【番外編】 独白 ~そう遠くはない未来の~


* * * * *


 本日の業務を終え、そろそろ母屋へ戻ろうかと思っていたところだった。ひょっこり繭子さんが現れた。


「おや、繭子さん。どうされました?」


 すでに帰り支度を終えているかと思ったが、繭子はまだ巫女装束のままだった。

 狐につままれたような顔をして、私の顔をじいっと見つめる。


「あの……私の顔に何かついていますか?」

「……基経さん、ずっとここにいらっしゃいました?」

「はい。もちろんです」

「境内の方には……?」

「ずっとここにいましたよ。どうかしましたか?」


 彼女はどうやら混乱しているようだ。しかし考えがまとまらないのか、何か言いたげに口を開いては閉じ、閉じては何かを言いかけようとしたが。


「いいえ、何でもありません…………」


 諦めたように目を閉じ、そっと袂に手を当てる。


「実は……手拭いを失くしてしまいました。いただいたものなのに、申し訳ありません」

「ああ、これですか?」


 袂に入れていた手拭いを、彼女に手渡した。

 彼女は手にした手拭いをさっそく広げてみるが、訝しげに首を傾げる。


「……あの、確かにいただいたものと同じだとは思うのですが……これ、ずいぶんと年季が入っていませんか?」


 参拝者や氏子へ配るために用意した手拭いだった。確かに彼女に渡した時は、まだ真新しいものだったが……。


 ああ、そうか。

 あることに思い当たり、ひとりほくそ笑む。


 仕方がない。彼女から渡されたのは、もうずいぶん前。多少年季が入っていてもしかたがない。


 彼女の涙を拭うために渡した手拭いは、今度は私の涙を拭うために。そして時を経て、再び彼女の手に戻るとは……面白いものだ。


「ですが、ほら。繭子さんのものに違いありませんよ」

「確かに……わたしの、みたいです……」


 自分のものだとわかるよう、目印替わりに手拭いの片端に刺繍を入れたと、話していたのを覚えていた。

 黄色い糸で銀杏の葉を縫い取ったそれは、なかなか可愛らしい出来栄えだった。

 ついさっきまで鮮やかな黄色だったはずなのに、枯れたように色褪せた銀杏の刺繍をしげしげと眺めては、首を傾げている。


「……拾っていただいてありがとうございます」


 礼を言いつつも、まだ納得がいかないらしい。難しい面持ちのまま、彼女は手拭いを袂に仕舞う。


「…………お掃除も終わりましたので、先に戻らせていただきます」

「はい、お疲れさまでした」


 彼女は社務所を後にしようとしたが、ふと思い出したように足を止め振り返った。


「あの……生姜湯を、用意しておきますので……冷める前にいらしてくださいね」

「はい。待っていてくださいますか?」


 一瞬、彼女は目を丸くしたが、ふっと微かに目元を緩める。


「……はい、待っています」

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