第十話 ゼルー山脈のリバイフラワー

 ◇◇◇◇◇◇


 フィルネは自分の横を俯き加減に黙って歩くグレン・ターナーを横目で見ながら、心底もどかしい気持ちだった。


 ──これだけきっかけを作ってるのに、どうして彼は本当の事を言わないのよ!?



 ──── 約二年前 ────


 その日、十六歳のフィルネ・レンペルはベッドの上で横たわる一人の女性を心配そうな顔で見つめていた。

 それは昨日まで元気に畑仕事をしていた、フィルネの祖母だった。


 しかし現在、祖母の右手の先から肘の辺りまでは血の気を失ったように薄紫色をしている。

 その手を慎重に触診していた白髪混じりの男──レフ・エリートがボソリと呟いた。


「やはり、これは腐食病だ。治すにはリバイフラワーがないと……」

「腐食病って。そんな……」

 

 レフはフィルネの叔父にあたる人物で同時に医師でもある為、彼の診断は概ね間違いないだろう。

 故にフィルネは絶望感を募らせていた。


 腐食病は珍しい病で、指先から腐りはじめ一ヶ月もすれば内臓まで達して死に至る難病だからだ。

 唯一の治療方法はリバイフラワーという花を煎じて作った薬だった。


 リバイフラワーは別名〝復活の花〟と呼ばれる万病を治す特効薬の材料であるが、とにかく入手が難しい。


「婆ちゃんには世話になったから、もちろん僕も全力で協力させてもらうよ。ただ、あの花の入手はお金ではどうにもならないんだ……」

「はい……わかってます」


 フィルネは大のお婆ちゃん子だった。

 昔から両親は共働きだったし、フィルネがルウラのギルドで働き出してからも帰ってきたフィルネを真っ先に出迎えてくれるのは祖母だったのだ。


 だから何としても祖母を助けたいのはフィルネだって同じであった。しかし材料の花がなければ何も出来ない。

 入手は当然冒険者に頼るしかなく。翌日、ギルドに出勤したフィルネは叔父に言われた通りに依頼書を作成した。


 しかしその数日後。

 〝ゼルー山脈のリバイフラワー採取〟という、フィルネが自ら掲示板に貼り付けたその真新しい依頼書は早々に打ち切りにされた。


 唯一リバイフラワーが咲くゼルー山脈は、かつて魔王の拠点があったとも云われており、Sランク冒険者でも躊躇するような魔物達の生息地帯である。

 なので請け負える者が限られる依頼なのは分かっていたが、あまりに打ち切りが早い事にフィルネは驚いていた。


 傷などと違い、病は回復系の魔法での治療が不可能だ。治す為には薬に頼るしかない。

 つまり、あの依頼が打ち切られたらフィルネは祖母を助ける術がなくなるのだ。


 依頼を打ち切ったのは中央大陸のギルド本部から少し前にやって来たばかりの従業員、グレン・ターナーだった。

 

 それまでルウラの冒険者ギルドでは、打ち切りの依頼に関しては従業員全員で相談して決めていた。

 しかし彼が来てから、打ち切りに関する事は全て彼に一任される事になり、他の従業員がそれに意見する事はギルドマスターにより禁止されたのだ。


 しかし、さすがのフィルネもこの時ばかりはグレンの行動に疑問を呈した。


「グレンくん。あの依頼どうして打ち切ったの?」

「いや、あれはもう見込みがありませんから」

「だって、一週間も経ってないのよ?」

「え、まぁ……。でも危険な依頼ですし、多分やる人はいないと思いますよ」

「慣れた人なら取って来るくらい出来るんじゃない? 依頼を紹介するのもギルドの仕事なんだし」

「それはまあ、そうですが。この辺りの冒険者に、あれをこなせるだけの人は……いないかと」

「あ、そう……」


 グレンの言う事も間違ってはいない。冒険者ギルドにとって、依頼主も冒険者も双方がお客様なのだから。

 冒険者を危険にさらすような斡旋をしてはならない……という規約もある。

 その為に冒険者ランクはあるのだから。


 しかし、──じゃあ私の祖母の病はどうなるの? とフィルネは納得し難い思いだった。

 もっとも、それは私的な理由でしかないので口にこそしなかったが。グレンに対しては遺恨を残した。


 ────その日の夜。


「依頼を受けてくれた冒険者さんいたの?」

「まだ誰も……」


 父や母の質問にフィルネは答えられず、ただただ自分の無力さに部屋で一人涙を流すだけだった。

 その日から仕事をする気も無くなり、フィルネがギルドを休んで二日目の夕方を迎える頃。

 突然、叔父の家にリバイフラワーが届けられた。


 叔父がフィルネに伝えたのは〝名も無き冒険者の手により達成された〟という事をギルド従業員がリバイフラワーと共に伝えに来たという話だった。


 喜びと共にフィルネは不思議にも思った。

 あの依頼は確かに掲示板から剥がされ、冒険者には請け負われていないはずだったからだ。



 翌日。ギルドに出勤したフィルネは、リバイフラワーの完了報告をしにきた冒険者の事や、依頼人にその報告をおこなった従業員についての事を聞いて回ったが、誰一人知らないようだった。


『リバイフラワー? そんな依頼あったっけ?』

『昨日は忙しくて従業員は誰も報告に出てないはずだけどなぁ』

『ここ二日の間で? 冒険者からの完了報告は三件程あったけど、そんな依頼の報告はなかったな』


 フィルネの調査では、少なくとも昨日の夕方までに店を出た従業員は一人もいなかったという。


 あとフィルネが聞いていなかったのは唯一グレンくらいだったが、彼はそもそも受付をしない。

 何より依頼を打ち切りにした本人なので、考えるだけでも腹が立つし、聞くまでもないとフィルネは思っていた。

 

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