第五話 あだ名はゴミ箱
目を皿にして掲示板を見つめていたアリアが突然「あの依頼書ないじゃん!」と、綺麗な顔とは少し不釣り合いな、幼さを感じる声を店内に響かせた。
〝あの依頼書〟とは……? そう思ったのはおそらく周囲にいた皆が同じだろうが、当の本人は辺りをキョロキョロ見回しており、その視線は何故かグレンを見て止まった。
途端に、真っ直ぐ自分に向かってくる彼女の姿はコミュ障なグレンにとって不安要素でしかなかったが、彼女が〝個人〟ではなく〝従業員〟に用事がある事は先の言葉からも予想出来るのだ。
故にグレンは自分が着ているピンクのストライプという派手な従業員制服を恨んだ。
それさえ着ていなければアリアの目に止まる事もなかったのだから。
だが逆にそれは〝従業員に用事がある〟とわかっているのだから難しく考える必要はない。
『僕には分からないので他の従業員に聞いていただけますか?』と答えるだけの簡単な作業だからだ。
ところが、それは使えなかった────
「ねぇ、キミ! 朝、ベイナント渓谷にいたよね?」
この瞬間、グレンが考えていた受け答えは使えなくなった。
何せ彼女の言葉は〝従業員〟に対して投げられた内容ではなく〝自分〟に限定して投げ放たれたのだから。
────そして話は冒頭に戻り。
グレンとアリアの『見た』『知らない』の攻防が始まる。
「え?……はい? なんの話でしょう、か?」
「いや、きっとキミだってば」
「ど、どなたかと間違ってるん……じゃ」
「まあ確かに顔はハッキリと見てないんだけどね……」
「で、ですよね? 僕は身に覚えがありませんし。仮に僕だったらなんですか?」
話下手ながらも何とか必死で誤魔化し続けていたグレンだったがアリアは折れないどころか、ここにきてグレンを絶句させる一言を発した。
「あはっ! やっぱりキミだよ────ねぇ、あのゴブリン。どうやって倒したの?」」
ベイナント渓谷でゴブリンを倒した事はグレンにとっては最重要秘密事項だ。
だが確かに彼女の言う事は何も違っていない。
〝あの時〝グレンの近くに彼女がいたという事実を突き付けられただけだ。
何故、あの時に限って〝感知魔法〟を使わなかったのだ……と後悔しつつも、グレンには一つ疑問があった。
──何故、彼女はあんな所にいたのだ?
ベイナント渓谷は宝石商や鍛治屋が鉱石を掘りに行く用事でもなければ、フラフラと赴く場所ではない。
何か依頼を受けていたなら理解出来るが、あの場所に関する依頼と言えば〝ベイナント渓谷のゴブリン討伐〟くらいしかグレンには思い付かなかった。
しかし、その依頼は数日前にグレン本人が打ち切っており、冒険者が請け負えるはずはなかった。
いや、そんな事よりも重要な事がもう一つある。
そのゴブリンが〝ベイナント渓谷のゴブリン討伐〟という依頼の〝討伐対象〟だという事を彼女は知っていたのか? という事だ。
知っていたならそれは大問題である。
何故ならグレンが秘密裏におこなっている〝裏の仕事〟に関与する可能性があるからだ。
アリアがどこまで知っているかが不明な以上、グレンは誤魔化し通すしかなかった。
精一杯の演技で「な、なんの話ですかね……」と、見に覚えがない素振りをするグレンに対して、アリアは「うーん……」と自信無げな表情を見せた。
幸いにも彼女がグレンにそれ以上突っ込む気配はなく、これでこの話は終わるかのように思えた────しかしそこに、第三者が割り込んだ。
「おいおい、ゴブリンだって?」
見るからに高価そうなロングソードを背負った男が人混みから抜け出てきた。それに続いて神官服を着た男と大きな盾を持つゴツイ男が後ろに控える。
アリアはキョトンとした顔をしていたが、グレンは彼等をよく知っていた。
パーティー名は『ヴァルハラ』で、最初に割り込んで声をかけてきたロングソードの男は、レオン・ペルムというヴァルハラのリーダーだった。
「ちょっとアリアちゃん。〝ゴミ箱〟がゴブリンを倒したからって驚くのは流石に大袈裟でしょう。それ、遠回しに彼をバカにしてるじゃーん」
そう言ってレオンはクスッと笑う。
このレオンという男はグレンを見る度にバカにしている。
普段から依頼書を剥がす仕事しかしていないグレンに『ゴミ箱』というあだ名をつけたのも彼だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます