第2話
空気、水、光。
まるで当たり前のように、そこへ存在するかのように、その女は生まれて間もなく復讐を誓っていた。運命に翻弄されることを否定し、己が血統を呪う為に。
約一ヶ月前、ある復讐が終わり、今は心身を休めるために読書にふけっている。『モンテ・クリスト伯』という物語が示すとおり、彼女の内にも未だに復讐の炎は灯り続けていた。
まだ、足りないのだ。
「失礼します、お嬢様」
ふと、部屋の扉をノックする音が聞こえ、執事らしき老年の男性が部屋に入り込んでくる。
「屋敷内の遺体が全て鑑識を終了したとの報告です」
「どうだった?」
お嬢様、と呼ばれた女が読んでいた本を閉じる。
「遺体が一つ足りないとの事でした。恐らくは例の『魔女』が手引きしたものと思われます」
「やはり、か」
女は以前表情を変えず、再び読書に戻る。
「お嬢様、幼少より貴女を見守っていた身から言わせて頂きますが、もう充分では無いのでしょうか?」
「充分、とは?」
「恐らく魔女が逃がしたのは年端もいかない末子でしょう。いくらなんでも倫理観に欠けると言いますか、いやそもそもこういったことをなさっている時点で倫理以前の問題なのですが、その」
執事は丁寧に言葉を選ぶが、他に表現のしようがない感情はやはり湾曲させず、そのまま伝えるべきだろうという結論に至る。
「やり過ぎです、お嬢様」
執事の叱責を受け、女は狼狽の表情を見せたが、すぐに元の強ばった表情に戻る。
「私はね、奴らに色々なモノを奪われたの。生きる喜びも、慈しむ感情も、そして右目の視力までも。そう、奴らの私利私欲でね」
女は右目を覆う黒い眼帯を指さした。
「だから、私が少しばかりの我儘な理由で一族を掃滅しようが、それは誰かが止めていいものではないのよ」
執事は苦悶の表情を浮かべていた。そこにいるのは、紛れもない悪魔なのだと悟ってしまったからだ。
「少しだけ、ほんの少しだけ口を噤んでもらっていいかしら。大丈夫、それも、もうすこしで終わるから」
「分かり、ました」
「それと、私はもう『お嬢様』なんていう高貴なご身分じゃないから、昔みたいに呼び捨てでも構わないわ。むしろ、そっちの方が気楽だもの」
「では、失礼して。私にも何か力添えできる事があればいつでも仰ってください、シンデレラ」
シンデレラは満足そうに微笑む。
「それはそれとして、何か、館の中が騒々しいみたいね、賊でも入ってきたのかしら?」
「確認してきます」と執事が部屋を出ると、ほんの十数秒で再び部屋へ戻ってくる。
「『召喚』です、シンデレラ。すぐに準備を」
また厄介な邪魔建てをする輩が現れたのか、とシンデレラは不憫そうな面構えで机の引き出しを空ける。
「こんな私を呼び出してどうしようというのかしら?」
引き出しの奥には古臭い、昔ながらの六連式リボルバーがしまわれていた。
「復讐を邪魔する不届き者には、一発食らわせないと納得いかないわね」
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