11 死霊の類い以外のもの

「大丈夫っていうことは、幽霊は出ないということですか?」


 この話はもうやめて欲しい……。


 しかし、あの時見たのは幽霊だったのか、ただの見間違いだったのか、知りたい気持ちもあった。


 すでに繭子が幽霊を見たと人に話してしまったことは、すでに基経に知られてしまったのだ。半ば開き直りい近い気持ちで、繭子は二人の会話に耳をそばだてていた。


「そうですね、ここでは死霊の類いは見た事はありません」

「まあ、そうなのですね」


 梨恵子はあからさまに、がっかりしたように肩を落とす。一方、今の会話を耳にした繭子は内心、首を傾げる。


 あれ……逢魔が時はあの世とこの世が何とかって、この人言っていなかった?


 もしかして、からかわれたのだろうか。しかし『死霊の類いは』ということは。

 死霊以外のものなら見たことがある、という意味にも取れる。


 不意に、単に寒いとは違う奇妙な寒気が背筋を伝う。


「お嬢さん。どうせ、こいつが参拝に来た人を幽霊だと思い込んだだけですよ。そもそも神様を祀っている神社に幽霊なんて、いるわけないじゃないですか」


 信夫の偉そうな物言いは、相変わらずだ。腹を立てるのも面倒なものだから、余計な口は挟まず、放っておくに限る。


「繭子は子供の頃から臆病な奴でして、風で木の葉が揺れるくらいでギャーギャー騒いでいたくらいですからね」

「そうだったかしら? まゆちゃんって、いつも梨恵子を守ってくれていた印象があったけど……」

「はは、そんなの強がっているだけですよ」

「ふうん」

 

 正直腹は立つが、繭子自身、あの女性が本当に幽霊だったのか自信が無くなっていた。

 それに、基経にも神社にも迷惑を掛けてしまった。

 基経は今、どんな表情を浮かべているのだろう。

 顔を見るのが怖くて、手元にある湯呑茶碗をただただ見つめることしかできない。


 でも……本当に思い込んでいただけなのだろうか。

 臆病風に吹かれて、幻を見ただけなのだろうか。


 気を紛らわせるように飲み干したお茶が、何故だかひどく苦く感じた。

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