第27話 トム・エフィンジャー
私の声、ちゃんと出て。
「エドマンド・マクファーレン辺境伯の配下の者ね」
路地裏の薄暗さにも慣れた目に、あのお屋敷で見かけていた騎士が見えた。
「これは、マリー様。お迎えに上がりました」
平然と騎士としての礼を執ってる。そう、ビリーが命がけで私を逃がしたところで……なのである。
大通りに出て、誰かに見咎められても、お屋敷を抜け出して、こんなところまで出て来てしまった困ったお嬢様を保護した。と言ってしまえば、何のお咎めもない。
「わたくし、あなたに名前を呼ぶことを許した覚えはありません」
目の前の騎士は、別段気を悪くした風も無く
「これは、失礼を致しました。ウィンゲート公爵令嬢様。私と一緒にお屋敷に戻りましょう」
ビリーが、後ろ手に私の手を掴む。まるで、行っちゃダメだとでも言うように。
分かってる、そう言うように私もビリーの手を握り返した。
そう、こいつに付いていったら、私はトム・エフィンジャーの元に連れて行かれるだろう。
エド様やお父様なら、願ったり叶ったりで付いていくのかも知れないけど、私は上手く交渉する自信も、自力で逃げ出す自信も無い。
「ああ。この者に脅されているのですね。大丈夫です、今、私が始末して差し上げましょう」
そう言って、騎士は剣を抜く。ダメッこのままじゃビリーが。
止めて、誰かビリーを助けて。お願い。
私はビリーの背中にしがみつく。
ビリーは、私が後ろにいるからか、微動だにしなかった。
光が……。
その瞬間、ものすごい光が、私たちを包んだ。
エド様からもらった、ネックレスが弾ける。
一瞬、光の中、何が起こったのか分からなかった。
光が収まって、目の前を見る。先程の騎士が、剣を抜いたまま倒れてしまっていた。
「面白い物を、持っているな。マリー・ウィンゲート」
後ろから男の人の低い声がした。
私の首に冷たい物が当たっている。
剣?
とっさにそう思った。動いたら首が切れてしまいそうで、身じろぎ一つ出来ない。ビリーも、本能でか、動いていない。
私は、必死で声を絞り出した。
「トム・エフィンジャー」
「おう」
意外なことに素直に返事が返ってくる。
「ここは、わたくしたちの領地になりましたの。
「ふ~ん、で。メリットは?」
「王都にもお父様にも、ここにいた事を言わないでおいて差し上げますわ」
私は平然と答えた。少しでも彼が剣を引くと私の首は切れてしまうと知っていながらの交渉である。
「ふ~ん。まぁ、お互いデメリットしかないからな。出て行った後なら、言っても意味が無いし。ただ、出て行かなくても言えないんじゃないのか? お前ら」
確かにそうなのだけれど……。
「わたくし、お屋敷を無断で抜け出してますの。お茶の時間までに帰らないと、お屋敷中大騒ぎになってしまいますわ。それに……」
私は続けた。目の前でやっぱり動けずにいるビリーが呆れてるのが分かるけど。
「万が一にでも、わたくしが死んでしまったら、ウィンゲート公爵家のメンツにかけてでも、あなたを追い詰めるでしょうね」
以前の私ならともかく、エド様の報奨品になっている今の私は無価値ではないはず。
トム・エフィンジャーの返答に間が開いた、少し考えているようだった。
「なるほどね。まぁ、俺はそれでもかまわないが……。お前、腹に面白いもの仕込まれてんな」
スッと、私の首から剣が外された。
「おっと、振り向くなよ。顔見られたら殺さないといけなくなる」
私が振り向こうとした気配を敏感に感じ取ってトム・エフィンジャーはけん制してきた。
「その面白さに免じて、あんたらの領地から消えてやるよ。だけど、お前……まだ、子どもか……。お前、もう少し大人になったら俺のもんにならねぇか?」
「嫌よ。だって、わたくしはもうエド様の婚約者だもの」
「はっ、そんなもん」
大通りがざわついている。さっきの光で、憲兵でも来たのだろうか。
「まぁいい。また会おうぜ。マリー・ウィンゲート」
その言葉を最後に、完全にトム・エフィンジャーの気配が消えた。
私は、気が抜けてしまってその場にへたり込んでしまった。
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