第5話 王宮 ゲストルームでの朝

 王宮の朝は忙しく慌ただしいと言うけれど、これは……何?

 私は、王宮の一番王族の方々の居住区に近いゲストルームに泊ることを許されてふかふかのベッドで眠っていた……のだけど。


 朝の柔らかな光と共にする衣擦れの音、紅茶の香りとクラッカーとジャムが数種。焼きたてパンの香りまで……って、何でこんなに人がいるの?

 ケイシーが恭しく目覚めの軽食セットが乗っているワゴンを押してくる。

「おはようございます、マリーお嬢様」

 にこやかに挨拶をして、紅茶を入れ軽食を渡してくる。王宮付きの侍女(だろう、多分)が、大勢いるのでケイシーは完全に作法マナー通りの動きしかしていない。

 って言うか、出来るのね。作法マナー通りに。


 ベッドの上で、私が軽食を食べ終わるのを待っていた、王宮の侍女の代表みたいなのが、挨拶をしてきた。

「お初にお目に掛かります。王宮に滞在して頂く間のお世話を任されました。アルグリットと申します。よろしくお願い申しあげます」

 侍女の挨拶を無視して、わたしはケイシーに話をする。

「ケイシー。私、着替えるわ」

「かしこまりました」

 私の言葉を受け、ケイシーが、支度を始める。いつもの軽口も言わない。

 なんか、うん。私、好かれてないみたいだから……。その、アル何とかさんとやらに。


 ケイシーに促されて支度部屋に行こうとしたら、焦ったように声が掛かる。

「お待ち下さいませ。その前に、採寸だけさせて頂けないでしょうか?」

「え? こんな寝起きで?」

 私は、ものすごく不機嫌な顔をしたのだと思う。実際、昨日の失敗からまだ浮上できてないし。

「ご無礼。申し訳ございません。婚約発表に間に合わせるように、王妃様からきつく仰せつかっております。こちらのデザイナーは王宮付きの者ですので、信用できる者です。採寸させて頂けないでしょうか」


 あれ? アル何とかさん……。

「あなた、名前は?」 

「エイダと申します。エイダ・アルグリットです。お嬢様」

「いいわ。エイダ。よろしくね」

「ありがとうございます。いきなりファーストネームで呼んで頂けるなんて」

 ……そっか、名乗ってもどうせ呼んで貰えないと思って……そっか。


 デザイナーの人の名は教えて貰えなかった。なんでも、以前のデザイナーの人は王宮付きと分かっただけで、注文が殺到したり、同業者に嫌がらせを受けたりで大変だったようで。


「それで、緑を基調にこんな感じでと……たまわっているのですが、もしお気に召さなければ変えて良いと……」

 採寸も終わり、わたしは王宮でうろついてもおかしくないドレスに着替えて、当日のドレスの説明を受けていた。

「え……と、どなたの見立てか教えて貰っても?」

 って、言うか、マクファーレン様に私じゃない方を、選んで頂こうと思っていたのですが……。

「それはもう。ご婚約者さまのマクファーレン様でございます。デビュタント前の婚約発表では、ピンクや淡い温暖系色を選ぶ方が多いのですが、センス良いですわよね。身体の線を見せつつ、レースで覆い隠してしまうような形で上からのグラデになっている緑の濃淡も……って、お嬢様?」

 私は、マクファーレン様の昨日のご様子を思い出していた。

 怖いお顔を、更に怖くして。最後は、私を見ること無く会場を去って行った。

「わたくし、マクファーレン様にお会いしてきます」

 私は、王宮にいることも忘れて、部屋を飛び出してしまっていた。

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