第32話 ウィンゲート公爵家での私室 デビュタントの準備

 その後、正式にエスコート役はエイベルお兄様にして頂きたい旨を、お父様に口頭と書面でお願いした。書面の方は、後で改ざんされないように複写式の正式書類である。

 その所為で、屋敷のほとんどの使用人から冷たい目で見られているのだけれども。


 数日経った頃に、王宮からドレスの最終確認をしに、王宮侍女のエイダ・アルグリットをはじめお針子達もやってきていた。

 サイズ通りに縫い上げたものの体の線に合ってないと、ドレスはおかしい。

 着せてみて補正し、きっちり仕上げるのである。

 そして、アクセサリーや手袋、当日の髪型の打ち合わせをする。


 私の方の侍女はケイシーだけでなく、お屋敷の侍女も付いてはいたのだが、何か思うところがあったのであろう、即座にエイダ・アルグリットが追い出してしまっていた。

「デビュタントの当日に、また参ります。マリー様」

 そうエイダ・アルグリットが挨拶をして、ドレスや小物、宝石類まで持って帰っていった。


「やっぱり、この屋敷の異様さが、わかるのかしら……」

 今は、当主の父はいない。侍女や使用人はいつも通り私に冷たく。王宮侍女達に対しても、態度が悪かった。

 父の耳にこのことが入ったら、大目玉どころか即クビである。

「わかるのでしょうね。ここの侍女たち、自分の立場より王宮侍女の方が上だということにすら、気づきませんでしたからね」

 ケイシーが苦笑いをして言った。




 ドレスの最終調整が終わったら、私は本当に暇になってしまった。

 ケイシーが色々世話を焼いてはくれるけど、田舎の領地のように抜け出して遊びに行くわけにもいかない。

 ここは王都だ。誰の目があるやもしれない。

 私の評判は今更だから良いけど、公爵令嬢がお屋敷を抜け出して遊びに行っているという噂が立てば、エド様に迷惑がかかってしまう。



「退屈ねぇ~。早くデビュタントが終わって、エド様に会いたい」

 ケイシーに、午後の紅茶を入れてもらいながらぼやいていた。

 不意にノック音がする。

「どなた?」

 私は、少しシャキッとして出迎える準備をした。

「エイベルだ。入っていいか?」

 私はケイシーと顔を見合わせてしまった。

「どうぞ」

 相手が作法通り、入室の許可を取っているので私も許可を与える返事をする。

「失礼する」

 ドアを開け、スッと兄が入ってきた。

 ケイシーが、兄の席を作る。私は、兄がそこに座るのを待った。


「それで、ご用件は何でしょう?」

 私は用件を言うように促す。

「お前……マリーは俺の事、嫌いか?」

「は?」

 何? 何て言ったの? この人。子供の質問?

 

「俺は、嫌いだ。お前が王妃に選ばれなかったせで、父の妾とその子どもたちがいるこの屋敷に、一人置いておかれだのだからな」

「喧嘩を売りに来たのですか? エイベルお兄様」

 なんだか、久しぶりにムッとしたわ。何なのよ、私だって母から当たり散らされた侍女たちから、散々悪口を言われて世話もされず、ケイシーとリンド夫人がいなかったら、屋敷内で野垂れ死んでたかもしれないのよ。

 ケイシーの方をチラッと見ると。さすがにすまして立っているけど、さりげなく垂らした手で作った握り拳が震えている。器用だわ、ケイシー。

 

「いや。お前がデビュタントのエスコート役に、どちらを選ぶのかと思ってな」

 どちらを選ぶも何も、お父様から聞いてないのかしら。

「わたくしは、エイベルお兄様を選びましたわよ」

 エイベルお兄様は、ほう? という顔をして私を見た。

「好き嫌いの問題じゃないでしょう? 次期当主を選ぶのは当然ですわ。それに……」

 ここまで言ってしまって、私は口をつぐんでしまった。

 目の前にいるのは、エド様ではない。だけど……。

 

「それに……何だよ」

「それに、お父様も王妃様に釘を刺されたようですわ。正妻の次期当主にエスコートさせなさいって……」

「何で、王妃様が……」

 何でか、わかるからか……かかわりたくない。私は、この家を正式に出て行く身だ。

 絶対に、かかわりたくない。無い……けど……。

 

「お父様は、愛妾の息子を当主にって思っていらっしゃるの?」

 兄は、私をしばらく見ていて

「……らしいな。お前のデビュタントのエスコートをさせて、社交界デビューさせようと思ったのだろう」

「そんな事をしても、社交界から無視されるだけだわ」

「お前のデビュタントに王宮がかかわっているだろう? 後は、まぁ根回ししていたんだろうな」

 エイベルお兄様は、なんて事無いと言う感じで言っているけれど。

「当主の座は、クレイグにくれてやっても構わないが。あの女狐の思惑通りになるのは気に食わんな」

 それで、探りに来たのね。

 

「わたくしのデビュタントに王宮がかかわっているなんて言ったら、不敬罪に問われますわ。たまたま、エドマンド様が王宮勤務だったから、そちらから人員が派遣されているだけで、わたくしの為に、王宮が動くなんてあり得ませんもの」

 そう言った私の言葉にピクッと兄が反応した。

「今回、王妃様がお父様に釘を刺したのも、英雄であるエドマンド様の身辺にもかかわって来ることだからですわ。わたくしのためでは、ありませんのよ」

 兄は、私の発言にクスッと笑った。


「なるほど……。まぁ、そういう事にしておこう。

 長居したな。では、次はデビュタントの時に」

 そう言って、エイベルお兄様は部屋を出て行った。


 全身から、力が抜ける。かなり緊張していたんだわ。


 エイベルお兄様は、人の言動からかなり正確に情報をとると聞いている。

 なにが、『当主の座は、クレイグにくれてやっても構わない』だ。

 ウィンゲート公爵家の当主に、一番相応しいくせに……。

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