番外編 ケイシー・オルコットの回想 2

 数あるウィンゲート公爵領の中で、田舎だけど比較的王都に近い領地に私たちは追いやられてしまった。

 だけど、陰謀渦巻く王都に残るよりは、遙かにマシな気が私はしていた。


 マリーお嬢様のご生母様も一緒に追いやられてしまっていたので、屋敷内の空気は重い。せっかく自分の方を向いてくださったご当主様が、また愛妾の方に戻ってしまわれたのと、出来損ないを産んだという噂に絶えられず、侍女に当たり散らしていた。


 だからか、マリーお嬢様のお世話をする侍女はいない。

 マリーお嬢様と仲良くしたり、世話をした侍女は奥様付きの侍女から、ことごとく嫌がらせを受ける事になったからだ。


 私は、大丈夫。嫌がらせなんて何でも無い。唯一、お屋敷の執事が味方になってくれた。

 今日もマリーお嬢様をお外に連れ出して遊ぶ。貴族が着るような服では無く、私たちは庶民寄りの質素な服を着て遊びに出ていた。


 雑貨屋でお菓子を買い。丘の上まで走って行って食べる。

 マリーお嬢様は、木登りもなさるけど、私は高いところが怖くてとてもついて行けなかった。

「良い風ねぇ~、ケイシー。本当に暑くも寒くも無くて、良い季候が続くわよねぇ。こんな、気候を作って下さってる賢者様には、感謝しなくちゃだわ」

 マリーお嬢様は、無邪気にそういう。もう6歳になっていた。

 口さがない侍女達の所為で、マリーお嬢様は自分の境遇を理解なさっている。

 今感謝した賢者様から選ばれなかった所為で

『王妃候補のなり損ない、田舎に捨て置かれたご令嬢』

 と言われていることも……。

「だって、賢者様の所為では無いでしょう? 私に足りないものがあったのよ」

 そう、にこやかに言っている。


 足りないと言えば、マナー。本当なら……6歳で公爵令嬢のマリーお嬢様は、マナー通り完璧に振る舞わなければならない年頃だ。

 先日、王都では王太子殿下にご婚約者様が謁見をされた。その際にご婚約者様のご令嬢は、本当に完璧で優雅な挨拶をされたと噂で聞いた。同じ6歳の女児であるのに。



「アリシア・リンドど申します。マリーお嬢様。わたくしが今日から、ご令嬢としてのマナーを指導させて頂くことになりました。よろしくお願い申し上げます」

 リンド伯爵家の未亡人。アリシア様がいらっしゃった。

 マリーお嬢様も私も、敵が増えただけだと、スルーしようと思った矢先にリンド伯爵元夫人が声高らかに言い放った。


「まぁまぁ。どうしたことでしょう。このお屋敷では、侍女達の噂話やご主人筋の悪口を公然と許していらっしゃるのでしょうか」

 すぐさま侍女頭が、反論をする。

「新参者が私どもに指図なさるのですか? いかな家庭教師様といえど」

「お黙りなさい。お屋敷の噂話や主人筋の悪口は使用人としては御法度ごはっと。処罰の対象になりますよ。わたくし、このことはご当主に報告申し上げます」

 そうキッパリ、リンド伯爵元夫人が言うと、侍女頭を始め侍女を含む使用人達が真っ青になった。

「さて、マリーお嬢様。参りましょう。そちらのあなた」

 と言って、私の方を向いた。

「マリーお嬢様のお召し替えを手伝って下さいませ」

「かしこまりました」

 私は、リンド……面倒くさい、リンド夫人を味方だと判断して従った。

 …………まぁ、マリーお嬢様には、味方で有り……ある意味天敵になったのだけれども。


 よくまぁ……というほど、逃げ出してましたものね。

 リンド夫人の方は、予定通りという感じでしたけど。

 だって、何だかんだ言ってもマリー様は、取りあえず夜会やお茶会に出しても恥ずかしくないレベルまでは上がっていったし、逃げ出した先には執事様が待っていて、マリーお嬢様がいつ見捨てられても食べていけるように、様々な知識をお与えになってらしたのを知ってますからね。


 そうして15歳の春、ウィンゲート公爵を通じて王宮からの呼び出しがあり、私のマリーお嬢様は、エドマンド・マクファーレン辺境伯閣下に嫁ぐことが決まった。


 わたくしの回想は、ここでおしまい。

 これから、過去を思い出す暇も無い、めまぐるしい日常が始まるのですものね。



                                おしまい

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