第40話 デビュタントの夜 トラブルの後始末

 エイベルお兄様は、たたき落とした剣をクレイグお兄様が取れないように足で踏みつけている。

 駆けつけたウィンゲート公爵家の私兵団が、クレイグお兄様を取り押さえた。

「離せっ。俺を誰だと……」

 クレイグお兄様は、押さえ付けられながらも必死で抵抗していた、その目は私を……私とエイベルお兄様を鋭く睨み付けていた。


「いい加減にしないか。見苦しい」

 後ろから、父がやって来ている。その姿は、疲れ切ったという感じだった。

 私兵団に、クレイグお兄様を連行するように指示を出している。

 クレイグお兄様は、『離せ』だの『許さない』だの、叫びながら連行されて行ってしまった。



「すまなかったな。巻き込んでしまって」

 父は私の方を向いて言っている。

「ジャネット様は……その、お怪我は」

 私は、気になっていたことを父に訊いてみた。

「身体に傷跡は残るようだが、命に別状はない。今は、我が子に斬られたショックの方が大きいだろうが、予定通り明日早朝、田舎の……アレのもう一人の息子のところに行かせるよ」

「賢明な判断です。ここに残っていても処刑が待っているだけですから」

 兄が父にそう言っていた。父もそれが当然だと言うように、納得している。

 どうして? 私を狙ったから? 家庭内の事件で、処刑なんて普通は言い出さないのに。


「マリー。今部屋を用意するから、そちらに移ってくれ。今後はそちらがマリーの部屋だ」

「わかりましたわ。ですが……」

 なんだか不自然だ。なんで、お父様がいるのにエイベルお兄様がこの場を仕切っているの?

 ケイシーは、何も詮索せずに私の荷物をまとめ始めた。

 

「今夜の事は、公にはならない。表向きは何もなかった。ウィンゲート公爵家の愛妾は、かねてから予定していた通り息子の領地に引っ込む。そういう事だ」

 だから、そういう事として私の中でも処理をしなさい、とエイベルお兄様は言っている。

 ……そう、家庭内で起きた事件は余程のことがない限り、表沙汰にならない。

 エド様もそうだけど、領地内、家庭内の司法権と刑を執行する権利を当主は持っている。

 持っているのだけれども、エイベルお兄様は次期当主であって当主じゃないわよね。


 そう思ってジッと兄を見ていると、私の方を見て溜息を吐いた。

「……だから、お前は嫌いなんだよ。ちょっと、場所を移そう」

 私が見ているだけで、察するエイベルお兄様の方が怖いです。

 そう思いながら、私は兄の後ろを付いていく。


 行き着いた先は、兄の部屋だった。 

 兄の部屋にも数人の侍女がいて、お茶の用意をしている。

 私たちが座ってお茶を入れたら、スッと退出してしまった。

「納得いかないのだろうが、クレイグを嵌めたのは王妃とお前の旦那だぞ」

「エド様が?」

 私は驚いていた。だって、エド様はそんな事から一番遠くにいそうな感じがしていて……。


「戦場で一緒に駆け回っただけならまだしも、平時でも王妃の側近が出来るくらい優秀なんだぜ。あの英雄様達は……。その一人である、エドマンド・マクファーレンが人畜無害なはずはないだろう?」

 あっ、エイベルお兄様が心底呆れた顔をしている。

「俺は王太子殿下から『ウィンゲート家のお家騒動をこれ以上長引かせるな』との命令を受け、今回の策に乗ったんだ。王室は表向きは、愛妾の子を当主にすることを禁じていない。だが、実際には誰も当主になれてないだろう?」


 私は頭の中で、最近たたき込まれた『紳士名鑑ジェントルマンズ・マガジン』を思い浮かべていた。貴族の階級、所属が載っているアレである。元々男性向けの雑誌マガジンなので、知りたくもない時事ネタスキャンダルまで載っているけど、定期的に更新されるのであれが一番覚えやすいし、役に立つ。

「そうですわね」

 そう言われてみればいない。ものすごく昔にはいたのかも知れないけど。


「今回のような件は、王室が全て潰してきてるんだよ。賢者様の意向で。

 だから、首謀者が大人しく田舎の領地にでも引っ込んで、二度と社交界にかかわらないのなら、不問にするけれど、そうでないなら潰されると言うわけだ」

「じゃ、クレイグお兄様は」

「仕方無いだろう、自業自得だ。ああ、表向きは、母親と一緒に田舎に引っ込んだことになっているからな、誰かに何か訊かれても、そう言うんだぞ」

 そうして、忘れ去られた頃に病死か事故死したことになって処理される……処刑されたことが公に出来ない場合のよくある処理法だけど……。

 エド様も自業自得と言っていた。こうなることが分かっていて助言してくれたんだ。

「わかりました。そうします」

 王室の……、賢者様の意向には誰も逆らえない。

 私は、気持ちを切り替えるように兄に向かってそう言った。


 私たちの会話が終るのを待っていたかのように、ドアがノックされる。

「ご歓談中失礼致します。マリーお嬢様、お部屋の用意が整いました」

 入り口の扉のところで、ケイシーが礼を執り待っている。

「ああ。もう遅い時間だから休みなさい」

 兄が、そう促してくれた。本当に、何事もなかったように。

「お休みなさいませ。エイベルお兄様」

 私も何事もなかったかのように兄に挨拶をして、部屋を退出した。



 私のデビュタントはつつがなく終り。何も、事件など起きなかったのだ……。

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