第十一話 フィルネの想い
結局、完了報告に来た従業員は不明のまま、一週間程が過ぎた。
フィルネの祖母の病は叔父の作った薬で無事に回復に向かっていた。どこかの冒険者のお陰だが、当然その冒険者も謎のままだった。
しかし、その翌日。
何気無い会話から突破口が開かれた。
「────そういえば、フィルネが前に二日休んだ時はバタバタだったんだよぉ。冒険者も依頼者もいつになく多くてさぁ」
「ほんとゴメン。色々あって体調崩しちゃって」
「まあ、仕方ないけどね。それで〝猫の手も借りる〟つもりだったのに。よりによってアイツいないんだもん……本当に〝給料泥棒〟だよ」
「え? どういう事?」
給料泥棒とはグレン・ターナーの別称だ。
打ち切り業務しかしないグレンの事を、一部の従業員はそう呼んでいる。
フィルネが気になったのは、そのグレンが自分が休んだ日と全く同じ日に休んでいたという話だった。
偶然にしては出来すぎているとフィルネは思った。
とくにグレンは滅多に休まないタイプだからだ。
それを知ったフィルネの頭の中は冴え渡った。先入観を無くし客観的に物事が見え始めてきた。
先ずは、早々に打ち切られたリバイフラワーの依頼主などの依頼内容を詳しく知る者が、フィルネを除けば依頼書を処分したグレンだけであった可能性。
次に、あの日休んでいたグレンの行動は従業員の誰もが把握出来ていない事になるので、グレンが叔父の家に完了報告に行った従業員であったという可能性。
これに基づくとフィルネの中では〝あの花を取ってきた冒険者というのも実はグレンではないのか?〟という仮説が浮かび始めていた。
その仮説を立証するようにフィルネは仕事が終わった後に叔父であり依頼主であるレフの家に赴き、あの日完了報告に来たギルド従業員の特徴を再度訊ねた。
再度と言うだけあって、その答えが当時と変わるはずもなく。
叔父の答えは、若い男性でスラッとした細身の長身。そして少し茶色っぽい髪という、特徴を聞いただけならわりとどこにでもいそうな人物像のままだった。
ただ、当時のフィルネはグレンへの憤りから彼の存在を完全に除外していたが。
今になって固定観念を外して考えれば、グレンがその特徴にバッチリあてはまっていた事も確かだったのだ。
しかしフィルネには理解出来ない事がある。
それは、打ち切りにした依頼をグレンが自分で解決する理由である。
とはいえ、これに関してフィルネにはグレンがルウラ支店に来た時から一つの疑問があった。
何故──彼はわざわざ中央大陸のギルド本部からルウラに来て、依頼を打ち切るだけの仕事をしているのか。
つまりフィルネは前々から〝彼には何か裏があるのでは?〟と思っていた。
だが、それは今回の件である種の信憑性を増し。フィルネは途端に彼の〝謎めいた部分〟に興味が湧いた。
半数以上の従業員はグレンに対する極端なまでのサボりっぷりに呆れ果て、彼を無視している。
だからこそ、これまで従業員の誰一人もグレンの不自然さに気付かなかった可能性はある。
そう思ったフィルネは彼の監視を始めた。
そして注意深く観察していた所、グレンの不思議な行動に三日と経たず気付いた。
それは、グレンは打ち切りにした依頼書を〝捨てずに持ち帰っている〟という事だった。
その事に気付いたフィルネは、以後完全な疑いの目を持ってグレンの尾行を始める。
そして数日後、フィルネは知る事になったのだ。
打ち切りにした依頼を、閉店後にグレン自らが解決に動いているという事実──いや、秘密を。
フィルネは確信した。
やはりあの時、リバイフラワーを採って来たのはグレンに違いないのだと。
────それから一年以上もの間。フィルネはグレンの行動を見てきた。
いや。本当はずっとリバイフラワーのお礼を言うタイミングを探していたのだ。
しかしグレンを調べる程に、彼がその事を他人に知られたくない理由があり隠しているという事もわかってきたので。フィルネはずっと知らないふりを続けている。
だがフィルネは知っている。
グレンはリバイフラワーを取ってくるだけの能力を持ちながら、それでも何故かバカにされる生き方を選んでいる事を。
そして、その日からフィルネの中には不思議な感情が芽生え始めたのだ。
何故、報われない依頼主の為に危険を冒し働く彼が嘲笑われなければいけないのだ!……と、いう誰に向けるでもない怒りと。誤解されたまま何も言い返さないグレンに対してのやるせない気持ち。
そんな複雑な感情を秘めながら、フィルネは毎日冒険者ギルドで働くグレンを見てきたのだ。
いつか彼が、その理由を自ら話してくれると信じながら────
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