第六話 自虐的な嘘


 レオンのせいで最近では新人の冒険者までグレンの事を『ゴミ箱』という名で覚えたりする。

 アリアもこの辺りでは比較的新人の冒険者なのだが、どうやら彼女は違うようだった。


「いや別に私はバカにしてないけど? ただ、本当にキミ何も知らないの?」

「はい、僕は知らない……です。誰か高ランクの冒険者さんとかじゃ……ないですかね?」

「え? うぅん……」

「アハハっ! バァカ、高ランクの冒険者が雑魚のゴブリンなんか相手にするかよ。アリアちゃんが返答に困ってるだろ。ゴブリンの強さも知らないとか本当にギルドの従業員か? あ、いや……ギルドのゴミ箱だったな。これは失敬、失敬」


 レオンにバカにされグレンは多くの視線と下品な笑いに囲まれ、情けなさに顔を赤くしてうつむくしかなかった。

 アリアは、というと。笑いこそしないが複雑な表情でグレンを見ていた。むしろ笑いを通り越して呆れているかのようにも見える。



「申し訳ありませんレオン様……」と、この最悪のタイミングでフィルネが現れ、レオンに頭を下げた。


「ご存じの通り、彼は依頼書を剥がすだけが仕事ですので至らない所もあると思います。ところで本日のご用件は? よろしければアチラで伺いますね」

「ははっ、それは仕方ない。そうだ俺は依頼達成の報告に来たんだった。じゃあなゴミ箱くん、ゴブリンの勉強もしたまえよ」


 最後まで嫌味を吐き続けたレオンは、仲間達と共にフィルネの後を追って受付の方へと向かった。


 グレン的には、フィルネの『依頼書を剥がすだけが仕事』という言葉に少し刺を感じたが。レオン達にバカにされ続ける状況からは逃れられたのだから、結果的にはそこまで悪くないとも思えた。

 だが、せめてこれ以上恥を晒すのはゴメンといった所だ。


 静かにその場を立ち去ろうとしたが、そんなグレンをまたもやアリアの質問が引き止める。


「ねえ、キミ……どうして、私が見たのが高ランクの冒険者だと思ったの?」


 グレンはアリアの質問に対して何とも言えない違和感を感じた。彼女の質問はただの蒸し返しにも聞こえるが、レオンのようにバカにした感じではなかったからだ。

 例えばそう。どうして高ランクの冒険者だと〝わかったのか〟と、問い詰められているようだった。


「え、え……と。それは」

「ああ、えっとね。私は高ランク冒険者が皆ゴブリンを無視するとは思ってないよ? でも相手にしない人の方が圧倒的に多いのは確かだよね。これって一般常識的な話だよね」


 グレンは自分が追い詰められている事に気付いた。

 これは彼女の誘導尋問で、返事を間違えれば全てがオジャンになりそうだ。

 おそらく彼女は何らかの理由で、渓谷にいたイレギュラーなゴブリンの強さを知っているのだろうとグレンはすぐに察した。


 ──いや、しかしまだ逃げ道はある。この状況を矛盾なく誤魔化せる言葉があるではないか。


「は、はい。レオンさんが言った通りですよ。ぼ、僕はゴブリンの強さを……知りません」


 グレンの完璧なまでの自虐発言は、周囲の冒険者達を失笑させていた。

 そして完全にグレンに疑いをかけていたように見えた彼女は「ふーん……そうなんだ」とだけ言い残し、アッサリとその場を立ち去った。


 とうとうアリアからも無能な従業員だと思われてしまった事は誰の目にも明らかだった。

 これまでもバカにされ続けたグレンだが、今回ばかりは少し落ち込み深く肩を落とした。


 ────それから数日が過ぎたが、もうアリア・エルナードがグレンに話し掛ける事はなかった。


 ゴブリン討伐を認めておけば自虐的な言い訳をする必要もなかったのだろう。しかし彼女がどこまで知っているのかも、何を言いだすかもわからなかった以上、グレンに選択肢はなかったのだ。


 もし、グレンが正直に答えて。

 アリアが多くの冒険者を前に『ギルドの打ち切り依頼は従業員が解決しました』なんて事を叫ぶような事態になれば。

 ルウラの冒険者ギルドの様々なバランスが崩れかねないのだから。

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