第39話 デビュタント後 ウィンゲート公爵家のトラブル

 私は、エイベルお兄様の言う事をきいて部屋に戻ると、ケイシーが部屋で待っていた。

「マリーお嬢様。お帰りなさいませ」

 夜会服の着替えをするより先に、ドアの外を警戒するように見渡し、閉めた後に施錠までしていた。何かあるの?

「さぁ、お召し替えを致しましょうね」

 そう言って、ケイシーが取り出したのは、寝間着では無く、領地で私が部屋を抜け出すときに着ているような服だった。でも、普段の服よりゆるい。

「今日は、この恰好でお眠り下さいませ。わたくしも一緒におりますから」


 コンコンとノック音がする。なんだか不穏で……、ケイシーも今までに無く警戒しているのがわかって怖かった。

「エイベルだ。開けなくて良い。このままで聞いてくれ。俺は今夜ずっとこのドアの前にいる。もし、何か音がしても……たとえ、悲鳴が聞えたとしても、開けないでくれ。分かったな」

 それだけを言って、静かになった。


「ケイシー、何か知っているの?」

 ケイシーと二人でベッドに入ってボソボソと話をしていた。

「いいえ。わたくしもエイベル様から、知る権利は無い……と、言われました。マリーお嬢様も知ってはいけないことなのだと思います」


 何かあっても……、例えこの屋敷で誰かが傷付いたり死んだりしても、知らないふりをして平然と生きていく、私にそんなことが出来るの?


 私は、ベッドから抜け出してごそごそと荷物を探って、ある物をテーブルの上に置いた。

「マリーお嬢様?」

 ケイシーがビックリして声を上げたのは、私がドアを開けたからだ。

「おまっ……。何開けてるんだ。話、聞いていなかったのか?」

「一晩中そんなところに立ってたら疲れますわ。エイベルお兄様も中に入ってジンジャービスケット、食べませんこと?」

 はぁ? って顔をされたけど、ドアを開けっ放しにさせとくわけにもいかないのだろう。

 エイベルお兄様は素直に部屋の中へ入って来た。ケイシーにお茶を入れてもらう。

「エドマンド様の領地にある雑貨屋さんのジンジャービスケットなのだけど、美味しいんですのよ」

 どうぞどうぞ、と勧めてみる。普通の公爵家の人間は食べないだろうけど、雑貨屋のお菓子なんて。でも、私の目の前で兄は、サクッと音をさせて食べた。

「うまいな。……雑貨屋のビスケットって、どこも美味うまいんだな、うちのだけで無く」

 意外……雑貨屋のお菓子に対して私と同じ感想を持っている。

 ジッと見ていた視線を感じてか、なんだよって感じでエイベルお兄様がこちらを見た。


「今日、何かあるのですか?」

「さぁ、別に。あるかも知れないレベルの捕り物。今夜何も無ければ、何も無いよ。明日にはあの愛妾、ここを出て行くからな」

 よく見たら兄の腰には剣が下がっている。

「わたくしは、囮……ですか」

 兄は私をチラッと見ただけで、返答はない。


「お前さぁ。どうして俺のことを信用して部屋に入れてるの? 俺、お前のこと嫌いだっていったよな」

「あら、わたくしも嫌いですわよ。だけど、エイベルお兄様だって私が出した物を、何の警戒も無く食べているじゃないですか」

 一瞬、兄がキョトンとして、そして嬉しそうな顔になる。

「なるほど」

 そう言って、また一枚。ジンジャービスケットを口の中に入れた。



 しばらくして、廊下が騒がしくなった。

 悲鳴と、怒号が聞える。

「馬鹿が……」

 エイベルお兄様が椅子から腰を浮かす、剣に手をかけていた。

「マリー、ケイシー。俺の後ろに」

「はい」

 ケイシーは、呆然としていた私を椅子から立たせ。エイベルお兄様の後ろに私を連れて行った。

 その瞬間、ドアが壊れんばかりに勢い良く開く。


「マリー、お前だな。王室とつるんで、俺を嵌めやがって」

 はい? 意味が分からないのですけど……。

 クレイグお兄様は、薄暗くてよく見えないのけど抜き身の剣を持っている気がする。

 血が……剣をつたっている? なんで……。

「母様といい、お前といい。なんで、俺があんな扱いを受けなきゃならないんだ。俺はウィンゲート公爵家の人間なんだぞ。それを……」


「お前……自分の母親を斬ったのか」

 エイベルお兄様も剣を抜いてかまえる。

「ああ。そうさ、それの何が悪い。口当たりの良いことばかりいいやがって、あの女。なんでこの俺が、田舎に引っ込まないとならないんだ。マナーがなってない? 何も教育もしないで、家の中に閉じ込めて、知るかよっそんなもん」

「母親の後ろに隠れて、逃げてばかりいたからだろう?」

 つい……という感じで、エイベルお兄様が言ってしまった。

「お前ばかり褒められて、いい気になっていたもんな。エイベル」

 そう叫びながらエイベルお兄様に向かって、剣を振り下ろして来た。


「っ……」

 悲鳴を上げそうになって、慌てて自分の口を塞ぐ。こんな訳の分からない精神状態の人間がいるときに、悲鳴なんか上げたら相手がさらに興奮状態になってしまう。

 エイベルお兄様が応戦しているけど、2人も足手まといを庇いながらだから苦戦している。


 どうしようと思っていたら、また廊下が騒がしくなった。

 クレイグお兄様が、廊下の方に気を取られている隙に、エイベルお兄様がクレイグお兄様が持っている剣をたたき落とした。

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