第九話 同い年の怖い先輩

 

 アリアから逃げ出すように冒険者ギルドに出勤してきたグレンの一日は、今日も掲示板を見る所から始まる。


 冒険者達に混じって掲示板の依頼を見ると、今のところは売れ残りそうな依頼は見当たらなかった。

 何度も言うがコミュ障のグレンは、依頼達成を依頼主に知らせる必要がある仕事は極力やりたくないのだ。


 その点、討伐系の依頼などは魔物が出て困っているという漠然とした内容が多く、魔物さえ倒せば問題ないので完了報告をしなくても誰も困らない事が多い。


 報酬が欲しいなら話は別だが、グレンにとってはストレスを抱えて報酬を得るより、報告しなくてもよい討伐系の方が気が楽だった。

 

 もちろん〝冒険者ギルドに頼んだおかげで解決した〟という信頼に繋げる努力は大事だが、毎回そこまでする必要はない。

 〝適度に〟やる事がバランスを保つ事に繋がるのだから。



「おう、ゴミ箱じゃないか。ちゃんと魔物の勉強はしてるのか?」


 グレンには耳を塞ぎたくなる声だった。

 声の主はレオン。彼は大きな仕事が一段落したらしく、最近は毎日のようにギルドに顔を出している。

 そしてその度にグレンを弄っていた。


「そ、そうですね。勉強させてもらってます」

「頼むぞ。ギルドの従業員が無知では、俺達冒険者が安心して依頼を受けれないからな。ああ、ゴミ箱くんはどうせ接客も出来ないから同じか……ハッハッハッ」

「は、ははは……」


 冒険者ギルド側からすれば冒険者はお客様だ。何を言われても言い返しは許されない。

 どちらにしろ、目を合わす事すら出来ないグレンが言い返す事なんてないのだが。


「グレンくん。ちょっと付き合ってくれる?」

「え、はい?」


 大きな緑色の石を抱えたフィルネが、レオンとグレンの間に割り込んだ。

 彼女が二人の間に割り込むのは別に珍しくない。むしろよくある事で、その理由としてフィルネがレオンの受付担当になっているからだ。


 普通、ギルドに〝担当〟などは特にないが、いつからか『レオンにはフィルネ』という常識が出来ていた。

 レオンがフィルネを気に入ったのか、その逆なのかはルウラ支店の従業員の中で密かに議論されている。


 ただ、彼女がグレンの方に用がある事は珍しかった。

 普段は話し掛けると無視されるだけに、さすがのグレンも何事かと戸惑いの目をフィルネに向ける。


「なによ。依頼主の所までこの鉱石を運ばないといけないの。重いから持ってくれない?って言ってるんだけど……どうせ暇でしょ」

「あ、あぁ、はい」

 

 グレンに緑の石を渡し、彼女はサッサと歩き去っていく。すっぽかされた様な顔のレオンを置き去りにして、グレンは慌ててフィルネを追い掛けてギルドを出た。


 グレンが彼女に渡された鉱石は言われた事とは違い、驚くほど〝軽い!〟

 彼女はレオンから自分を離しているのだろうか? などとグレンは度々思う事があった。その理由はわからないのだが……


 その後フィルネとグレンがルウラの街外れにある依頼主の家に着くと、彼女が依頼達成の報告をし、グレンは緑の鉱石を渡し報酬金を受け取った。

 こうして彼女の用事はアッサリ終わった。


 ちなみに冒険者は依頼完了したらギルドに報告して、ギルド報酬(報酬金から手数料を引いた金額)を受け取り終了だが。

 ギルドの従業員は、依頼主への完了報告と報酬金を受け取ってくる必要がある。


 依頼内容が何かを取ってくるような採集系の依頼だったり、何かを作るような生産系の依頼だった場合。

 冒険者からそれを受け取った担当者が依頼主の所まで責任もって届けなければならない。


 こうした一連の仕事を終えるあいだ、フィルネとグレンは何の会話もなく気まずい空気が流れていた。

 ところがギルドに戻る時になって、フィルネがようやく口を開いた。


「グレンくん。冒険者ギルドにとって大事にしなきゃいけない事って何だと思う?」

「え、えーと。依頼主の依頼を冒険者にしっかり届ける……とか、ですか?」

「そうだね。でもさ、それでも冒険者に届かない依頼ってどうなるか知ってるでしょ?」


 ──なるほど、嫌味を言われてるのか。と、そうグレンは思った。

 何故なら依頼の打ち切りだけが自分の仕事だからだ。


「そ、それは……、期限切れで破棄されます」

「そう。冒険者は皆自分の都合で好きな依頼を選んでお金を稼ぐけど、依頼主は自分で解決出来ないから私達を通して冒険者に依頼するの。で、破棄されたら問題を解決出来ないのよ」

「それは……し、仕方ない事ですよ」


 その言葉にフィルネがグレンを睨む。

 怒らせたようだ。


 しかし、これは世界各地の冒険者ギルドで普通に起きている仕方のない事だった。

 世の中は需要と供給で成り立っているのだから、いつでも都合よく問題が解決されるわけではない。


「わかってるわよ。それでも、本当に困ってる人の為に選り好みせずに依頼を受けてくれる冒険者がもっといてもいいよね? って話……」

「ま、まあ。そうですね」


 彼女の話を聞いてグレンは『ゴブリンなんて……と言っていたレオンにも聞かせてやりたい話ですね』なんて事を思ったが口にはしなかった。


「あとさ。私達って同い年だよ? いい加減に敬語やめてくれない?」

「あ、はい。ごめんなさい……」


 フィルネは再度グレンを睨み、グレンは罰の悪そうな顔で俯いた。

 

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