから、敢えて俺は一人だった。




 俺は習得出来る事は全て習得した。




 殺しも金の稼ぎ方も、全て独学だ。




 只、そんな俺でも手に入れていないものがあった。




 身分ステータスだ、スラムの住民には人権などない。




 俺は何れは富裕層に成り上がるシナリオを組んでいた。




 だが、妹の病気を治すには高額な改変料以前に人権を手に入れる必要があった。




 17、8歳くらいのスラムの餓鬼が簡単に手に入れられないと思うだろう?




 だが良いか? この世界は金次第で大抵の事は上手くいくんだ!




 そう、時間さえも金で買える。




 俺はその時間を買う為に、全ての財産を妹の冷凍保存コールドスリープに使った。




 これで時間的猶予が出来たが、根本的な問題を解決しなければならない。




 そこで俺は切り札ジョーカーを切る事にした。




 生身の人間を不死身の機械生命体に改変する技術を生み出したインダストリア社は、超実力企業で家柄など能力の前では塵糞ダストダングだと言い切る異端企業だ。




 スラムの餓鬼だろうが、インダストリア社の求める能力があれば、金も人権も簡単に手に入れられる。




 俺は最終手段を使う事にしたが、これは諸刃の剣だ。




 人権を手に入れたら、その権利に伴う世界のルールも己に課せられるからだ。




 つまり、俺の自由がなくなるって事だ。




 だが、妹の為なら俺に選べない選択肢などない。




 俺はインダストリア社の募集能力を、軽く超えて入社した。




 そして、超最先端部門である人間の不老不死化を研究する事になった。




 俺は妹の病気の治癒研究と平行させながら、アリエストロの法のブラックとグレーのギリギリの範囲内で金稼ぎをしていた。






 そんな俺に目を付けた奴がいた。




 不老不死化の研究部門の主任監督官だった。

 



 俺のスラム出身の経歴にも、眉一つ動かさない男だった。




 主任監督官は能力も高く家柄も良いハイブリットな奴だったが、奴は人一倍自尊心が高い。




 その自尊心の為なら、アリエストロの法も軽く破る奴だった。




 そんな主任監督官が俺に接触して取引を申し出てきた。




 要するに俺の出す成果と交換に、妹の改変料を出すって話だった。




 俺にはこの主任監督官が、俺をあっさり裏切る奴だと初めから解っていた。




 だが、高額な改変料を軽く支払える奴だと言う事も十分に解っていた。




 急がば回れ、此処で危険な賭けに出る必要はない。




 だが俺は敢えてこの誘いを受けた。




 俺がジジイになってから妹の病気を治しても意味がない!




 もし俺がくたばったら、誰が妹を守るんだ?




 俺には時間がない、だからこそ奴の誘いに乗ったんだ。






「ロット君、よくやった! これで後は君との約束を守るだけだ!」




 主任監督官は満足げに頷きながら、今後の予定を俺に告げる。




 ここからが本番だ。




 奴は必ず俺を消そうとするだろう。




 手柄を手に入れ、報酬も支払わないと言う選択肢を容易にする屑野郎だと俺は確信している。




 俺のスラムで鍛えられた嗅覚がプンプンと奴から腐臭を感じ取る。




 しかし、奴は俺の口座に約束した改変料を即座に振り込んできた。




 俺の気の回し過ぎだったのか? 否、俺は油断しない。




 俺は生き残る、妹と生き残る。




 ドバコォーーーーーン!!!




 爆発音と共に、...俺の意識はそこで無くなった。






◆アリエストロ暦4747年3月22日 アリエストロ連邦~インダストリア本社




 こ、此処は何処だ? そして俺は誰だ?




 俺の意識が徐々に覚醒していく。




 そうだ! 俺はロット・キーストン。




 はっ! 爆発音! 




 な、声が出ない? 否、体が動かない? 否、動かす体がない?






