第三話 イレギュラー


 ゴブリン討伐なんてのは概ね依頼報酬が安い。

 その理由は、討伐依頼を請け負える最低ランクの〝D〟ランク冒険者なら余裕だし、数が少ないなら討伐系を請け負えないような〝E〟ランク冒険者でも楽にこなせる仕事だからだ。

 

 ただ、アリアが見たその依頼書には【再】の印が三つ押されていた。

 何かの理由により〝達成できなかった〟もしくは〝放棄された〟場合に押される印鑑である。

 詰まるところが、その依頼は三回も途中で投げ出されているという珍しい依頼書なのでアリアは覚えていたのだ。


 しかし報酬は安く、アリアが請け負う理由はないし他の冒険者も概ね同じ考えに至るだろう。


 ルウラの冒険者ギルドは依頼数が多いので、ゴブリン退治程度の仕事をやるくらいなら近場で報酬の高い依頼がたくさんある。

 それが王都ルウラの〝いいところ〟でもあるのだから。故に、あの依頼書を手に取るのは初心者か暇人くらいだった。


 だが例外はある。

 例えば別の依頼で近くまで足を運んでいた時などで、まさにアリアはついでに寄り道程度の気分だったのだ。

 倒した後からギルドで依頼書を取って受付に出せば良いだけの事だった。


 それがまさかこの様な窮地に立たされる事になろうとはアリアには予想すら出来なかったのだが。


 ただ。アリアにはやはり神の御加護があるのだ。奇跡が起きている事をアリアは感じていた。

 ゴブリンの足音が遠ざかっていくのだ。


 ゴブリンはアリア以外の〝何者か〟に気付いて向きを変えたのだ。

 岩陰から顔を覗かせるアリアの目には、去り行くゴブリンの向かい側から歩いて来る何者かの姿が見えた。


 それは間違いなく人だ。

 依頼を受けた冒険者かもしれないし、たまたま通った人かもしれないが、期待を胸にアリアは岩陰からもう少し顔を出して目をこらしてみる。


 その人物は身長が高めで細身だった。

 ヒョロっとした……という言葉がよく似合うが、それは逆に身体能力はあまり期待できなさそうにも見える。

 あれで討伐に来た冒険者ならば魔法に頼るタイプだろう、と判断出来る程にヒョロい。


 自分と同じく詠唱の時間も与えられず、長くは持たないだろう……とアリアは半ば諦めたようにため息を吐いた。


 ところが次の瞬間。

 コトン……と、ゴブリンの首が地面に落ち、頭部を失ったゴブリンが地面に崩れ落ちたのだ。

 一瞬の出来事だった。

 〝長くは持たない〟と予想したアリアの読みは間違ってはいなかったが、その結果は全く別のものだった。

 

 しかしその人物はゴブリン討伐の証拠になるような物を何一つ持たずに去って行こうとする。

 依頼で来た者ではないのか。圧倒的強者のお遊びなのかはわからないが、うっすらその人物の顔が見えた。


 年齢はアリアと同じくらいだ。他には栗色のミディアムストレートヘアというくらいで、あまり特徴はない。確かなのは男だという事くらいだった。

 

 しかしアリアは何処かで見た事がある気がしていた。

 ──確か冒険者ギルドの店員ではなかっただろうか? と、記憶を呼び起こすが確証には至らない。


 話しかけようと思った時には既にそこに男の姿はなく。とりあえずルウラに向け歩みを進めたが、何時間歩けどアリアにはあの男の背中すら見えなかった。


 冒険者ギルドの従業員ならルウラに戻るかもしれないと思っていたが、ギルドの従業員ではなかったのか? と気付けばアリアは男の事ばかり考えている自分に気付いた。

 

 その後もアリアは休む事なく歩き続けたが、結局例の男の姿を見る事はなく王都ルウラの門をくぐっていた。

 辺りは既に日が落ちている。


 自分が解決させた依頼の報酬を明日にしようか、とも考えたが、アリアにはゴブリン討伐の依頼書がどうなってるかも気になっていた。

 なにより、例の男がギルドの店員だったかを確かめたくて仕方なかったのだ。

 結局足はギルドへと向いていた。



 冒険者ギルドは間もなく閉店する頃だが、いまだに多くの冒険者達で賑わいを見せている。

 アリアはまず掲示板へ向かい、ゴブリン討伐の依頼書を探してみた。が……


「あの依頼書ないじゃん!」


 思わず声に出していた。

 やはり誰かが請け負っていたのか? ならば従業員に請け負った冒険者の事を聞いてみよう、と辺りを見渡す。


 やがて従業員制服を着た者を見付けたが、その姿にアリアはハッとした。

 店員は細身で身長はスラリと高い。髪の毛は栗色のミディアムヘアーで、ベイナント渓谷で見た男と服装こそ違うが酷似していたのだ。


 いや。彼に違いないと、アリアは確信して動いた。

 その男──グレン・ターナーが、ギルドの従業員の中で最も〝役立たず〟で有名な男だとも知らずに。

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