第26話 港町でのハプニング

「ねぇ、ビリー。わたくしと一緒にいてくれないの?」

「俺といると危ないんだよ。だから、この場所ちゃんと覚えてろよ。って言うか、忘れたら正規のルートで帰ってくれ」

「わかった」

 本当に分かってるのか? って顔をされたけど、分かってるわよ。

 私だって、危ない目になんか遭いたくないもの。

 今日は、偵察して……お魚食べて帰るだけにしておこうかしら。

 港町って言っても、やっぱり奥には畑があったり、住宅があったりしている。

 その奥の小高いところに建っている立派な館が、領主のお屋敷だったのかしら。


 港の近くを歩くと、露店で賑わっている。本当の港の方は、漁船が着いて魚を降ろしたり、荷物を降ろしたりして忙しそう。私なんかが行ったら、きっと邪魔になるわね。

 エド様で、見慣れたと思っていたけど、日に焼けてごっつい男の人がこんなに多くいるなんて……。すごいわ。


 せっかくだからと、私は露店で魚が串刺しになって焼かれているのを、一つ買って、かぶりついた。

「おいしい。塩が効いてて、とても美味しいわ」

 思わず、そう言ってしまった。

「そうだろう。今朝上がったばかりの魚だ。新鮮さが違うぜ」

 やっぱり野菜でもお魚でも、新鮮な物ほど美味しいのね。

 食卓に上がるお魚は苦手な物が多いのに、このお魚はあっという間に一匹食べる事が出来たわ。


「いいねぇ。嬢ちゃんみたいに豪快に、ぺろりと食べてくれると猟師も命のかけ甲斐があるってもんさね」

「命のかけ甲斐?」

「ああ。海が相手だからな、穏やかなときばかりじゃない。ひとたび荒れちまったら、人間じゃ手も付けられねぇ。近海ならまだしも、今嬢ちゃんが食べた魚なんざ、遠くまで漁に出て捕まえたもんだ。無事帰って来れたら、おんってな」

 そうだったんだ……。それなのに、私ったらお魚が苦手なんて思ってしまって悪いことしてたわ。


「これからは、猟師さんの事を思って大切に食べるわ」

「おう。そうしとくれ」

 そう言って露店のおじさんと別れた。

 なるほど、現地の話を聞かないと分からないものね。

 おっと、今日はこの辺にしとかないとお茶の時間に間に合わない。


 私は、忘れるなとビリーから言われた場所から戻り、お茶の時間に何とか間に合った。

 今日はケイシーもお休みだったし、ビリーがいなくなったことでお屋敷が大騒ぎになっていたので、それに紛れてしまい、私が居なかった事は誰も気付かなかった。



 ケイシーが休みの日を中心に、私は港町の領地に遊びに行くようになった。

 こうしてみると、結構色々な人がいる。

 ストリートキッズもまだいるようで、財布をられそうにもなった。

 ビリーがすれ違いざまに『気を付けろよ、お嬢』と言って取り返して渡してくれたけれど……。

 何だかんだで、気に掛けてくれてるんだ。って言うか、無事なようで良かったわ。




 でも、ビリーはともかく、お屋敷で見かけた騎士団の方も平服でウロウロしているわ。見回りのお仕事なのでしょうけど、私の顔を覚えているかしら。

 見付かったらまずいので、その度に隠れているけど、この日も騎士の方に出くわしてしまって、思わずといった感じでつい路地裏に隠れてしまった。


 路地裏が危ないのは、どこも同じなのね。

「へへへ……。上玉じゃないか。元締めのところに持って行こうぜ」

「いくらになるかなぁ」

 ゴロツキ……と言うのかしら、薄汚い男が三人。目をギラギラさせ、薄ら笑いをしている。

「その前に、俺らで味見しようぜ」

 怖い。大声出さなきゃと思うのに、喉に声が張り付いたように出ない。

 私は、後ずさる足が何かに引っかかって尻餅を付いてしまった。

 立たなきゃと思うのに、身体が言う事をきかない。

 男の手が私に向かって伸びてきた。


 誰か……エド様、助けて!


 私は思わず目をギュッとつぶって、身を縮めてしまっていた。


「馬鹿か、お前ら。お前らが先に手を付けたら、無価値になっちまうだろうが」

 誰かが、私の前にはだかり立つ。

 え? 誰?

 私は、恐る恐る顔を上げ声の主を確かめようとする。

 後ろ姿でも分かった。

 ビリーだ。

 よかった。ビリーが来てくれた。


「俺らの獲物横取りする気かよ」

 男らがすごむ。

「元々、俺の獲物なんだよ。お前らが横取りしてるの。怪我したくなかったらさっさと消えな」

 そう言った途端、男どもが後ろから斬られた。やったのはビリーじゃ無い。


 ビリーの緊張が……警戒が、私にも伝わる。

「お嬢。立て」

 自分の後ろにいる私に、振り向きもせず命令をする。

 立てるか? じゃなく、立て。

 つまり最低限立ってくれないと、庇えないって事。


 私は、言う事をきかない身体を、叱咤して何とか立ち上がる。

 身体が……全身が、まだ震えている。

 私が立った気配を感じてかビリーが小声で言ってきた。

「いいか、お嬢。俺に合わせて後ずされ。

 俺が合図したら一気に大通りに向かって走るんだ」

 分かったなってビリーが言ってきた。

「でも、ビリーは?」

「俺は大丈夫だから」

 大丈夫なんかじゃ無い。私が逃げたら、確実にビリーは殺されてしまう。

 そんなことが、分からないほど私は世間知らずじゃ無かった。

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