第八話 ゴミ箱の正体

 ペット探しという依頼は内容によって難易度がかなり異なるもので、今回ギルドに寄せられていた依頼は報酬に見合わない難易度の高さでかれこれ二ヶ月、誰にも請け負われていなかった。


 そして時刻が夜の九時を回った頃。

 既に暗闇に包まれた街の中で、グレンは公園の茂みに顔を突っ込んでモゾモゾと動く生き物を捕まえていた。


 全感知の風魔法〝オールセンシス〟は、使用者の能力によって効果が大きく変わる魔法だが。

 グレンの魔力ならば王都ルウラの全体をサーチする事も可能だ。


 その結果発見できたその生き物は、ニャア……と鳴き声をあげた。それは黒一色の猫で、首輪等は一切付けられていなかった。

 飼い猫だと判断する事すら難しく、ましてルウラは王都で捜索範囲は途方もない。余程、感知魔法に長けた者じゃないと運に頼る事になっていただろう。


「よしよし、良い子だ。朝になったらおうちに帰ろうな」


 翌朝────

 グレンは一件の小さな家のドアを叩いていた。

 やがて齢七十歳ほどの白髪の女性が、誰が訪ねて来たのかと怪しむように半開きのドアから少し顔を出す。


「お、おはようございます。冒険者ギルドの者ですが、リセリア様ですね? こちらの猫ちゃん……あの、間違いないですか?」

 

 次の瞬間、その女性の目が見開かれ。

 半開きだったドアは勢いよく全開に開かれて、あやうくグレンは顔面にそのドアの一撃を食らう所だった。


「まあっ!」と、女性はグレンから猫を奪い取ると、その体にスリスリと顔を押し付けて興奮気味に言った。


「もう無理だと諦めかけていたの。お兄さん本当にありがとうね」

「いいえ……見付けたのは冒険者の方ですから。依頼は完了です。で、では……報酬金をお願いします」


 グレンにお金を渡してからも、女性は何度もお礼を言い続けていたのだが。

 それにグレンはどう応えてよいかわからず、ペコリと一度だけ頭を下げると、その場を後にした。


 グレンにとって、人と接する依頼完了報告は本当にストレスでしかなかった。

 精神的に疲れ、大きくため息を吐く。

 やれやれ……とギルドに向かおうと顔をあげたグレンの目の前にアリア・エルナードが立っていた。

 思わず半歩身を引く。


「ふーん。そういう事ね……」と、腕組みしたアリアが意味深な視線をグレンに向ける。

 驚きで口をパクパクするグレンに彼女はさらに続けた。


「リセリア・アースノルの猫探し……だっけ?」

「な、なななんですか? 急に……」

「あの依頼書って長いこと誰にも取られてなくて打ち切られたよね? それをどうしてキミが解決してるのかな?」


 アリアの口調はまるで犯人を追い詰める探偵さながらだ。

 疑わしげな瞳を向けられたグレンは、目を剃らしながらも頭の中はパンク寸前であった。


 ──何故彼女がここにいるのか。しかも何故依頼の事を知っているのかと、様々な疑問にグレンは動揺を隠しきれない。

 

「ど、どうしてアリアさんが、打ち切り依頼の事を知ってるんですか?」

「キミが外す所を見てたからね」

「な……なんで」

「私ね。嘘つく人はわかるんだぁ」


 と、アリアがニコッと笑う。

 グレンは警戒した。彼女が言う〝嘘〟とはゴブリンの件だと直ぐにわかったからだ。


「キミってさ。打ち切りした依頼をやってるんじゃないの? 受付の人に聞いたら、渓谷のゴブリンの依頼も君が打ち切りしたらしいし」


 鮮やかな推理を展開する名探偵アリアを見て、グレンは覚悟を決めた。

 彼女はあの日から自分をずっと調べており、密かに行動を見張っていたとしか思えなかった。もはや言い訳は無駄だろう。


「こ、この事は誰にも言わないでください……その、従業員にも……です」

「オッケーオッケー。なんか理由があるんだね。誰にも言うつもりは無いから安心してよ」

「そう、ですか……それは助かります。あ、ありがとうございます」


 意外と軽い感じでピースまでしてくる彼女を見て、グレンの不安は多少解消されたが、完全に気を許してはいない。

 

「あのね……」と続ける彼女の言葉にビクッと肩が跳ねたグレンだったが、彼女はグレンの警戒心を解くように話始めた。


「別にキミの仕事を詮索するつもりはないよ。ただ……、私は、ただお礼を言いたかったんだよ」

「お礼……ですか?」


 アリアは事の全てを説明した。

 グレンがベイナントのゴブリン討伐をする少し前、すでにアリアがそのゴブリンと戦闘になっていたという話だ。


「君が来なければ私は……ってまあ、それはもういいんだけど。私に何かお礼出来る事があったら言って」

「い、いえ本当に……たまたまです……助ける気はなかったし。それでは僕は急いでギルドに出勤しなきゃいけないので!」

「ああ、うん。じゃあね」


 出勤を言い訳に慌ててグレンはその場を立ち去ったが、実際には彼女に感謝された事にテンパってしまったのだ。

 グレンは人に感謝される事も苦手だった。

 ただこの時ばかりは、いつになく自分のコミュ障っぷりに嫌気がさしたのは確かだ。

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