第6話 ウィンゲート公爵の執務室

「お父様!」

 部屋を飛び出した勢いのまま、バタンと、王宮の父親の執務室を思いっきり開ける。執務室にいる人たちから思いっきり見られてしまった。


 私は知らなかったのだけれども、王宮の執務室にはお屋敷と違って、大勢の人が詰めている。最低でも、護衛の兵士達、雑用をする文官・女官達、お世話をする執務室付きの侍女達及び。10名以上詰めているのだ。

 その上に、今日は王妃様とエドマンド・マクファーレン様も、ソファーに座っていた。


 王妃様は、普段は王宮の奥深くから出て来ないはずだけど、戦時中は他の指揮官同様に動いている。我が国の特殊事情……らしい。

 バタンと扉を開けたままの私を見て、お父様は卒倒しそうになっている。

 マクファーレン様は、驚いた様なお顔をしていた。王妃様は、私の側にやって来ようとしている。

「申し訳ございません。なにとぞマリーの無礼をお許し下さい」

 お父様は、必死で私のために懇願してくれていた。まさか、王妃様の前でこんな失態をするとは、思っても見なかっただろうに、つくづく私は不肖の娘だ。


 私は、王妃様の前で礼を執る。

「マリー。まず、廊下を走ってはいけません。どんなに急いでいてもです。それから、廊下に出て、扉をノックして、入室許可を取る所から始めなさい」

 私は、キョトンとしてしまった。知らなかったとはいえ、王妃様のいる部屋をあんな風に開けてしまったら、処罰されることくらい私だって知っている。

 それを王妃様は、毎回リンド夫人から言われているような小言で済ましてくれていた。

「はい。王妃様」

 私は、言われた通りにやり直した。ちゃんと礼を執り挨拶をする。


「それで、何の用なのだ?」

 お父様は、私の無礼な行動が不問になったので、気を取り直して訊いてくる。

「わたくしの婚約の事なのですけど……」

「お前に拒否権は無いぞ」

 お父様は、また何を言い出すのだと先にけん制してきた。

「いえ。わたくしは、昨日のパーティーで言った通り異存は無いのですが……。その前に、マクファーレン様は断ろうとしていたようでしたので」

 私は、だんだん下を向いてしまう。

 田舎では、気にならなかった自分の行動が、王宮では本当に非常識に映る。

 あのデッサン画にあった素敵なドレスも、私の日に焼けて荒れた肌に合うとはとても思わなかった。


 王妃様は、非難するようにマクファーレン様を見てるけど、私のせいだ。

 マクファーレン様は、溜息を吐いて私に言う。

「マリー嬢。誤解させたならすまない。私はどうもこういうのが苦手でな。昨日のダンスの時に断ろうとしたのは、マリー嬢があまりにも気の毒だと思ったからなのだが」

「わたくしが……ですか?」

「ああ。私は誰も選ぶつもりは無かったんだよ。若いお嬢さんがこんなに怖くて、不器用なおじさんと一緒にならないといけないなんて、可哀想だろう?」

「可哀想なんて。わたくしこそ、昨日から非常識な行動ばかりして。今だって、周りが見えなくなって、お父様に早く会うことばかり考えて……。それに、お肌だって、酷く荒れて……素敵なドレスを作って貰っても」

 マクファーレン様は、荒れてるのか? って感じで私を見ているけど。


「そうね。確かに……。いいわ、私が何とかして上げる。今日から毎日、磨き上げるようにするわ」

 王妃様が、お肌の方は請け合ってくれた。だけど、毎日磨き上げられたら。


「え~。せっかくの王都。町に遊びに行く時間が」

「マリー! いい加減にせぬか」

 もうお父様は泣きそうになっている。大目に見て貰っているのを良いことに、どんだけ王妃様に対して無礼を働く気だって感じだ。

「マクファーレン。都合を付けて、町に連れて行って上げて。それとマリー。今、アリシア・リンドに王宮でも通用するようなマナーを仕込んでるから、ちゃんと教えて貰うこと」

 私は、王妃様の言葉で、リンド夫人と離れないで済むと喜んでいたけど、しっかり釘も刺された。


「今は、デビュタント前の子どもだから大目に見てるけど。次に王都に来た時同じ態度だったら、処罰の対象にするわよ」

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