第七話 『ソティラス』
冒険者ギルド運営にとって重要な事は、需要と供給そして難易度と報酬のバランスである。
そしてグレンの仕事はまさにそれを調整する仕事とも言えた。
これは各地の冒険者ギルド共通の話だが、掲示板に次々と新規の依頼が貼られると古い依頼は端に追いやられ、それでも売れ残る依頼は打ち切られるのが一般的だった。
依頼が売れ残る原因は仕事内容に対して報酬金が安いか、極端に難易度が高すぎるかのどちらかだが、概ね報酬金が原因である事が多い。
かつて、ギルドマスターはグレンに言った────
「冒険者には大きく分けて二つのタイプがいる。利益だけを考える者と依頼人を助ける事を主にする者だ。
私は前者を〝利益型〟後者を〝英雄型〟と呼んでいる。利益型は小さな依頼には見向きもせず、英雄型は些細な依頼にも目を向ける。
ギルド運営に必要なのは両者のバランスなのだ。グレンくんには我がギルド専属の英雄型となってほしい……」
残念ながら世の冒険者の殆どは利益型だ。
現実的に英雄型なんてのはギルドが奨めた依頼をよく分からず受けてくれる〝初心者冒険者〟が殆どだ。
故に仕事を確実に片付けてほしい依頼主は、少しでも実績ある冒険者から注目を集めようとして報酬を良くする。
しかしそれでは資金力のある者が優先され、資金を出せない者の依頼は売れ残る事になるが、内容の重要度は資金とは関係ない事だ。
だからその差を少しでも無くす為に、ギルド本部がグレンに求めたのは専属の英雄型として働く事だった。
しかし、これは非常に加減の難しい仕事だ。
何故ならやり過ぎると『売れ残っても結局ギルド側が何とかしてくれるらしい』という噂が広まり、高い報酬を出さない依頼主が増えていくからだ。
そうなると冒険者達の生活はもちろん、報酬金の十五%で依頼仲介をしているギルド側の運営にも影響してくるだろう。
つまり、これがバランスの重要性なのだ。
その為に、グレンが行ってる専属英雄型の仕事はギルド本部の三つの意向に基づいて〝秘密裏に〟おこなわれているのだ。
(一)に、打ち切りの依頼を極力減らす事で、多くの依頼主に信頼されるギルドを作り上げる事。
(二)に、(一)を行いつつ効率型と英雄型のバランスを適度に保つ事で、依頼内容に適した対価報酬を維持する事。
(三)に、依頼内容を見極めて、適切な打ち切りを行い。危険な依頼から冒険者の身を守る事である。
例のゴブリンの依頼なんかが(三)にあたるものだった。
一見、初心者冒険者にはもってこいの仕事内容なので放っておけば別の誰かが請け負っただろう。
つまり打ち切る必要はなかったように見える。
しかし前に請け負った三組の冒険者は、いずれも何の報告も無く依頼放棄となっていた。
ギルドでは依頼を請け負ってから一定期間連絡が無い場合は〝依頼放棄〟として扱われる。
冒険者が受けたまま遠くの地に旅立ったり、面倒になって投げ出したり。
下手すると別の街で別の依頼を受けて、元の依頼を忘れてしまったりする冒険者もいるからだ。
グレンはゴブリン討伐程度で依頼放棄が続く事に妙な違和感を感じて打ち切りにしたが、実際に討伐対象のゴブリンが異常にレベルが高いというイレギュラー案件だった事は確かで、過去に請け負った冒険者は全員殺されたと考えて間違いなかった。
冒険者を殺した事で更にゴブリンは良い装備を得たり、レベルが上がっていたので、あのまま次の冒険者に任せていたら、更なる死体の山が築かれていただろう。
このような危険な仕事からも逃げる事が許されないのがグレンの仕事だ。
中央大陸ギルド本部においてグレンは『ソティラス』と呼ばれている。
ソティラスはチーム名で、グレンを含めてメンバーが四人おり。全員がイレギュラーに対応出来るだけの高い戦闘力を有している。
ギルド本部は二年前。ソティラスを使い、試験的に各地のギルドのバランスを取る実験を開始した。
残りのメンバーも世界の何処かで本部の意向を背負って秘密裏に働いているのだ。
もっとも、二年も経てばメンバーが増えている可能性もあるが。
──まあ。何にせよコミュ障のグレンには、接客をしなくてもよいというだけで気分が楽だった。
そして今日もグレンは掲示板に貼られている一つの依頼をサッと外す。
〝リセリア・アースノルの猫探し〟と書かれていた。
「たまには、こういう依頼もやらないとなぁ……」
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