第38話 デビュタント 夜会の後

 デビュタントの夜会も終りに近く、会場も少し閑散としていた。

 私たちも、帰るために兄達を探しに会場内に戻ったのだけれど……。

 

「どうして、クレイグが参加しているのだ?」

 珍しく父が怒っている。公の場で、閑散としているとはいえ、まだ多数貴族が残っているので表面はにこやかに訊いていると言う感じにしている。

「さぁ? マリーを待っていたら、クレイグが勝手に来たとしか言いようがない」

 エイベルお兄様は平然と言っている。

 エド様と近付いていったら、父がこちらに気付いた。

 

「おお。マクファーレン殿」

「この度は、マリー嬢のデビュタント。おめでとうございます」

 エド様は、礼を執って挨拶をしている。

「いやいや。マクファーレン殿には、デビュタントの支度を何から何までしてもらって、すまないね。マリーは、婚約者殿にこんなにも気に掛けてもらって幸せ者だ」

 父は、先程までの不穏さを一掃して、にこやかにエド様にお礼を言っている。

「当然のことをさせてもらっただけの事です。私にとっても、大切な女性ひとですから」

 エド様は、そう言って私に優しいまなざしを向けた。そして、すぐに父の方を向く。

「つきましては、婚礼の準備と打ち合わせの時間を後日にでも頂きたいのですが……」

 そう言って、打ち合わせの日時の決定と、一週間後エド様と共に領地に連れ帰る許可を、サッサと取ってしまっていた。

 ……本当に、エド様って見かけによらず……いや、これ以上は本当に失礼だわ。


「それにしても、一週間とは……もう少し、早くてもこちらは構いませんが……」

「王太子殿下の婚約者ジョゼフィン・レンフィールド様のお茶会に参加させるように申し付かっているのですよ」

 父は、ほう? と言う顔をした。エド様は、平然と言う。

「マリーはジョゼフィン・レンフィールド様から、愛称で呼ぶことを許されるくらい気に入られましたから」

 ねぇ、とばかりにエド様はエイベルお兄様を見た。


「確かに、そうだな。最初は王太子殿下が友人にと勧めていたが、ジョゼフィン・レンフィールド様も気に入って下さって。マリーと呼ぶから、自分のことも愛称で呼んでくれと言ってくださっていた」

 エイベルお兄様も、エド様の意図が分かったようで話に乗ってきた。


「マリー。名残惜しいが夜会もそろそろ終る。私たちも、別れて帰る事にしよう」

 そう言ってエド様は少し屈んで私の手にキスをする。そして、起き上がるときに小さな声で

「俺が出来るのは、ここまでだ。後は頑張ってくれ」

 と耳元でささやいた。

 エド様は父とエイベルお兄様に挨拶をして、帰ると言ったのに王宮の奥に入って行ってしまった。


 その後ろ姿を見送った後、父が

「我々も帰るか……」

 と言って、使用人に馬車の手配をさせていた。

 エイベルお兄様はともかく、クレイグお兄様はずっと無表情で立っている。

 お屋敷と違って、社交界は冷たく、厳しい場所だ。

 特に、何の後ろ盾も無く、爵位も持たない者が入って良い場所ではない。

 これにこりて、田舎の領地にでも引きこもってくれないかしら……。




 お屋敷に帰ると、使用人と共に父の愛妾ジャネット様が出迎えていた。

「お帰りなさいませ。皆様方」

 ニッコリと、私たちに向かって微笑む。

「ああ」

 父は、一応返事をしたがムスッとしていた。さすがに今日の夜会のことは、父の許容範囲を超えたようだ。

 クレイグお兄様は、すぐに母親の側に寄り添う。

そのまま、玄関のエントランスの方に入っていったところでジャネット様は父に訊いてくる。

「夜会は、どうでしたの?」

「どうも、こうも……。なぜ、クレイグを夜会に出した」

 父は不機嫌そうに答えたが、ジャネット様は、どうしてそれが悪いのかと言わんばかりに反論をする。

「まぁ。旦那様も賛同して下さっていたではないですか」

「爵位をもらえたらな。だが、王室は認めなかった。男爵位ならまだしも、愛妾の子が伯爵位などもらえるはずも無いだろう?」

 ジャネット様は、ムッとしているようで、その顔から笑顔が消えた。


「それを、なんだ。前代未聞だぞ、娘のデビュタントに2人もエスコートが付くなど……。これでは、公爵家の内情を暴露したも同然……」

「エイベルが退けば良かっただけでは」

「まだ言うか。エイベルは正妻の嫡男。王室に認められた正当な次期当主なのだぞ」

 ジャネット様は、常に無い父の怒りを受けて反論出来ず、エイベルお兄様を睨んでいた。


「クレイグ」

 父は、クレイグの方を向く。

「……」

「お前も、マナーも知らずよく社交界に出ようと思ったな」

「どういう事でしょう?」

「お前は、爵位を持って無い。つまり、誰よりも下の立場だ。なのに誰にも礼を執らず。あまつさえ、王太子殿下の許可無く発言をしようとしたらしいな」

「ですが……エイベルやマクファーレン殿も」

「マクファーレン殿は王妃直属で働いておる、エイベルも王太子殿下の執務室勤務だ。改めて発言の許可を執るまでもない。マリーは声を掛けられるまで、待っていたのではないか?」

「それはそうですが、マリーも不敬なことを……」

 

「マリーは『デビュタント後の夜会での失敗は不問にする』と言ったルールに守られただけに過ぎない。それに、王妃様のお気に入りだ」

 父に代わり、エイベルお兄様が言う。

「マリーにこの屋敷で何かあったら、王妃様を敵に回すことになるからな」

 エイベルお兄様は、クレイグお兄様にと言うよりはジャネット様を睨み付けるように言った。

 ジャネット様は、「そうですの。分かりましたわ」と言ってクレイグお兄様を連れて部屋に戻って行った。



 その後ろ姿が完全に見えなくなってから、エイベルお兄様は父に言う。

「父上。今回クレイグを嵌めたのは、王室です。早急にジャネットを田舎の領地に行かせることをお勧めします」

 父は、信じられないような顔で、エイベルお兄様を見る。

「愛しい愛妾が処刑されることろは、見たくはないでしょう? 父上」

 エイベルお兄様は、平然と恐ろしいことを言った。

「マリーも部屋に戻りなさい。こちらに滞在中はケイシーと一緒にいるんだよ」

 私には、そんな忠告をしている。その顔から、親切で言っているのではなく、単なる仕事の一環で言っているという感じがした。

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