第10話 リンド夫人のマナーレッスン

 次の朝、一人で寝るのにはとても大きなベッドで目覚めた。

 朝の風が、心地よい。

「おはようございます。マリー様」

 ベッキーが、軽食が乗ったワゴンを押してきた。その後ろにナディアも付いてはいる。

 ベッキーに紅茶を入れてもらい、クラッカーをつまむ。朝はあまり食欲無いんだよね。

「今日は、エド様はどんなご予定なのかしら」

「旦那様でございますか? 早朝から、新しい領地の視察に行かれてますよ」

「へ~。そうなの……」

 そっか~、へぇ~。そ……っか。



「ですから、マリーお嬢様は、基礎は出来ていらっしゃるのですよ。後は、いかに優雅に魅せるか……なのです」

 朝食後、支度が済んだら、久しぶりにリンド夫人のマナーレッスンが始まった。

 ドレスをキッチリ着るので、コルセットがきつい。誰よ。ウエストが細いのが美人の条件だなんて言ったのは。

 世のご令嬢達は、よくこんなのを四六時中付けているもんだわ。


「指先まで、神経を使って……、常に見られていることを意識なさって」

「誰も、私なんて見ないと思うのだけれど」

 ただでさえ、慣れないコルセットで苦しいのに、手先足先にまで気を配るなんて……と、思ってボソッと言った。


 それに反応して、リンド夫人は

「今までは、それで良うございましたでしょう。だけれども、これからは違いますでしょう?」

 と、びしっと言う。

「マリーお嬢様の、一挙一動に旦那様の評判、出世が掛かっているのでございますよ」

「え?」

「奥様の仕事ですわよ。他の奥様方、ご令嬢方と良い関係を築いて、旦那様の王宮での立場を良くするのは」

「この婚姻には、そんな罠が……」

 私が引きぎみにそう言ったら、リンド夫人が大げさに溜息を吐いた。


「何が罠なものですか。どなたの奥方になられても同じ事です」

 リンド夫人は、わざと言わない。公爵家のご令嬢なら、すでに身に着けていて当り前のマナーだと。

(それは、マリーお嬢様の所為では無い。田舎に捨て置いたウィンゲート公爵の所為ですからね)


「そうね。でも、自分のためで無く、エド様の為だと思えば頑張れる気がするわ」

 そう言って、歩き方の練習から私は始めたのだけれども。

 歩くのって、こんなに大変だったかしら?

「またドレスのすそがひるがえってますわよ。どうしてそう、がさつな動きになるのです」

 まだ、お部屋の端から端まで歩けてない気がするのは……気のせいではないわ。

 もう歩き始めてから、1時間以上経ってる気がするのに、なんだかナメクジにでもなった気分だわ。

 一歩足を出す度に、色々言われてもう訳が分からない。リンド夫人、王宮で何があったのかしら……。



 午前中のストレスを晴らす為に、お昼を、適当に食べて、ドレスはもちろん着替えて、私はお屋敷を抜け出したのであった。

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