19 久しぶりの訪問

 届け先を聞いた途端、黙り込んでしまった繭子を見て、まだ幽霊の一件を引き摺っていると思ったのだろう。

 信夫はしどろもどろ話し出す。


「いやその、今日は住まいの方に届けるだけだから、神社には入らないし……もしかして、まだ怖いのか?」


 人を気遣うなんて、信夫にしては珍しいこともあるものだ。

 それがなんだかおかしくて。繭子はつい吹き出してしまう。


「……おい、笑うなよ」

「ごめん、なんだかのぶちゃんらしくなくて」

「うるせー」


 柄でもないことは、自分でもわかっているのだろう。決まり悪そうに首筋をかきむしる。


 さすがにいつまでも笑っていたら、信夫に申し訳ない。笑いをどうにか収めると、繭子は首を振った。


「ううん、もう怖くはない。ただ……少し気まずくて」

「ああ、あの兄さんの前でべそべそ泣いてたからな」

「……それは言わないで」


 そうだった。あの後の出来事の方が衝撃で、基経もとつねの前で泣いてしまったことを失念していた。思い出すだけで、顔から火を噴きそうだ。


「……あの後、何度かあそこに顔出したんだけどよ、一度だけ聞かれたんだ。『繭子さんは元気にしていますか』って。まあ、元気にしてるって言ったら安心したみたいだったけどさ」

「そっか」


 一応、気に掛けてくれていたらしい。ただそれだけなのに、少し嬉しいなんてどうかしている。


「たまには顔、出してやったらどうだ?」

「どうして?」

「どうしてって……まあ気にしていたみたいだからさ」


 信夫はそういうが、基経はきっとそんなことは望んでいない。


 あの生霊は、触れて欲しくない基経の過去なのだろう。基経はずっと年上なのだから、過去に色々あってもおかしくはない。


 あの女性は、基経にとってのなんなのか。知りたい気持ちと、知りたくない気持ちがせめぎあう。


「ま、難しいことは考えるな」


 繭子が囚われている気持ちを一蹴するかのように、信夫はあっけらかんと言い放つ。


「もう怖くはないなら一緒に行こうぜ。上生菓子も入ってるからさ、ひとりで持ってると崩れやしないかヒヤヒヤでさぁ、お前が手伝ってくれると助かる」


 あまりにも信夫が能天気だからだろうか。ぐずぐず気にしながらも、動けない自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。


「……もう、仕方ないなあ。桜餅も付けてくれたら行ってあげる」

「まあいいけどよ……お前、太るぞ?」

「大きなお世話です!」

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