7 御神木の銀杏の実

 なるほどこれなら誰でも勤まりそうだと、繭子は思った。

 まず繭子に課せられた仕事は、七五三祈願に訪れた家族に渡す記念品の袋詰めだった。

 空いた部屋でお札、お守り、千歳飴をひとつずつ手提げ紙袋に詰めていく。十組ずつ箱に入れ、ある程度用意ができたら祈願受付所へ運ぶ。


 あと意外だったのが巫女装束だ。この身長では小袖の袖も短くなりそうなものだが、袴の丈もちょうどいい。

 前任の巫女さんが繭子と同じように長身だったのだろう。もしかしてこの衣装の着丈が合いそうだから手伝いを頼まれたのかもしれない。


 そんなことを悶々と考えながら、ひたすら作業を続けていると、奥様から声が掛かった。


「繭ちゃん、きりがいいところで拝殿へ来て」

「はい」


 ちなみに奥様というのは、今朝繭子を迎えてくれた女性のことだ。

 青年の母親であり、ここの宮司の奥様だ。

 そう、青年は初対面で「私はこの神社の宮司」だと名乗っていたが、本当の意味では宮司ではない。正確には次期宮司ということになるらしい。


 最近、腰痛を患った父親の代わりに、宮司代行として神事を執り行っているという。今日は交代で祈願の神事を行うという話だ。

 青年は宮司を継ぐために資格を取ったり、修業をしたり、まだまだ宮司への道は遠いようだ。

 確かにあの場で「宮司見習いです」というのは恰好が付かない。


 わたしがギンナン泥棒なら、この人はほら吹き宮司ね。

 もちろん口に出しては言わないが、そう思うことで少しだけ留飲が下がった。


 次に頼まれた仕事は、七五三祈願の受付だった。

 受付に訪れた家族に住所氏名を記入してもらい、祈祷料を預かる。あとは用意した待合席に案内をするだけだ。後は祈祷を終えた家族に、さんざん袋詰めをした記念品を渡すだけ。


 小さな神社なので、さほど人は来ないだろうと思っていた。しかし繭子の予想を裏切り、徐々にお参りに訪れる家族が増えていく。

 さすが、由緒正しい神社なだけはある。

 最初は子供たちの晴れ着姿を微笑ましい気持ちで眺めていたが、昼頃にはそんな余裕は欠片もなかった。

 昼をずいぶんと過ぎて、ようやく人波が落ち着いてきたと思ったら、今度は社務所での仕事を頼まれた。

 参拝を終えた御守りや御札を求める参拝者で溢れていた。

 社務所で対応しているのは、近所に住む親戚の女性たちだった。

 少々ふっくとした女性と、ほっそりとした女性は、一見しただけではわからないが、しばらく接していると顔立ちがよく似ていることに気がついた。この二人が青年が話していた叔母たちであろう。


「今日お手伝いに参りました糸川と申します」


 挨拶をするが、それどころではないらしい。


「はいはい。話は聞いてるわ繭子ちゃん。この御札と御守りをお包みして」

「は、はい!」


 ふっくらした女性に、小さなお盆なようなものに乗った御札と御守りを手渡される。

 そこからは嵐のような忙しさだった。最初に抱いていた不安を忘れて繭子は懸命に働いた。

「繭ちゃん、笑顔笑顔」と何度か注意されたものの、大きな失敗もなく時間は過ぎていった。


 客足もまばらになってきたところでお昼の休憩を貰い、社務所の片隅で、用意されたおにぎりをお腹に納める。

 疲れた身体に、おにぎりの塩味が染み入るようだ。添えられた蜜柑も甘酸っぱくて美味しい。

 一房ずつ味わっているところに、背後の引き戸が音を立てて開いた。


「お疲れ様です」


 入ってきたのは青年だった。手にしていた蜜柑をもて余しながら、一応会釈をする。


 さっきまで厳かな装束を身に纏っていたが、今は身軽な小袖と袴姿になっていた。

 そのまま繭子の側を素通りすると、お喋りをしている女性たちに声を掛ける。


「道子叔母さん、佐和子叔母さん」

「あら基経もとつねくん」


 ふうん、基経さんっていうんだ。

 ここでようやく青年の名前を知ったが、自分がその名を呼ぶことはないだろう。


「代わりますので、お二人は休憩へどうぞ」

「あら、いいの?」

「はい。そこのお嬢さんにも手伝って貰いますので」

「そお、じゃあ遠慮なく休ませてもらうわね」


 叔母二人が立ち上がる気配を察して、慌てて残りの蜜柑を飲み込んだ。


「繭ちゃん。わたしたちもお昼を取ってくるから後はお願いね」

「はい」


 二人に会釈をして、何気なく顔を上げると、不覚にも基経と目が合ってしまった。

 もの言いたげな視線。つい警戒心を露わにしてしまう。


「……何でしょう?」

「お昼は取りましたか?」


 なんだお昼のことか。

 何を言われるのかとひやひやしてしまった。


「とても美味しかったです。ご馳走様でした」


 昼食のお握りは奥様の手作りのようだ。おかかと梅干のお握りは、塩気が程良く聞いていて美味しかった。


「よかったら食後にどうぞ」


 基経は袂に手を突っ込むと、小さな紙袋を差し出した。封筒半分くらいの白い紙袋みだった。手のひらに乗ったそれは、ふんわりと温かい。


「これは?」


 紙袋には墨文字で「御利益の実」と大きく書かれている。封を開いてみると、独特な匂いが鼻を掠めた。中身は炒ったギンナンが数粒入っていた。


「もしや……」

「ギンナンです」

「そうではなくて、このギンナンは」

「ええ。うちのご神木が実らせた貴重なギンナンです」


 基経は、しれっと答えた。

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