第3話

 それは、夢を見ているような感覚だった。

 時間の流れが早いのか遅いのかも分からず、そもそも本当に時間が経っているのかすら曖昧だった。

 ただ分かることと言えば、シンデレラはいつの間にか、見知らぬ舘にいたということだけだ。


 ここは玄関ホールなのだろうか。アーチ状に曲戦を描いた天井に、空間を照らすために天井から下げられたランプ。ヴィクトリア様式の装飾は非常に美しいものであり、高貴たる風格を漂わせるには十分な内装だ。一つ文句をつけるとしたら、既に日没しているために側面に飾られているステンドグラスが台無しになってしまっている事ぐらいだろうか。


「あらぁ、とても可愛いお嬢様がやってきたこと」

 声の主はシンデレラの後ろにいた。


「あなたは?」

 そこには深緑色のコートを羽織った女性がいた。


 ウェーブのかかったブラウンの長い髪を揺らし、赤子をあやす母親のような眼差しをシンデレラに向けていた。年齢はシンデレラよりも上に見えるが、あまり大差のないようにも思える。


「今まで色々な名前で呼ばれてきたわ。『茨姫』、『眠れる森の美女ブライア・ローズ』、『眠りスリーピングビューティー』。あなたの好きな名前で呼んでちょうだい」

「では、茨姫と呼びましょう。私のことはシンデレラ、そう呼んでもらえれば嬉しいわ」


 茨姫は微笑むと、そのままシンデレラに近づき、懐から何かを取り出した。


「お近づきの印、として受け取ってもらえないかしら?」

 茨姫が取り出したのは、四つ葉のクローバーだった。


「懐かしいわ。子供の時に探して以来ね」

「今のあなたにぴったりだと思って。『幸運』の花言葉が指すように、あなたの行く先にも幸運が訪れるように祈るわね、シンデレラ」

 シンデレラは「ありがとう」と呟き、腰のガンホルダーにクローバーをしまい込んだ。


「いいドレスだな。さしずめ、貴族階級アリストクラットといったところか?」


 その声は、両階段の方向から聞こえてきた。少し低めの、女性の声だ。


「まさか、私がそんなお偉い身分だと?華族や雲上人と呼ばれる筋合いはないわ」


 確かにシンデレラは、イブニングドレス、レースのあしらわれたハット、手袋にヒールという貴婦人らしい出で立ちだが、そのどれもが黒色を基調とされており、おまけに右目には眼帯までされている。腰の辺りまで伸ばされた、ブロンドの美しく長い髪とは対照的な、まるで底知れぬ闇を纏っているような雰囲気さえある。


「いや、勘違いするな。私は貴女の気品ある振る舞いをみて惚れ惚れしただけだ」


 両階段の傍に置かれた獅子のオブジェ、女性はその陰に隠れるように背持たれていた。

 黒いトレンチコートに軍帽、グローブ、ブーツ、まるで軍人のようなシルエットをした彼女は物陰から出てくると、脱帽し、シンデレラに対して軽く頭をさげる。


「私の名前は白雪姫。貴女と同じく、この館に『召喚』された者だ」

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御伽殺人 Chiara Wednesday @ChiaraWednesday

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