番外編 ピーター・ブラッドローの追憶 前編

 なぜだか、ジョールとエドマンドに酒場に連れて来られ、俺……昔は僕って言っていたか、自分の事を……の生い立ちを語らされることになっていた。なぜだ?

 似たような境遇だから、目新しいことは無いだろうに……。



 僕の名は、ピーター・ブラッドロー。

 ブラッドロー公爵家、正妻の三男坊だ。

 高位貴族の長男は次期当主候補、次男は次期当主に何かあった時のスペア。

 うちに限らず、どの高位貴族も三男坊以下は屋敷内で微妙な立場になっていた。

 例にもれず、僕も幼い頃は、屋敷の離れに捨て置かれたと言っても過言では無いだろう。

 

 そんな僕にもチャンスが巡って来た。

 この国の慣例で、上位貴族の各家から1人ずつ、騎士候補として正妻の男子を差し出さなければならない。その役割が僕に回って来たというわけだ。


「これからお前は、その生涯をかけて王室に忠誠を誓い、立派な騎士として励むようにするんだぞ」

 珍しく父上の執務室に呼び出されたかと思ったら、そんな事を言われた。

 僕が5歳になった時の事である。


 それからすぐに僕は、王宮に隣接する、騎士見習いとして騎士団官舎に入れられた。

 入れられたと言っても見習いに寮は無く、自宅屋敷からの通いなのだが。

 新入りの仕事は、馬の世話と掃除や雑用。そして空いた時間での木剣での素振りだ。


 僕が入った時には、2歳年上のジョール・フォーブズがまだ雑用をしていた時期で、色々教えてくれた。4歳年上のエドマンド・マクファーレンは僕達より少し身分が低い。

 本来なら雑用から外れても良い時期なのに、他の子どもに押し付けられたのか、剣や乗馬の訓練で大変なのに雑用や馬の世話までしていた。

 

 騎士見習いになりしばらくしてから、自宅屋敷での僕の待遇が変わった。

 離れで捨て置かれていたのが、屋敷内に自室を持たされ。専属の従僕や侍女まで付けられたんだ。


 その中に、まだ4歳だったチェルシー・オグモンドもいた。

 幼くして男爵家から追い出されて侍女見習いとして我が家に来たらしい。

 侍女見習いとはいえ、まだ幼い子どもだ。

 僕が、騎士団官舎に行っている間は、教育を受けたり、礼儀作法を習っていたらしいのだが、僕が戻ると当然、身の回りの世話をしようとする。

 一生懸命小さな手で、僕の着替えを手伝ったり髪を整えてくれたりしてくれる様子は……まぁ、なんというか。

 僕たちが馬の世話をしている時も、大人や馬から見たらこんな感じなのかな? と思って、ついつい笑ってしまった。


 騎士団官舎に行きだしてから3年ほどが経つと、僕は馬の世話や雑用から解放された。

 それと同時に本格的な訓練が始まり、しばらくは食事をするのもつらい程、ボロボロの身体になってしまっていた。

 そこ頃から、いつの間にか見なくなった子どもたちがいる事に気付く。


 王妃様の側近になってから分かった事だが、雑用をサボったりズルをしたりする子どもは、親呼び出しの上、解雇される。とても危なくて戦場になど連れて行けないからだが、解雇された子どもの行く末など、推して知るべしだろう。



 ヒマになった時間で、僕はチェルシーと遊んだ。

 だって僕らはまだ8歳と7歳の子供だ。チェルシーは侍女というより、僕の遊び相手みたいなものだった。

 僕らは庭を駆け回って遊んだり、森になっている場所でお花を摘んだりして遊んだ。

 貴族屋敷内の森は、美しく整えられているけど、実は防犯面も考えられてあるのであまり中には入れない。もっと幼い頃に入り込んでしまって、チェルシーと2人で執事に叱られてしまったのも、今となっては良い思い出だ。


 チェルシーの笑顔を見ていると、騎士団の訓練がどんなにきつくても頑張れるような気がする。だから、僕の部屋の花瓶からバラの花を一輪とって「大きくなったら、結婚しよう」というのに、ためらいは無かった。

「はい。よろこんで」

 チェルシーも嬉しそうにして、返事をくれた。

 まだ、身分の事などよく理解してない子どもだったから、チェルシーはそう言ってくれたのだと思う。


 だけど僕は、その頃から覚悟を決めていた。

 そう、身分差を超える覚悟を……。

 



 そしてあっと言う間に、僕は16歳、チェルシーは15歳になっていた。

 お互いに、もう見習いという文字は付いていない。

 僕は、正式に騎士爵を王室から賜っていた。

 チェルシーも今では立派な僕の専属侍女だ。


 そして20歳になる年には、僕は……いや、僕とジョールとエドマンドは、王妃様の側近の近衛騎士に昇格していた。

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