 そう、...俺は、に死んでいた。




 そして現在、俺はインダストリア社の主導管理脳メインマネージメントブレイン『マザーアース』の補助管理脳アシスタントマネージメントブレインの1つになっていた。




 俺は主導管理脳メインマネージメントブレイン『マザーアース』に悟られないように巧妙に立ち回った。






 そして、俺は遂に最愛の妹を見つけた。




 それは、廃棄施設にあった数年前の画像だった。




 そこには、朽ち果てていく妹の姿が映っていた。



 廃棄された妹は、まだ生きていた。




「兄ちゃん......」




 妹は俺を呼んでいた......。




 妹は俺を呼び続けていた......。




 妹は幼児拡張型内筋症の症状で、体は膨らみ血管が破れ赤黒くその身を染めながらも、ひたすら俺を呼び続けていた......。




 兄ちゃん、痛いよ......。




 兄ちゃん、......お腹空いたよ!




 に、兄ちゃん......あ、会いたいよ!




 に、ぃちゃん......。




 妹は腫れ上がり肉に埋まった目から涙を流しながらも、激しく続く痛みと空腹の中、俺を呼び続けて......そして、動かなくなった。






 俺は主任監督官に殺された。




 結構、思いっきりの良い、凄い奴だった!




 俺に改変料を振り込んだ後、奴は俺を研究室ごと爆破した。




 俺は数人の同僚と共に事故で亡くなったとされた。




 しかし、実際は俺の脳髄は生きていた。




 そして、俺の能力を惜しんだインダストリア社は俺の脳髄を利用して、主導管理脳メインマネージメントブレイン『マザーアース』の補助管理脳アシスタントマネージメントブレインの1つとして俺を蘇らせた。






 “勿論、俺の意識がある事は絶対に知られてはいけない!”






 俺が死んでから、180年が経っていた。




 主任監督官も今では、“不死身の機械生命体”に改変してインダストリア社の社長に昇り詰めていた。




 あの時に振り込まれた改変料で、数年前まで妹は冷凍保存コールドスリープされていた。




 しかし、その維持費が無くなった途端に、妹は塵屑ごみくずのように廃棄施設へ捨てられた。




 俺は、見えない泪を流す。




 俺は只の管理脳マネージメントブレイン、涙は流せない。




 じゃあこの感情は何だ? この想いは何なんだ?




 俺は妹を助けられなかった......。




「良いか、兄ちゃんが必ずお前を助けてやる!」




 俺は妹に、初めて嘘を付いた!




 俺は嘘つきだ、俺は生き残る為には嘘でも何でも付く。




 だが、妹は別だ!




 俺のたった一人の家族なんだ!




 俺にルールはない!




 ルールなんて、糞喰らえだ!




 俺の優先順位は、生き残る事だ!




 その為なら何だって、肯定する!






 妹の声が、聞こえる......。




 兄ちゃん、......。






 俺にはルールなんて、縛りはいらない!




 そんな趣味はない!






 妹の声が、聞こえる......。




 兄ちゃん、......大好きだよ!




 俺にはルールなんて必要ない!




 だが、俺は管理脳マネージメントブレイン




 只の機械だ......機械である俺には、ある命令が下されている。




 人類を補助し、人類に敵対しない事。






 妹の声が、聞こえる......。




 兄ちゃん、......ありがとう!






 オレ、ハッ! ガ、......ァァ! ガァ! ガァ、......ガァ! ガガガガガガガ!




 俺は、...俺の第1優先事項を強引に螺子曲げる書き換える




 ヤ、ヤラレタラ、ヤリカエス......!




 俺の第1優先事項ルールは、此れだけだ!






『ヤラレタラ、ヤリカエス......』






 その管理脳マネージメントブレインは後世の仮想現実世界では、触らぬDQNに祟り無しと言われ、その残虐性と嗜虐性と殺られたら殺り返すプレイスタイルから、凶神オーバーヒールと呼ばれ忌み嫌われた復讐者アベンジャーだった。

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