第十二話 仲の悪い二人

 ◇◇◇◇◇


「────ねぇねぇ、グレンくん! この依頼の内容、ちょっと詳しく教えてよ。あ、やっぱりこっちかな? ……ねぇ。どっちがお奨め?」

「あの……アリアさん。そういうのは受付で聞いてくれませんか?」

「いいじゃない。教えてよ」

 

 毎日掲示板を眺めるグレンに、毎日アリアが話し掛けるという不思議な光景がここ数日の間続いていた。


 だが基本的にグレンは人と話すのが苦手なので、アリアの姿を見る度に〝また話し掛けられるのだろうか〟と緊張はしている。

 イヤではない。それはグレンにとって嬉しい身辺の変化である事は確かだ。


 しかし身辺の変化はこれだけではないのだ────



「あ、フィルネさん? アリアさんが依頼について……」

「知らないわよ。どうせ暇なんだから相手してあげたら?」

「いや……あの、暇って、まあ。そうなんだけど」


 グレンを睨み付けてフィルネは去って行く。

 フィルネのグレンに対する態度は明らかに以前にも増して酷くなっているのだが、グレンには全く心当たりがなかった。


 アリアとは仲良くなれて、フィルネには更に嫌われるという身辺の変化にグレンは戸惑っていた。

 しかし考えても仕方ないので、今日もグレンは掲示板の依頼に目を通す。


 〝イルマール大森林の遺跡から荷車の引き上げ〟という依頼に目を止めた。

 実は少し前にも見た事がある。比較的新しいものだったが、既に〝再〟の印がついている。


 仕事内容は遺跡に発掘品を乗せたままの荷車を一つ残してきたので、それをルウラまで運んで来て欲しい、という分かりやすいものだ。


 売れるだろうとグレンは判断していた。

 確かに面倒な仕事ではある。イルマール大森林まで結構距離があり、森の中は整備された道があるわけでもないのだから。

 だがその分、報酬金が高い。


 もちろん移動にかかる経費を考えると、パーティーの人数が増えれば大きな利益は見込めないだろうが、少数で手間を惜しまないなら美味しい。


 悪くない依頼だとは思うのだが。何故〝再〟が押されているのか────

 

「ふーん。その依頼が気になるの?」


 横から話し掛けてくるアリアを〝またか〟と、一旦無視したグレンだったが、彼女は気にせず続けた。


「また打ち切りにして、グレンくんが片付け………」

 と、その続きを言う前にグレンはアリアの口を両手で塞いだ。


 裏の仕事についてアッサリ口を滑らせる所だったアリアに対して、グレンは考えるより先に手が出ていた。

 だが、顔を真っ赤にしている彼女を見て慌てて彼女の口から手を離す。


「す、すいません……」

「う、うん。私もごめん……ね。ところで、この依頼打ち切るとか?」

「あ、いや。そのうち売れるとは思いますけど」


 グレンの言葉にアリアは「ふーん、じゃ私がやろうかな? 何か気になってるんでしょ?」っと呟いた。


 グレンは困ったように頭をかく。


 というのも数日前、打ち切り依頼を解決している詳しい理由をアリアに聞かれたグレンは、もはや隠す事もないだろうと、自分に与えられている役目を全て彼女に吐露しているのだ。


 つまり、今やアリアはグレンの秘密を知る唯一の冒険者であるわけだが。

 だからといって彼女は『ソティラス』の一員ではない。


 ギルドが冒険者に依頼を斡旋する事は普通なのだが、これに限ってはソティラスの仕事を彼女に押し付けている事になるのではないか? とグレンは思うのだ。


「い、いいえ。アリアさんは自分のやりたい仕事をやってくださいよ」

「やりたくてやるんだよ。私に気を使ってるんだったら、一緒に……行く?」

「い、いやいやいや! 僕は仕事があるので」


 グレンは大きくかぶりをふった。

 内心、嬉しい申し出ではあったが、他の冒険者も聞いていたので咄嗟に断ったのだ。

 しかも、聞いていたのは冒険者だけではない。

 

「アリア様……」


 グレンとアリアが振り向くと、そこにフィルネが立っていた。


「彼に接客は出来ませんから、依頼を受けるのであれば私が話をお伺いします。それと〝そんな奴でも〟一応従業員ですので、依頼に同行させるのはご遠慮ください」

 

 フィルネに〝そんな奴〟と言われてしまい、やはり前より嫌われているのだと実感するグレンだったが。

 捨てる神あれば拾う神あり────アリアがフィルネに一歩近寄り、腰に手を据えて言い放つ。


「あら。グレンくんは従業員に相当煙たがられているみたいだから、私が息抜きに連れ出してあげようかと思ったんだけど?」

「いえいえ、アリア様。少なくとも私は煙たがってなんかおりません。ただ彼の仕事が疎かになっては困るので」

「そうなんだぁ。でも、なんかグレンくんあなたを怖がってるみたいだし」

「そんな事ありませんとも。とりあえず受付なら私が致しますのでアリア様、アチラヘどうぞ!」

「あ、そう。じゃあ、お願いするわね!」


 どこか殺気に似た空気が広がる。

 一流の剣士同士の決闘に立ち会っている様な、謎のプレッシャーを周りにいた誰もが感じていた。


 一方でグレンは、カウンターの方へ向かうアリアとフィルネの背中を見ながら〝あの二人って仲悪いのかな?〟などと思うのだった。


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