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「斎藤様、どうかおやめください。我々は妖狐会の者でございます」

 野太い声が闇に響く。私はお腹が震える感覚を覚えた。

「名を申せ」

 日常生活では聞いたのことのない、はっきりとした声でたくやが言った。

「はい。私は妖狐会会長、リー・ウェイでございます」

「面をあげろ」

 たくやがそういうと、突然私たちの周りを無数の火の玉が囲んだ。ゆっくりと上げられた「リー」と名乗る人物の顔を見て、私はギョッとした。その男の顔は、狐そのものであった。

 先ほどから起こっているあり得ない現象の連続に、私は腰を抜かしてしまいそうだった。震えているのがわかる。それに気づいたのか、たくやが私の手をぎゅっと握った。私は少し恥じらいながらも、その手を両手で強く握り返した。

「リーか。すまなかった。ここ最近はこういうことが多くてな。つい警戒してしまうのだ。結界を解こう」

「無理もありません。明らかに現象が続出しています。並行世界の影響が、現実世界にも出始めております。一刻も早く対処しなければ」

 男はそういうとスッと立ち上がり、こちらを見た。身長はとても高く、2メートルほどありそうであった。

「おや、お友達ですかな?」

「そうだ。俺の幼なじみだ」

「これはこれは。初めまして。私はリーです」

 ニコリと笑顔を見せながら私に挨拶をしてくれた。

「あ、あかりです…」

「あかり様、素敵なお名前ですね。どうぞよろしくお願いします」

 紳士的な男性だな、と私は思った。着物もシワひとつなくピシッとしており。ひとつひとつの動作もとても丁寧であった。

「さて、俺からあかりに話さなきゃいけないことがある」

 たくやはそういうと、繋いだままの私の手を優しく包みながら、彼の正体についてゆっくりと話し始めた。

 彼は代々継がれてきた「妖狐師」というものであり、数少ない日本の妖狐師のトップであるという。妖狐師の主な仕事は大きく分けて二つ。一つは現世に出てくる「悪夢」の正体である妖怪を倒すこと、そしてもう一つは

「並行世界の妖怪を倒す......?」

「そう。つまりここに来たのは偶然ではなく、必然だったんだよ」

「待って、ここは並行世界なの?」

 たくやは私の質問を聞いて、突然黙ってしまった。

「たくや?」

「......あかり、俺がさっき言ったことを覚えているかい?」

「え?」

「『このタイプは2年前に一度だけ』、つまりここはただの並行世界と違うんだ」

「どういうこと?」

 たくやは私の手を握る力を強め、ゆっくりと話した。

「あかり、最近何か変なことはなかったか?なんでもいい。どんな小さなことでもいいから話してくれ」

「変なこと?」

 なんだろう?正直あまり意識していなかったから忘れてしまったかもしれない。ただ、一つだけ......

「......夢がずっと怖いかな」

「どんな夢?」

「なんか......世界が灰色に変わっていて、私は一人ぽつんと立っているの。何の音もせず、風一つない。耳鳴りが際立って聞こえるほど静かな世界で」

「うん」

「それで私は寂しくなって、泣きながら走り出すの。そしたら突然......」

 ああ、はっきり覚えてる。思い出したくもない、大っ嫌いな夢

「すべてが闇に覆われて、ずっと私の名前を呼ばれる。あかり!あかり!って」

 たくやは何も言わず、じっと私の話を聞いている。

「そうしたら、突然視界が開けて、空から落とされるの。地上にあたりそうになって、私は目を覚ました」

 よくある夢のようだけど、私はそれが何日も続いていた。繰り返される灰色の世界。何かに追われているかのような恐怖。いつも眠るのが怖くて、夜になるのが嫌だった。

「斎藤様、もしかすると......あかり様は......」

「わかってるよ。リー」

 突然、たくやが表情を変えた。

「......たくや?」

「危ない!!」

 そう聞こえた刹那、私は足を強く引かれた。何かが絡みついている。私は再び水になかへ潜ってしまった。苦しい。必死に抵抗し、足からその「物体」を取ろうとする。......吸盤?強く引っ付いて取れない。呼吸できない。助けて。苦しいよ。

「あかり!」

 たくやが叫んだのが分かった。私は必死で手を伸ばした。リーさんも何か話している。これは......お経?いや、違う。何だろう。

 ふいに足に絡みついていたものが外れた。そして、伸ばした腕がつかまれ、水から引き上げられる。

「ぶはぁ!ゴホッゴホッ」

「大丈夫か?あかり」

「あかり様、ご無事でしょうか?」

 私は呼吸を整え、大丈夫だと告げた。

「今のは何なの?」

 たくやはキッと表情を変え、答えた。

「君を襲った、まさしくあれが妖怪だ」

「あやつは並行世界でもあまり現れない特殊なやつでして、タコのように無数の吸盤を持つ足を大量に持つのです」

 リーさんが続けた。

 妖怪?妖怪ってもっと「鬼」とか「小豆洗い」とか「ジ〇ニャン」とかなんじゃないの?タコって、なんかすごく西洋的な感じがする。

「いや、タコみたいなやつだっているんだ」

 たくやは言った。

「西洋の幽霊とはわけが違う。死んだことによって甦る奴だけでなく、無数に存在するんだ」

「リーさんは妖怪なの?」

「いかにも。わたくしは妖怪でございます」

 リーさんはなんだか少し恥ずかしそうに答えた。

「妖怪にもこうして話の分かるものもいるし、わからずにただ襲うさっきのような奴もいるんだ。人間界だって、人間のように賢い動物もいれば、文明を築けなかった犬や猫のような動物がいるだろう?それと一緒さ」

「わたくしのように妖狐師になる妖怪だってたくさんいるのです」

 なんだか不思議な気分だ。今自分は妖怪と話している、その事実がおかしくって。

「ふははっ」

「ん?何かおかしなことでも言いましたかな?」

 私はふふふと笑いながら

「いいえ、何でもないの。気にしないで」

 と答えた。

「全く、襲われたばかりなのに呑気なやつだな」

 あきれながら彼がそう言ったけど、その口元は笑いをこらえられていなかった。

 ひとしきり三人で笑った後、たくやが「さて、」と切り出した。

「ここでもう一つ、とっても大切なことを言うよ」

「なあに?」

 たくやは一つ深呼吸をして、話始めた。

「これから言うことは、すごく恐ろしいことだし、ショックかもしれない。だけれども、ちゃんとあかりには知っておいてほしい」

 私は息を飲み込んだ。


「実は、結論から話すとこれはあかりの作り出したものなんだ」


 ......一瞬何を言っているのか本当にわからなかった


「正確に言うと、君の夢なんだ。並行世界と君の夢が融合したもの。これは君の意思の中に強い迷いがあるときに起こるんだ」

「強い迷い?」

「そう。そして、その迷いが君の夢に侵食し、並行世界への扉を開いてしまった。長期間の悪夢はそのためだ」

 私は震えているのが分かった。

「そして、その並行世界は現実世界へと影響しだした。つまり、君の家にだ。なぜ君の家なのかはまだ分かっていないけど、それがトリガーとなってここにきてしまったのは事実なんだよ」

 怖い。なんでそんなことを言うの。怖いよ。

「それを踏まえたうえで俺の話を聞いてくれ」

 たくやは一歩、私のほうへ歩み、そっと告げたのだった。



―――――「......好きだ。あかり」

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星の降るこの世界で、僕らは何を感じるだろう。 なまけぐま @namakebear

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