第四話 従業員に嫌われる従業員

 ◇◇◇◇◇


「あのぉ……フィルネ、さ……ん……?」


 グレンが声をかけると、店内にある掲示板に新規の依頼書を張り付けていた童顔に金髪でショートヘアーが似合う可愛いらしい女性が振り向いた。

 彼女──フィルネ・レンペルは、グレンと同い年だがこの支店ではグレンより二年先輩だ。


 彼女はチラっとグレンを見たが、何も聞こえなかったようにスタスタと立ち去ってゆく。

 そこでもう一度声をかける度胸をグレンは持ち合わせていない。


 グレンは人とのコミュニケーションが苦手なのだ。

 目を合わせられず、会話も続かない。しかもこの支店にはグレンを含め十人の従業員がいるが、半数以上がグレンを良く思ってなかった。


 理由は簡単。従業員でありながら〝接客業務〟をしていないからだ。いや。正確には〝しない〟からだろう。


 従業員に裏では〝役立たず〟だとか〝給料泥棒〟だとか言われており、その事もグレン本人は知っている。

 だが、それでも接客はしない。

 根本的にコミュ障であり、そもそも〝出来ない〟という理由もあるのだが。


 グレンは冒険者ギルドの従業員になる時から〝受付などの通常業務は一切しなくてよい〟と本店のギルドマスターに言われているのだ。

 だからと言って同じ店で働く従業員達が全員納得する理由にはなりえないのだが。


 フィルネが立ち去り(無視され)、途方に暮れたグレンはとりあえず別の従業員を探す。

 

「が、ガイさん……」と、グレンがようやく無理をして声をかけたのはベテラン従業員のガイ・トッツォだった。

 年齢は三十歳。このギルドの従業員の中では中堅辺りの立場で、グレンにも普通に接してくれる数少ない人物でもある。


 ガタイがよくて強面だが、根は優しいナイスガイの彼が「おう、どうした?」と明るく返事を返してくれた事にグレンの表情も心なし緩む。


「あのぉ……〝G・ワームの巣穴に落としたペンダント回収〟の依頼……売れたんです?」

「あぁ、昨日の朝に『聖女様』が受けたみたいだな」

「そ、そうですか……」


 G・ワームとは直径二メートル、長さ十二メートル程にも及ぶ巨大な虫系の魔物で地中に巣を作る。

 巣の出入り口は縦穴になっており、高さは十メートル近くにもなる。


 そこに落ちた物を取るのは一苦労で浮遊魔法でも使えるなら良いのだが、下に降りれた所でG・ワームと戦闘になる可能性は高い。

 危険なうえ、手間もかかる仕事なので売れなかった依頼の一つだ。


 そんな依頼を受けたのはアリア・エルナードだ。

 〝聖女様〟と呼ばれているのは白を基調にした清楚な服装で、光の魔法を使いこなす美人だからなのは言うまでもないが。

 グレンからしたら、一生話す事もない雲の上の存在なので聖女を超えて〝天使〟でも納得しただろう。


「それがどうかしたか?」

「な、何でもないです」

「ああ、そういえば〝ベイナント渓谷のゴブリン〟は、掲示板から外したんだな」

「はい。まあ色々考えまして。先日、外しました」

「まぁ古い依頼をダラダラ貼っておくスペースは無いしな。良い判断だと思うよ……」


 冒険者ギルドでは、新規の依頼書が次々掲示板に貼られる為、いつまでも売れないような依頼は掲示板の端へと追いやられる。

 それでも売れない依頼は見切りをつけて剥がされるのだが────それがグレンの仕事だった。


 忙しく受付でお客様の応対をしている者達からすれば、掲示板を眺めて売れ残りそうな依頼を打ち切るだけの仕事なんて、遊んでいるように見られて当然だった。


 何となく気まずさを感じたグレンは「では、僕は掲示板を見てきますね……」と、その場を離れた。

 グレンにとってガイは普通に話してくれる従業員ではあるが、内心では彼もどう思っているかわからないというのが本心だ。


 『良い判断だと思うよ』って言葉は、逆にそれくらいしか返す言葉が見つからなかったのだろう、という風に捉えてしまうのがグレンの盛大にネガティブな思考なのだ。


 逃げるように立ち去ったグレンは、新旧様々な依頼で埋め尽くされた掲示板を眺める冒険者達に紛れ込んだ。

 そして依頼に目を通していると、急に人混みが乱れはじめた。


 すぐに掲示板に向かって簡単な花道が自然と作りあげられた。そこを歩いて来たのは聖女様こと、アリア・エルナードだ。


 薄手の白いチュニックの上からブレストプレート、膝上丈の白と薄水色のタータンチェックのスカートという格好だったが。 

 いつもの彼女と違い、ブレストプレートを身に付けてる姿は少し新鮮だ。


 聖女様だなんだと冒険者達がざわめく中。当の本人は全く気にもせず、何かを探しているのか掲示板のあちこちに視線を走らせていた。

 

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